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ベロドローム(自転車競技場)の建設プロジェクトにおけるポイント
ベロドローム(Velodrome)とはフランス語で自転車競技場を意味し、自転車トラック競技が行われる施設のことです。トラック競技は、オリンピック競技としても扱われており、屋内型の木製板張りの周長250mバンクでの開催が世界標準となっています。
一方、日本国内における屋内型の木製板張りの周長250mバンクを有するベロドロームは、「伊豆ベロドローム」「JKA250」「TIPSTAR DOME CHIBA」の3施設のみであるため、今後、国内における競輪場のベロドロームへの転換が増えていくと考えられます。
そこで、今回はベロドローム(自転車競技場)の建設プロジェクトにおける特徴やポイントについて、プロジェクトの課題から発注戦略、建設費や工期といった下記の観点より紹介していきます。
- 1. 競輪事業について
- 2. ベロドロームとケイリンについて
- 3. ベロドローム建設の課題とポイント
- 4. ベロドローム建設における企画・発注戦略スキーム
- 5. ベロドローム建設の標準的な建築費水準と工期について
- 6. 既存競輪場からベロドロームへの転換整備手法について
1. 競輪事業について
競輪事業の概要
競輪とは、自転車競技法に基づいて運営されている公営競技の一つです。経済産業省が監督官庁となり、各地方自治体が主催者となり運営されていますが、実質的な運営を統括しているのは公共財団法人JKAとなり、運営補佐として全国競輪施行者協議会、日本競輪選手会があります。
近年では、民間活力導入により、売上の向上と競輪開催業務の効率化を図るため、競輪開催業務を各地方自治体から民間事業者に委託するケースも増えています。
売上金の仕組み
競輪による売り上げは、自転車競技法により使途が明確に定められており、車券売り上げの75%は返戻金となり、残り25%から、選手賞金、JKA交付金、広報宣伝などの開催経費などを差し引いた額が純収益となり地方自治体の一般会計に繰り出されます。
競輪場の種類
2022年1月時点で、全国には43箇所の競輪場があります。各競輪場のバンクの周長は333.3m、335m、400m、500m、そして国際規格の木製250mと計5種類で、多くの競輪場は屋外型ですが、屋内型としては前橋競輪場と小倉競馬場とTIPSTAR DOME CHIBAの3場となっています。
2. ベロドロームとケイリンについて
ベロドロームとは
ベロドローム(Velodrome)とはフランス語で自転車競技場を意味し、自転車トラック競技が行われる施設です。トラック競技は、オリンピック競技としても扱われており、屋内型の木製板張りの周長250mバンクでの開催が世界標準となっていますが、国内における屋内型の木製板張りの周長250mバンクを有する施設は、伊豆ベロドローム、JKA250、TIPSTAR DOME CHIBAの3施設のみです。
競輪とケイリン
「ケイリン」はトラック競技における日本発祥の種目として、2000年シドニーオリンピックから採用されています。柔道に次ぐ日本発祥のオリンピック種目で、1周250mのトラック計6周1500mを最大7人で走行し着順を競います。
「ケイリン」が「競輪」と異なる点は、ラインと呼ばれる選手同士がチームを組んで列になって走行することで、空気抵抗を軽減しレースを優位に進めるための戦術がある「競輪」に対して、「ケイリン」は完全に個人戦であるため、レース中盤までは風除けとなるペーサー(誘導車)が先頭を走行し、ペーサーがいる間、選手がベストポジションを巡って熾烈な駆け引きを行う点などが挙げられます。
この「ケイリン」の国際基準のルールに準じた、競輪として新たに誕生したのが「250ケイリン」であり、現在では唯一、TIPSTAR DOME CHIBAで開催されています。
3. ベロドローム建設の課題とポイント
競輪場内の場外車券売場の営業と整備計画について
場外車券売場とは、競輪が開催されている各地の競輪場の車券を発売するための施設です。各競輪場にも場外車券売場が併設されており、競輪場での競輪開催、いわゆる本場開催が行われていない期間においても営業できるため、売上を確保する上で重要な施設となっています。
既存競輪場をベロドロームへ整備する場合、既存競輪場解体工事着手からベロドローム竣工まで2~3年程度はかかり、その期間は本場開催が行えないことから、整備期間中においても可能な限り場外車券売場の営業を継続し売上を確保することが重要なポイントとなります。
場外車券売場をその他の敷地に移転し営業を継続させることも考えられますが、自転車競技法上の規定もあり、許認可スケジュールおよび移転に関わる費用などの問題からハードルが高くなります。
そのため、競輪場内における場外車券売場の営業を継続しながらの、居ながら工事を前提とした整備計画の立案が必要になり、事前の既存建物調査と既存図の整理に基づいて、インフラの切替計画等の検討を行います。
この際、調既存建物調査・計画検討には余裕を持ったスケジューリングが求められます。これは、全国における競輪場の多くで、増改築・改修整備を繰り返しており建物情報が適切に更新されていないケースが多いと考えられるからです。
木製バンク設計・施工について
続いて、国際基準に適合したベロドロームを建設するためには、UCI(国際自転車競技連合)から認められたトラックデザイナーに木製バンクの設計を依頼する必要がある点が、ベロドローム建設プロジェクトの特徴として挙げられます。
その際、トラックデザイナーの設計思想の違いにより、周長250mのバンクであってもプロポーションは微妙に異なり、また、バンクの形状が与える建築計画への影響は非常に大きいため計画の初期段階からトラックデザイナーをプロジェクトに参画させることが非常に重要なポイントとなります。
また、日本国内にトラックデザイナーはおらず、世界的に見ても、現役で活動しているトラックデザイナーは数人しかいないため、トラックデザイナーの設計ノウハウが流出しないよう、詳細な設計情報や木製バンクの施工方法は原則開示されない点も特徴としてあげられます。
例えば、建築計画においては、トラックデザイナーから示される木製バンクの外形寸法および建築側とのクリアランス寸法などの限られた情報を頼りに設計を進めることになります。
木製バンクの施工については、例えば、トラックデザイナーが調達した木材などの資材を海外から受け入れ、組み立ては発注者側にて用意した作業員に対しトラックデザイナーが自ら指導・監修を行う形で進められます。さらに、施工図や組立図などは存在せず、日々トラックデザイナーから作業員に対して口頭で指示が行われるという非常に特殊な施工スタイルです。
トラックデザイナーが自らお抱えの職人を日本まで連れてきて施工する場合もあるなど、トラックデザイナーによってプロジェクトの進め方が微妙に異なるものの、国内における一般的な建設プロジェクトとは全く異なる進め方は非常に特徴的であると言えます。
トラックデザイナーの選定について
前述したように、トラックデザイナーの設計思想の違いにより、設計が微妙に異なります。その代表的な例として、トラックデザイナーにより木製バンクに使用する木材の種類が挙げられます。
例えば、国内の事例では、伊豆ベロドロームではシベリア松の無垢材が使用されており、JKA250およびTIPSTAR DOME CHIBAでは集成材が使用されています。
具体的に、シベリア松の無垢材は、転がり抵抗が少なくスピードが乗りやすい傾向がある一方、走行中に落車した際に木材が裂け、選手に刺傷を与える恐れがあります。また、無垢材であるため空調による温湿度管理が必要となるので、ランニングコスト増加へ影響を与えます。
集成材については、無垢材と比較して資材コストが安価であるに加え、落車時の怪我の恐れが無垢材より低く、さらに温湿度管理の必要が無いなどのメリットが挙げられる一方、無垢材に比べ転がり抵抗が高くスピードが乗りにくい傾向がある点が特徴として挙げられます。
これらの理由により、トラックデザイナー選定の際は設計・施工に係るコストの他、使用する材木の種類なども勘案して、慎重に検討することが重要なポイントとなります。
4. ベロドローム建設における企画・発注戦略スキーム
続いて、ベロドローム建設における企画・発注戦略スキームについて具体的に紹介していきます。
前述したように、ベロドロームの設計や施工は、一般的な建物用途とは異なり、トラックデザイナーを中心に進んでいくことになります。その為、企画・発注戦略スキームとしては、まず何より始めにトラックデザイナーの選定を進めていくことがポイントとなります。
トラックデザイナーの選定については、過去のベロドローム設計の実績、組織体制、設計および施工に関わるコスト、バンク使用材料などの項目を総合的に評価して選定していきます。
また、前述のとおり、世界的にみてもトラックデザイナーは数人しかおらず、複数のプロジェクトを掛け持ちしているケースも少なくないため、想定される木製バンク施工時期にトラックデザイナーが来日できるかという点も重要なポイントとなります。
また、選定後は、トラックデザイナーと木製バンク設計契約を取り交わし、計画・設計を進めます。
トラックデザイナーから提示される木製バンクの設計情報は非常に少なく、木製バンクの外形寸法、建築躯体とのクリアランス寸法、木製バンク設置面のスラブ精度程度であるため、これらを頼りに、ベロドロームの建築側の設計を進めていきます。それでも、建築設計を進めるうえで不足する情報は、トラックデザイナーに対し根気よくコミュニケーションを取ることで情報の開示を促すことが重要となります。
このことから、トラックデザイナー選定の時点で、具体的な設計成果物のすり合わせを十分に行うことが重要となり、また、木製バンクの施工については、組み立て作業員の手配と工程管理、現場管理などの観点から、ゼネコンへのコストオン方式による発注が採用することが望ましいと考えられます。
また、コストオン方式の採用に向け、コストオン協定書ならびにトラックデザイナーとゼネコン間での契約書類を作りこむ必要がありますが、特にコストオン協定書にて定める工事区分などについては、ゼネコン側にも知見が無いケースが多く、トラックデザイナーと十分に協議・調整を行い、明確にしていくことが求められます。
5. ベロドローム建設の標準的な建築費水準と工期について
ここで、ベロドローム建設に関わる建設費と工期について紹介します。2022年現在、国内における汎用的な1万~2万㎡のベロドローム建設において、建築費水準は坪あたり175~225万円程度、工期は概ね17~24ヶ月程度となります。
公表されている伊豆ベロドローム(2011年竣工、延面積約1万3,000㎡)の総工費は約38億円、工期は17ヶ月です。伊豆ベロドロームの建築費水準は、坪あたり約96万円と、前述の坪あたり175~225万円を大きく下回っています。
これは、伊豆ベロドローム発注当時の建設市場は、リーマンショック後の買い手市場で、建築費の水準がバブル後過去最低の水準にあったことが挙げられます。
しかしながら、建築費の水準は、現在までに大きく高騰し、さらに近年は資材価格高騰に見舞われるなど、現在も上昇傾向にあるため、ベロドロームの建築費水準は坪あたり175~225万円となっています。
6. 競輪場からベロドロームへの転換整備手法について
最後に、競輪場の多くは競輪を運営する自治体が所有しています。前述の通り、近年では、民間活力の導入により、売上の向上と競輪開催業務の効率化を図るため、競輪開催業務を各地方自治体から民間事業者に委託するケースも増えていますが、それと同様に、今後、既存の競輪場からベロドロームへの転換整備に関わる手法についても、民間活力を利用したPPP手法やPFI手法が拡がっていくものと思われます。
以上のように、今回は、ベロドローム(自転車競技場)の建設プロジェクトにおける特徴やポイントについて、プロジェクトの課題から発注戦略、建設費や工期といった上記の観点より紹介しました。
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