REPORTレポート
リサーチ&インサイト
新時代における製造工場建設プロジェクトのポイント
貿易黒字国である日本にとって、製造工場はこれまでも日本経済を支える重要施設であると同時に、1000万人を超える製造業就業者のうち600万人を超える生産工程従事者のための労働拠点となっています。
また、これまで賃金水準の低い国外へ製造工場のシフトが進んでいましたが、目まぐるしく変化する世界情勢を背景に、国内における製造拠点の必要性や重要性が改めて議論されています。加えて、政府の掲げるSDGsに加えAIやIoTの活用など、これからの時代における国内製造工場の在り方を模索する転換期にあります。
そこで、今回は製造工場の建設プロジェクトにおける特徴やポイントについて、具体的に機械部品工場を例として、 製造工場に関わる課題と解決策、建築費・工期、SDGsやAI/IoTまで、下記の観点より具体的に紹介していきます。
- 1. 製造工場施設に関わる悩み・課題
- 2. 課題の対応策・解決策とポイント
- 3. 製造工場改修プロジェクトにおける環境改善事例の紹介
- 4. 製造工場建設の標準的な建築費水準と工期について
- 5. 新時代の製造工場建設に向けて(SDGs/AI/IoT)
1. 製造工場施設に関わる悩み・課題
まず、製造施設に関わる悩みとして、施設の老朽化に伴い、新規従業員の流入減少や抱える従業員の他社施設への流出が挙げられます。例えば、数十年前に建設された工場周辺に競合他社の施設ができることで、より新しく環境の良い工場へと雇用が流出してしまうといったケースです。
また、事業拡大を図るために、製造ラインを長期稼働しながら増改築を繰り返している企業も多く、これらの企業の抱える課題として、例えば、下記のようなケースが挙げられます。
・構内の工場建屋ごとで仕様が異なりバラつきがある
・建築設備が古くなっていて空調効果が低い
・老朽化で設備等の故障が多くメンテナンスに手間がかかる
・施設運営全体で人手等の負荷がかかっている
そして、これらの企業が中長期事業計画の中で、前述したような課題に対して改善の取組みを実行するにも、工場建設当時と比べ建設コストの高騰が続いているため、新たな設備投資の決断が難しい状況にあります。
2. 課題の対応策・解決策とポイント
例えば、製造施設の環境を改善していくためには、ヒトやモノのオペレーション動線による計画と運営実態の整合に向けた施設運用分析を行い、事業特性に合った施設環境計画を企画構想の段階から検討することが重要です。
特に、工場施設における従業員の作業手順や製造プロセスについて、どこまで具体的に落とし込み、ソフト(運用面)とハード(施設・設備)をリンクできるかによって、無駄を省いた合理的な計画となるため、これらに関わる綿密な分析・検討が極めて重要なポイントになります。
また、適正かつ安価で少しでも早く製造を開始したいと考えるのは当然ですが、適正価格による調達と工期短縮の実現に向け、例えば、以下に挙げられるように、目標予算と工期の設定、また、戦略的な発注・調達の計画・準備が成功の分かれ道となります。
・建設市場の動向と設備投資時期とタイミングの見極め
・建設市場における建築費水準とコスト上昇リスクを踏まえた目標予算の策定
・発注・調達状況に基づいた適正工期の設定
・工事発注に向けた入札候補業者の選定と価格競争環境の整備
・プロジェクトで最適な発注・契約方式の検討
3. 製造工場改修プロジェクトにおける環境改善事例の紹介
機械部品工場での課題
ここで、製造工場建設プロジェクトにおける環境改善事例について紹介します。この工場は機械部品の製造工場で、切削機を使用して鍛造部品を切削油で研磨しながら製品を高精度に仕上げます。
その過程で気化した油煙が多く発生するため、床や機械に油膜が積層し、屋内に油煙が飛散した中で作業していたので、作業性の低下と作業員への身体的影響に対して環境改善を図る必要がありました。
勿論、切削機1台毎に完全密閉型の集塵機を導入すれば、問題は解決出来ますが費用が高くなります。
また、広い工場建屋内には空調機が導入されていましたが、熱交換を利用した全体空調方式で、熱源機の故障トラブルが多くメンテナンス性もよくありませんでした。加えて、夏季と冬季で冷温水温度の設定を変えても、室内空調機の熱交換が適切に機能しないため、空調能力が低下してしまい、夏は暑く冬は寒いという温湿度環境の改善課題がありました。
課題改善に向けて
油煙対策と温湿度環境の2つの施設環境改善課題に対して、施設運営方法、メンテナンス面、ライン編成について、十分にヒアリングした結果に基づいて分析し、将来計画にも柔軟に対応可能できる目標数値と計画方針を立て戦略的に改善を図りました。
例えば、油煙の改善対応に関しては、ライン編成、既設集塵機の仕様と台数および配置の見直し、油煙の種類(油性・水溶性)を整理し、夏季と冬季で最も油煙濃度数値が高くなる天候条件で実測した結果データの分析を行い、作業員が直接飛散した油煙を吸込むことがない計画を策定しました。
また、温湿度環境の改善対応に関しては、どの範囲からでも作業員に直接風が到達する省エネルギー仕様の電気式ヒートポンプエアコン(直膨エアハンドリング空調機)を導入することで、運営費用を抑えると共に、夏季と冬季の空調効果を高めることで、ライン編成が生じても柔軟に対応出来る計画としました。
改善結果とポイント
前述の計画に基づいて集塵機(局所集塵と広域集塵を併用)と電気式ヒートポンプエアコンを導入した結果、油煙濃度測定と環境省が定める暑さ指数(WBGT)に対して、冷暖房による温湿度測定の効果を検証し、目標数値内の効果が確認できました。
また、プロジェクトの発注・調達については、初期段階で複数の業者から提案を募り、それらの提案内容を分解することで、費用、工期、効果が最大限発揮できる計画を策定しています。加えて、空調改修工事会社、油煙集塵メーカー数社の責任区分を明確にした上で、分離発注方式を採用したこともあり、結果として、目標予算に対して2割以上のコスト削減を達成しています。
4. 製造工場建設の標準的な建築費と工期
建築費の水準について
国土交通省の着工統計によると、2021年時点における工場新設の建築費水準は地域別で50~110万円/坪となっています。一方、2022年4月現在の建設市場における1,000㎡~4,000㎡程度の製造施設(清浄度管理を必要としない製造施設)を新設(生産設備機器は除く)する際の建築費は概ね100~150万円/坪の水準にあります。
近年、コロナ危機によって世界的に需給バランスが崩れたことで資材価格は高騰しており、さらにウクライナ状勢の影響でますます状況が悪化し、今後もコモディティ(原油、エネルギー、非鉄金属、鉄資材など)の価格上昇が続く見通しです。
歴史的にも原油価格の高騰や大きな戦争時には物価上昇が起こりやすく、また、最近では米国の逆イールドと日本国内の金融政策差によって円安が加速しています。
さらに、国内では2025年に大阪万博も控えており、大阪万博関連開発を含め建設需要が増加することで、人手不足が加速し、労務単価が高騰するなど、今後の市場動向は、2008年のリーマンショック後から東京オリンピック開催までの動向と類似するように見受けられます。
工期について
工期については、標準的な1,000㎡~4,000㎡程度の製造施設規模であれば10~13ヶ月ほど必要となっています。
製造業の中でも、精密機器や自動車、医薬品などの事業では、半導体、製造タンク、製造機器の供給不足から、徐々に関連する製造部品の調達確保も難航し納入の遅れが見え始めてきています。
また、ロシアは世界有数のパラジウム産出国であり、バナジウムは工業用や医療用で使われる希少性の高い金属です。主にリチウムイオン電池などのバッテリーに使用されていることが多く、今後様々な機器の供給が滞る見込みです。
5. 新時代の製造工場建設に向けて(SDGs/AI/IoT)
製造工場建設とSDGs
近年、2030年までの国際目標であるSDGsへの取り組みや2050年のカーボンニュートラルの実現に向け、世界各国が地球環境と国際環境協力に注力しており、製造業界でも取引先やエンドユーザーなどから社会的評価を求められるようになってきている中、企業の課題として企画段階からSDGsやESGを重視した計画を検討する企業も増えてきています。
また、環境省が公開した2022年度の「エネルギー対策特別会計 予算(案)補助金・委託費等事業」では、総事業予算1653億円(全60事業)が見込まれる予定です。
求める事業目的と事業内容によって適用される補助金の種類も様々ですが、申請条件内容に沿った計画を行い、補助金制度を活用することで設備投資額の削減が期待できるので企業評価の向上に繋がります。また、経済産業省の税制改正についても適用することが出来れば支出の削減になります。
製造工場建設とAI/IoT
最後に、製造工場とAIやIoTの関連性について紹介します。常々進化するテクノロジーの中で、製造過程でAI技術を駆使した自動化システムの導入や、サプライチェーンマネジメント(SCM)に注力する企業も世界的に増えています。
今後はブロックチェーン技術の導入により中央集権的なネットワーク管理体制から分散型ネットワーク管理体制に変わっていく動きが進んでいく見通しです。
例えば、北米最大のCoCa-Cola(コカ・コーラ)ボトラー組織であるCONA(Coke One North America)やUnibright・Provideが協力して、ブロックチェーン技術を用いてサプライチェーン管理の業務効率化行う新プロジェクトを2020年8月に立ち上げ、サプライヤーの分散型ネットワークによるブロックチェーンソリューションの開発を行っています。
この開発プロジェクトは、フランチャイズであるボトラー企業間の複雑な関係(要求、提案、発注書、納品、請求書、支払いなどのビジネスプロセスによる様々な調整課題)を合理化して、組織間のサプライチェーン取引において摩擦がなく透明性が保たれることを目的として開発が進められています。
そして、このブロックチェーン技術の実装導入が進むことで、外部のサプライヤー(缶やボトルを供給する原材料ベンダーなど)も統合された分散型ネットワーク上で、情報秘匿を守りながら情報管理が可能となり、複雑なサプライチェーンにおける課題に対しても、透明性と効率の向上改善が図れるということから、世界各国でブロックチェーン技術の開発導入に高い関心が集まっています。
以上のように、今回は製造工場の建設プロジェクトにおける特徴やポイントについて、具体的に機械部品工場を例として、 製造工場に関わる課題と解決策、建築費・工期、SDGsやAI/IoTまで、具体的に紹介しました。
WRITERレポート執筆者
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藤田 達哉
インデックス コンサルティング 部長
ゼネコンの設計部を経て入社。生産施設やオフィスだけでなく、大規模学生寮や木造を取り入れた環境配慮型教育施設、免震構造の最先端研究施設等、プロジェクトマネージャーとして多数の実績を抱える。クライアントの立場に立ち、建物の利用者の意見を多くプロジェクトに反映することを信条としています。
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