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建築費の超高騰期をどう切り抜けるのか―具体的な工夫と手法―
前回は、建築費の変動メカニズムとして、建築費に影響を与える要因についてと、既に高騰している建築費が、今後さらに高騰して超高騰期を迎える可能性について解説しました。今回は、建築費の超高騰を回避して、建築費を抑えるために具体的にどのような方策をとるべきであるかについて、以下の点より紹介していきます。
1. プロジェクトチーム組成の工夫(BIMとIPD)
まず、建設プロジェクトにおけるプロジェクトチーム組成の工夫をもって建設費の縮減を試みる手法を以下の点から紹介します。
1) BIMとIPD
2) 従来プロセスとIPDの比較
3) IPDによるフロントローディング
1) BIMとIPD
現在、欧米やアジアなどの諸外国を中心にBIM(Building Information Modelingの略)の普及が拡大しています。BIMを最大限活用することで、設計段階および施工段階で関係者による労力の削減が期待できます。
これは、BIMを介してクライアント(建物の発注者)、PM(プロジェクトマネージャー)、設計者、施工者などのステークホルダーが情報共有し、設計の進捗、変更点、課題、などをビジュアライズされた形でリアルタイムに共有できるからです。
例えば、クライアントは、現在プロジェクトで、どのようなことが問題となっており、また、どの課題を優先的に解決するべきかといった状況を把握することができます。また、設計者や施工者も、例えばマスタープランから基本設計、実施設計、施工などの各フェーズにおいて情報の分断、誤解、設計上の干渉など、設計の手戻りに起因する行為を極力防ぐことが可能となります。
このようにBIMを介して、各ステークホルダーが連携するプロジェクトチームの形で進められるプロセスはIPD(Integrated Project Delivery)と呼ばれており、このIPDを活用した建設プロジェクトの進め方は、米国のAIA(アメリカ建築家協会)を中心に検討・導入されてきました。
次に、建設プロジェクトの各フェーズにおいて、従来の進め方(従来のプロセス)とIPDによるプロセスの違いを説明していきます。まず、従来のプロセスでは、プロジェクトチーム組成の段階では必要な技能を持つ人員を最小限配置し、またデザインチーム(意匠設計など)がある程度設計を進めた段階でエンジニアリングチーム(構造設計や設備設計など)が入って、デザインチームが制作したものに対して技術的な整合性を図って情報を統合する進め方でした。
一方、BIMを活用したIPDでは、チーム組成の段階から設計者や技術者など様々な関係者がプロジェクトの初期段階から活発に設計に関して意見交換などが交わされます。
BIMデータは関係者にとってオープンであるため、偶発的なカジュアルなコミュニケ―ションが頻繁に行われ、プロジェクトの初期段階から技術的な知見を設計に取り入れることが可能となるのです。結果として、従来のプロセスでは多く見られる、設計が進んだ段階での修正等による手戻りが減少するだけでなく、初期段階から施工や発注を見据えた完成度の高い設計図や施工計画を生み出すことが可能となります。
従来のプロセス | IPD | |
チーム組成 | 各フェーズにおいて最小限単位で必要な人材を配置。クライアント、デザインチーム、エンジニアリングチームとの間で情報の分断が発生することがある。 | 初期段階から様々な関係者が関わり、各関係者間で情報がオープンであるため情報の共有、各チーム間での連携が容易。 |
プロセス | 各フェーズにおいて最小限単位で必要な情報を計画に落とし込む。次フェーズに行くに従い必要に応じて詳細な情報を詰め込む方式。 | 初期段階からエンジニアリングチーム、施工者の知見を検討、反映することが可能となり、結果的に効率的かつ最適な計画とすることができる。 |
課題共有 | 個人、または、それぞれのチーム間での判断により課題発見の後、プロジェクトチーム全体に共有。課題の共有については各会議の場でなど限定的。 | 常に情報共有することにより、課題発見をすべてのチーム間で行うことができ、リアルタイムで早期発見、解決へ向けての問題点共有が可能となる。 |
情報共有 | 紙媒体、PDFなど2Dでの情報共有が一般的。各フェーズにおいてその都度データを新規作成、フォーマットを編集するなどの手間が発生。 | 3Dでの情報共有、さらに情報(施工プロセス、建材の性能、構造的特性、重量など)を付加した4D、5Dの統合されたデータ共有。データは各フェーズにおいて統合データを一貫して仕様。 |
合意形成 | 情報共有が限定的になりがちであり、合意形成に時間がかかる、もしくは合意後に後戻りが発生するなどの可能性もある。 | オープンな情報共有により、事前に課題、合意事項、優先度合いなどを共有することが可能となり、合意形成の期間が短縮できる。合意後の後戻りも最小限となる。 |
図2 従来のプロセスとIPDの比較
3) IPDによるフロントローディング
また、従来のプロセスとIPDを比較すると、下図3からIPD方式を採用した場合では、プロジェクトの初期段階でかける労力(労働負荷)が従来のプロセスと比較して大きいことが読み取れます。また、下図3からは、同時に、設計が進捗度に比例して設計変更コストが大きくなることが分かり、設計が進んだ段階での変更による手戻りは、コスト増加の要因につながることが読み取れます。
プロジェクトの初期段階で、従来のプロセスと比較して、多くの関係者や専門家が関わるため、大きな労力を費やすことになるが、プロジェクト後半になるにつれてその労力は減少する傾向にあります。これは、プロジェクトの初期段階から、デザインと技術的な観点からの知見に基づいて設計が検討することによって、前述したように、手戻りが少なくない効率的な設計や施工をプロジェクト後段階で実現することが可能となるからです。
このように、IPDでの進め方のように、プロジェクトの初期段階に負荷をかけ進めるプロセスをフロントローディングと呼びます。
しかしながら、プロジェクトの初期段階から多くの人材や労力を投じる人的リソースの点、工事発注・契約時点での競争がない点、従来のプロセスでは設計の後工程で参画する関係者との契約上の取り決めが必要な点など、IPD方式の採用に課題が多いことは事実です。
しかしながら、一度、IPDによる業務プロセス、各関係者との契約上の取り決め等のて、仕組みを構築できれば、従来のプロセスと比較して、プロジェクトに投じられる関係者による総労働負荷を抑え、効率的にプロジェクトを進められることで、結果として、人件費の削減、プロジェクト期間の短縮など、関係者の支出低減となり、建築費の超高騰による影響度の縮減に繋がると考えられます。
図3 従来のプロセスとIPDの進捗度による労務負荷の変化と比較
出典:“Integrated Project Delivery: A Guide)”. The American Institute of Architects.
出典:“Integrated Project Delivery: A Guide)”. The American Institute of Architects.
2. 発注・契約方式の工夫(請負方式からの脱却と適切な発注方式の選択)
続いて、発注方式の工夫について、以下の観点より紹介していきます。
1) 多様な発注方式について
2) アットリスク型CM方式について
3) 建築費超高騰期では物価上昇リスクを許容する契約がポイントに
1) 多様な発注方式について
建設プロジェクトでは、工事や設計業務等を発注する際、発注先となる業者を決める方式は多岐にわたりますが、、どの方式を採用するのかは、建設プロジェクトの規模、用途などの特徴により、プロジェクト単位で最適な発注方式を選択することが、建築費を低減する観点からも求められます。
しかしながら、日本では、主に設計と施工を分離した総価請負方式が採用されることが多く、その他の発注方式の採用について検討することはほとんどされてきませんでした。例えば、建設プロジェクトで採用される発注方式には、下図4に示すような方式があります。
図4 国内における主要な発注方式の一覧
① 設計施工分離方式
まず、設計施工分離方式とは、設計の部分に関しては設計事務所に発注し、建設工事を単一の建設業者に発注する方法です。設計と施工の役割が設計者と施工者に分かれ、それぞれの責任が明確であり、価格に基づいて施工業者の選定が可能である為、業者選定プロセスを単純化しやすい点が特徴として挙げられます
② 実施設計付施工方式とは
次に、実施設計付施工方式とは、設計において初期段階の基本設計までは設計事務所に発注し、施工図の作成などを含む実施設計以降を建設業者に工事と併せて発注する方式を呼びます。
これまでは、前述した設計施工分離方式が主流でしたが、技術者不足やプロジェクト期間の短縮などの目的で近年、導入が進んでいる方式です。また、海外プロジェクトでも、例えば、設計業務を日本の設計事務所が受注した場合に採用される方式で、コンセプト決定などの初期段階を日本の設計事務所、実際の工事に関連する設計から海外の現地の建設業者などに工事と併せて発注し、設計事務所はアドバイザー契約などで品質管理を実施します。
③ 設計施工一括発注方式とは
続いて、設計施工一括発注方式とは、設計及び施工の両方を単一業者に一括して発注する方式です。実施設計付施工方式と同様に、施工者の技術力を設計段階より反映できる点、設計施工分離方式と比較してプロジェクト期間の短縮を期待できる点などの観点から、近年、採用が増えてきている方式です。
また、この方式では、一括で発注することで設計・施工責任を一元化可能な点、設計者と施工者の選定が一度で済み、設計から施工への以降がスムーズで事業期間を短縮可能な点、建設会社の技術力を設計に反映することができる点、価格契約方式によっては、基本設計に入る前に請負価格を確定できる点などが特徴として挙げられる。
2) アットリスク型CM方式について
アットリスク型CM方式とは、下図5に示すように、選定されたCMr(コンストラクションマネージャー)が発注者に代わり「設計や工事調達方式の検討」「工程管理」「コスト管理」など各種マネジメント業務を実施するCM方式(コンストラクションマネジメント方式)の一種で、CMr(コンストラクションマネージャー)に対して CM業務に加えて工事請負も併せて発注する方式です。
ここで、建築費の超高騰期に向けた発注方式の一つとして、従来の総価請負契約と異なるアットリスク型CM方式について紹介していきます。
アットリスク型CM方式は、主に災害復興事業など設計が確定していなくとも緊急性を要する工事を迅速に進めたい場合や、大規模改修工事など実際に工事を進めてからでないと詳細な状況が判断できないなど、不明瞭な要素が多い場合で採用されることが多い方式です。
また、アットリスク型CM方式における価格契約方式は、実費精算契約(コスト・プラス・フィー契約) をベースとした形態が用いられるのが一般的です。これは、アットリスク型CM方式が採用される場合は、設計が確定していない状況や、不明瞭な要素が多い状況で無理に請負契約とすると請負に伴うリスクが大きくなり、請負金額が非常に高くなってしまうためです。
また、価格契約方式として実費精算契約(コスト・プラス・フィー契約)が採用される場合は、契約上の取り決めでGMP(最大保証金額) が上限金額として設定される場合や、コストの透明性を図る目的でオープンブック方式が併せて採用される場合もあります。
図5 アットリスク型CM方式の体制イメージ
アットリスク型CM方式で採用される実費精算契約(コスト・プラス・フィー契約)とGMP(最大保証金額)は、アットリスク型CM方式を採用するにあたり、発注者にとっても、受注者(施工者)にとっても重要な価格契約方式となります。
① 実費精算契約とは
例えば、一般に、実費精算契約(コスト・プラス・フィー契約)では、コスト(外注費、材料費、労務費等)は実費として要した費用で、発注者に承認された金額となります。また、受注者の報酬にあたるフィーは、コストに対するパーセンテージで決定されます。そのため、受注者は一定の報酬をを受け取ることが期待できる点、さらに契約形態によっては、取り決められた目標工事金額を大幅に下回った場合は、インセンティブを受け取れるケースもあります。
② GMP(Guaranteed Maximum Price)とは
また、GMP(Guaranteed Maximum Price)とは、建設プロジェクトにおいて工事や設計業務等を発注する際に契約方式と併せ契約上の価格や条件を取り決める際に設定される上限金額のことを指します。
GMPのメリットとしては、発注者にとって設計の詳細が決まっていない段階であっても、契約した時点で最終的な工事金額が確定できる点が挙げられます。
GMPが設定された契約では、受注者が最終的な工事金額の最高限度額を保証し、その金額を超過した金額は受注者が負担することになりますが、最終的な工事金額がGMPを下回った場合は、コスト縮減額に対するパーセンテージに基づいて受注者へインセンティブとして支払われるケースもあります。
つまり、実費精算方式とGMPを組み合わせた方式を、アットリスク型CM方式で採用することで、発注者にとっては、リスク要因が多い中でも、工事の金額を取り決められる点、受注者にとっては、一定の利益を確保してインセンティブにも期待できる点、これらが発注者と受注者の双方にとってのメリットとして挙げられます。
図6 アットリスク型CM方式のインセンティブとGMP
3) 建築費超高騰期では物価上昇リスクを許容する契約がポイントに
国内では、今後も人手不足と物価上昇が続いて、請負リスクが大きくなることで、建築費の水準は超高騰期を迎える可能性が高いと考えられます。
そのような中、建築費の超高騰を回避する方法として、例えば、前述したような、アットリスク型CM方式と実費精算による価格契約方式を組み合わせ、物価上昇による受注者側の請負リスクを除くなど、従来の総価請負方式による発注方法の見直しが重要になるでしょう。
もちろん、従来の総価請負方式においても、契約上の取り決めとして、例えば、契約後に一定の大きさを超える物価上昇による請求を認める取り決めを設けるなど、リスクを許容することが建築費の超高騰を回避する一歩であると考えます。
3. 設計・工法の工夫
最後に、設計および施工段階におけるユニット化と自動化を採用した省力化によるコストの圧縮を、以下の点より紹介していきます。
1) ユニット化について
2) 施工の自動化について
1) ユニット化について
ユニット化は、建築計画および施工において反復性の高い部分において採用することで、施工現場での省力化にコスト縮減や工期短縮といった恩恵を期待できます。
例えば、ホテルの客室や集合住宅のユニットのようにモジュール化が可能な部分については、それぞれ共通の形状・仕様とすることで、工場生産した半完成品を施工現場へ搬入して組み立てるといったことが挙げられます。
具体的に、世界展開しているホテルチェーンの場合、リソースが十分で品質管理のしやすい本国で、客室などユニット化された部分を工場で生産して各国へ輸出、搬入された現場ではクレーンでユニットを積み上げて組み立ててる形で施工されています。
図7 ユニット化された客室モジュールの施工のイメージ
また、日本でも、工場や倉庫といった大規模空間施設では、システム建築を採用するなど、ユニット化することでコスト縮減や工期短縮を図る事例が増えています。
このように、ユニット化された生産品を現場で組み立てることで、工場生産による高い品質が確保されるに加え、品質管理工程の効率化、現場への搬入回数の削減とそれに伴う安全管理の容易性、さらには、簡素化された施工方法による工期の短縮と現場労力の減少など多くの利点が挙げられます。
2) 施工の自動化について
施工における自動化は、大手重機メーカーや建設会社が国交省の支援を受けて研究開発中で、世界の中でも日本がリードしている分野です。(下図8参照)
国交省は、重機の操縦の自動化に加え、3Dプリンターによる施工の普及にも力を入れており、建築だけではなく土木の分野においてもその活躍が期待されています。
図8 遠隔操作による施工 鉱山向け大型ICTブルドーザー遠隔操作の実証実験のイメージ
日本政府がこれら重機の自動化や3Dプリンターによる施工の普及を推進する背景として、大阪万博2025や各種社会インフラの老朽化に起因する建設投資が拡大している一方、建設業における深刻な人手不足が挙げられます。
建設業における人手不足の状況は、国内の経済やインフラ整備に大きく関わる問題で、有事の際の災害復旧作業や雇用創出の観点からも「施工の自動化」は大きな役割を担っています。
前述したように、各種社会インフラの老朽化は急速に進んでおり、一般的にインフラの耐用年数が約50年といわれる中、1964年の東京オリンピックの時代に整備された首都高速道路1号線や、高度成長期以降に整備したインフラなど、今後の20年間で築50年以上経過する施設の割合が加速的に増えると言われています。
このように、施工自動化の新しい技術を積極的に採用して現場に導入することで、労務費の削減に繋がるだけではなく、業界で喫緊の課題となっている現場の人手不足にも対応することが可能になります。
以上のように、今回は、建築費の超高騰を回避して、建築費を抑えるために具体的にどのような方策をとるべきであるかについて、プロジェクトチーム組成の工夫(BIMとIPD)、発注・契約方式の工夫、設計・工法の工夫といった観点より紹介・解説しました。
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