REPORTレポート

リサーチ&インサイト

迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶべきこと(2)

建設プロジェクトの予算超過は業界の利益相反体質が元凶

迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶこと(1)」で、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場が迷走した要因について指摘しました。プロジェクトをマネジメントする責任者の不在と、省庁や設計事務所、シンクタンクなどの前例主義や無責任体質が予算比で工事費が倍増する事態を招いた、ということをご理解いただけたのではないかと思います。
 
建築コストが増えれば増えるほど儲かる仕組み
 
当初のザハ案では、日建設計が発注者側のプロジェクトマネージャーでありながら、設計チームにも入っていました。プロジェクトマネージャーは、発注者のために仕様を満たし品質を確保して、工事費を抑える役割です。一方で、設計事務所は工事費が膨らむほど儲かる。これは完全な利益相反の構造です。いくらプロジェクトマネージャーとはいえ、自社が損するようなことを言いにくくなるでしょう。

本来、利益相反が起こり得る設計事務所やゼネコンは、プロジェクトマネージャーを担当すべきではありません。

似たような構図は公的施設の建設、公的サービスの提供に民間の資金やノウハウを活用するPFI (プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)でも見られます。もともとサッチャー政権下の英国で生まれた仕組みで、日本では1999年に、いわゆるPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が施行されました。

利益を追求する民間企業は、建築費や管理運営コストの削減を強く意識します。サービスも民間企業のほうが効率的です。これらの利点を公共工事の世界に持ち込むのが狙いでした。PFIの仕組みはこうです。学校や病院、公民館など、本来、公共部門が投資する対象に、民間の企業や共同企業体などが投資して運営を受託する。そして30年間といった運営期間に投資した資金を回収する。

PFI法ができた当時、さまざまな公共施設をPFIで造ることが検討されました。しかし、実際には運営主体が破たんした福岡県の工場余熱利用施設「タラソ福岡」ほか、多くのPFIが失敗に終わりました。
 
利益相反の固まりだった日本版の“なんちゃって”PFI
 
私は、PFIが失敗に終わった一番大きな原因は「PFIが利益相反の塊」だから、と見ています。かつて建設業界をめぐる談合が相次いで摘発されましたが、PFIは形を変えた談合のようになっていきます。

PFIに出資した企業の顔ぶれを見ると、ゼネコンや施設の管理運営会社のようなところが主体です。そこで何が起こるのでしょうか。行政から「こういうもの造ってほしい」という要求が出たとき、ゼネコンや管理運営会社などが作った企業体は、出資元から「お金を出しているのだから、利益をたっぷり取れ」と言われます。そのため企業体から出資元のゼネコンに払う建築費や、管理運営会社に払う運営費が割高になりがちです。結果として、企業体から行政に払う建物の賃料が高くなります。もし、賃料を上げられないとなれば、建物や運営の質を落とすしかありません。

賃料が高ければ、企業体の経営が厳しくなる。建物や運営の質を落とせば、サービスが低下して、結局、客が減って経営が厳しくなる。行政からの委託で事業を行うはずの企業体が、出資元の利益につながる行動を取ってしまう。PFIは、こうした利益相反の塊なのです。

それだけではありません。日本のPFIでは、シンクタンクが地方自治体などのアドバイザーとして加わります。本来、アドバイザーは、行政に対して、駄目なものは駄目と意見を言わなければなりません。しかし、シンクタンクの多くは金融系です。日本の金融グループは、持ち株会社の下に、銀行や証券会社、シンクタンクなどを擁していますが、100%出資子会社のこともあります。

日本ではシンクタンクが行政側のアドバイザーを引き受けながら、同じグループの証券会社が応募者側でフィナンシャルアドバイザーに就任するということが当たり前のように起こります。同じ系列のグループにある会社は、海外の基準で見ると、一つの会社です。つまり、一つの会社が、発注側にも応募者側にもアドバイスしている。利益相反にほかなりません。日本のPFIはこれがまかり通っている“なんちゃってPFI”と言われてきました。

結局、PFIは発祥の英国とはの中身が相当変わってしまい、日本では根付いていません。本来なら、もっと早い段階で普及させなければなりませんでしたが、病院や学校を中心に数多くの事業が失敗に終わっています。
 
後先を考えず巨額投資する経営感覚のなさ
 
民間のデベロッパーが手掛けるプロジェクトなら、建築費などイニシャルコストの回収期間は、15~20年程度です。公共のプロジェクトと違って、金利や利益も考慮した事業計画を作ります。毎年、運営費にお金を補填するなどということはあり得ません。

しかし、公共施設では事情が異なります。新国立競技場の建替えを主導する文科省に限らず、公共工事では、巨額の建築費用を投じて、初期投資が回収できないようなプロジェクト、維持・メンテナンスの費用や運営費がまかなえず、毎年税金を投入しなければならないようなプロジェクトを数多く実施してきました。

例えば、各地にある国際展示場のような公共施設は、コストを切り詰めれば25~30%程度の稼働率で維持管理費や運営費がまかなえますが、逆にそれだけ稼働しないと赤字補填が必要になります。地方に立地する多くの国際展示場は、なかなか稼働率30%に達しません。30%に達するような経営努力もしていない。結果として、毎年赤字を補填することになります。しかも、公共施設の場合、そこに減価償却費など、イニシャルコストの負担を考慮しません。イニシャルコスト分は完全に行政の持ち出しです。民間企業だったらあり得ない話です。

「経済効果があります」。行政が赤字の公共事業を実施する際には、この言葉が金科玉条のように繰り返されてきました。例えば、国際展示場のような巨大な施設を造ることで、ホテルや飲食店がどの程度潤うかを机上で計算します。そして「地域が活性化するから、行政としてやらなければならない」とプロジェクトを正当化するのです。

もちろん、公共工事で地域の活性化を図ることは大事です。しかし、巨大な施設や道路のプロジェクトで、当初の推計通りになることはほとんどありません。推計は“絵に描いた餅”なのです。新しい道路を建設する際には、しばしば、「10年で交通量がこれだけ量が増えていきます」といった“たられば”の交通需要の推計が用いられますが、当たった試しがない。当然、借入金の返済が後ろ倒しになります。

国や地方自治体は、甘い見通しや淡い期待に基づいて、箱ものや道路を造り続けてきましたが、ザハ案の新国立競技場でも、まったく同じでした。たまたま東京オリンピック・パラリンピックが絡んでいたために、非常に注目されましたが、後先を考えず莫大な投資をする経営感覚のなさは、公共工事に染みついたものなのです。

迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶべきこと(3)」へ続く

WRITERレポート執筆者

その他のレポート|カテゴリから探す

お問い合わせ

CONTACT

ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。

03-6435-9933

受付時間|9:00 - 18:00

お問い合わせ
CONTACT