REPORTレポート
リサーチ&インサイト
迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶべきこと(3)
公共施設の予算超過を招くオーバースペックを防ぐ解決策
建物などの公共施設は基本的にオーバースペック(過剰仕様)です。道路もしかり。よく「日本の厳しい安全基準」といった話が出ますが、技術革新が起こった分野でも、古い仕様をかたくなに守っていることがあります。例えば、高速道路を建設する際には、行政が「穴が絶対あかない」という条件を提示して、それをゼネコンが技術で解決できる提案をするような仕組みに変えるだけでコストは大きく変わるはずです。しかし、いまだにアスファルトの厚みは〇〇cmなど、細かい決まりを用意していて、そのルールを守るためにどんどんコストが上がっています。民間の技術力を活用できない仕組みなのです。
丸ビルの坪単価よりも坪単価が高い展示場の不思議
公共工事では、もう一つ大きな問題があります。建物や施設の具体的な機能や仕様を決める作業を「プログラミング」と呼びますが、公共工事ではこのプログラミングがあまりにもずさんなことが多い。本来、入れるべき内容ではない使用目的、明らかに予算の範囲に収まらないハイスペックの仕様が、入ってきます。
新国立競技場のザハ案のプログラミングでは、いろんな意見を言う人がいましたが、抑える責任者が誰もいなかった。そのため、多種多様な要望が“てんこ盛り”になって、建設費が膨らんでしまいました。確かに、スポーツ施設以外の機能があってもいいでしょう。しかし、予算もあります。「コンサートホールとしての利用ができる」という使用目的は、終盤ギリギリまで入っていたそうです。
本来、文科省がしっかりコントロールしなければなりませんでした。膨れ上がった建設費は何とかなると思っていたのかもしれません。過去、無理を言えば、最終的にはゼネコンが何とかして安く造ってくれるという時代が続いていましたから。
オーバースペックの公共工事の典型とも言えるのが、見本市などを行う「国際展示場」です。全国にいくつもの施設がありますが、その発注単価は驚くべき金額です。例えば、1995年に竣工した東京ビッグサイト(東京国際展示場)の坪単価は、200万円台の後半。少し後にできた丸ビル(丸の内ビルディング)の2倍程度かかっています。
経営がうまくいっている海外の展示場は、ほとんど倉庫に近いような建物です。巨大な無柱空間や斬新なデザインを実現するために、巨大なコンクリートの塊を造る必要はありません。実際、展示会の大手運営会社7社に、国際展示場に必要なスペックをヒアリングしましたが、軒並み「倉庫で結構です」との回答でした。
現在、日本で民間企業が倉庫を造ると坪単価は40万円程度です。そこに、空調など展示会を開催するための最低限の設備を整備しても、建設費は1坪当たり70万~80万円の世界です。多くの国際展示場は、過剰仕様と言わざるを得ません。
新国立競技場のザハ案のプログラミングでは、いろんな意見を言う人がいましたが、抑える責任者が誰もいなかった。そのため、多種多様な要望が“てんこ盛り”になって、建設費が膨らんでしまいました。確かに、スポーツ施設以外の機能があってもいいでしょう。しかし、予算もあります。「コンサートホールとしての利用ができる」という使用目的は、終盤ギリギリまで入っていたそうです。
本来、文科省がしっかりコントロールしなければなりませんでした。膨れ上がった建設費は何とかなると思っていたのかもしれません。過去、無理を言えば、最終的にはゼネコンが何とかして安く造ってくれるという時代が続いていましたから。
オーバースペックの公共工事の典型とも言えるのが、見本市などを行う「国際展示場」です。全国にいくつもの施設がありますが、その発注単価は驚くべき金額です。例えば、1995年に竣工した東京ビッグサイト(東京国際展示場)の坪単価は、200万円台の後半。少し後にできた丸ビル(丸の内ビルディング)の2倍程度かかっています。
経営がうまくいっている海外の展示場は、ほとんど倉庫に近いような建物です。巨大な無柱空間や斬新なデザインを実現するために、巨大なコンクリートの塊を造る必要はありません。実際、展示会の大手運営会社7社に、国際展示場に必要なスペックをヒアリングしましたが、軒並み「倉庫で結構です」との回答でした。
現在、日本で民間企業が倉庫を造ると坪単価は40万円程度です。そこに、空調など展示会を開催するための最低限の設備を整備しても、建設費は1坪当たり70万~80万円の世界です。多くの国際展示場は、過剰仕様と言わざるを得ません。
後々のランニングコストを気にしない公共工事
非常に悪しき慣習だと思いますが、そもそも建設業界では、発注者が国や自治体となるだけで、コストが上がる“公共工事プレミアム”の問題があります。公共工事は日本の建設業を育成する目的で、民間のように激しく買いたたいたり、交渉したりしません。良く言えば、建設会社が利益を確保できる、多少ゆとりのある発注をしてきました。ただ、利幅が民間に比べて大きすぎます。設計事務所もゼネコンもそれに慣れてしまっています。しかも、公共工事の利益は下請けに渡っていません。
建設費が高い建物や施設は、ランニングコストの高騰に直結します。例えば、修繕費は建物の耐用年数の間に、もう一つ同じ建物を建てられる程度かかると言われています。面積が過大だったり、造り方が複雑だったり、使っている部材が高級だったり、当初と同じように修繕するだけで費用がかさむというわけです。だからこそ、あらゆる公共施設は建物を計画するときから、イニシャルコストがランニングコストに影響するという意識を持って、コストを抑える必要があります。それは、公共の施設に限らず、マンションやオフィスビルでもまったく同じです。
修繕費以外にも施設の維持・運営に必要なコストは多々あります。大きいのは清掃費用です。建物は汚れていきますし、きれいにしておかなければ、利用者が減るなどの影響が出てきます。警備費用や電気代、ガス代といった光熱費も馬鹿にできません。公共工事の場合、造るコストばかりに目が行きますが、実は、大規模施設になるほどランニングコストの削減が重要になります。多くの公共施設は、民間の施設ほど厳しくコストを削減できていません。赤字の補てんのため、毎年何らかの形で税金を投入しているところも多いのです。
赤字に陥っている公共施設には、安全性を重視しすぎる、必要以上に清掃している、といったメンテナンスの「過剰品質」が、赤字の原因になっていることがあります。「1年のうち数回きれいにすればいい場所を毎日掃除している」などが典型です。
運営面でも過剰品質が存在します。例えば、運営権の民営化(コンセッション)でしばしば話題に上る空港では、滑走路上の電球が切れていないかずっと見ているという仕事があったそうです。
行政は、何かあったときに批判されないようにしたいのでしょう。しかし、それが行き過ぎると、無用なコスト高につながります。
行政に求められる意識改革とオーバースペックの見直し
日本は人口が減って、公共工事も減る時代に入っていきます。国内経済が縮小する中で民間工事も減っていく。日本のゼネコンはどんどん海外に行って、新しいビジネスモデルを展開しなければなりません。これまで行政は、経営的な収支計算、例えば「イニシャルコストを何年で回収しよう」「管理運営の収支が赤字にならないようにする」といったことを、真剣に考えてきませんでしたが、国内の公共工事だけ、従来のままでいいということにはなりません。
今後も行政は、箱物を造り続けますが、これからは明確に「必要最小限の機能を持つ施設を造る」という感覚を身に付ける必要があります。経営的なアプローチです。加えて、「公共工事は民間よりも高い」ではなく、適正金額で発注をする。
建設費などのイニシャルコストに関しては金利・利益はゼロとしても、減価償却の期間、コンクリートの建物なら60年で回収できるようにする。それが満たせないなら、国民、市民の大事な税金を投入して箱物を造るべきではありません。民間企業であれば、建物や施設に投資した金額を10~20年程度で回収します。しかも利益を出して、金利も考慮していることを考えれば、それほど難しいことではありません。
建設費などのイニシャルコストに関しては金利・利益はゼロとしても、減価償却の期間、コンクリートの建物なら60年で回収できるようにする。それが満たせないなら、国民、市民の大事な税金を投入して箱物を造るべきではありません。民間企業であれば、建物や施設に投資した金額を10~20年程度で回収します。しかも利益を出して、金利も考慮していることを考えれば、それほど難しいことではありません。
2014年に「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(品確法)が改正されたことで、多様な入札方式が認められるようになりました。従来の公共工事では、設計と施工が分離した形が基本でしたが、新国立競技場では、双方を一つのグループが担当する、設計施工(デザインビルド)を公共工事で初めて取り入れました。
デザインビルドでは、プロジェクトの早い段階からゼネコンが加わることで、ゼネコンが持つ技術力、設計能力を、コストの面でも最大限に生かすことができます。
デザインビルドでは、プロジェクトの早い段階からゼネコンが加わることで、ゼネコンが持つ技術力、設計能力を、コストの面でも最大限に生かすことができます。
下請けにも利益を配分できるアットリスク型CM
しかし、デザインビルドも万能ではありません。基本設計を担当する設計事務所が詳細な部分まで書き込んでしまえば、ゼネコンが本来持っているポテンシャルの6~7割程度までしか発揮できない状況に陥りかねません。また、デザインビルドでも、基本的には請負の構造は変わらないため、下請けに利益が配分されない状況は従来通り起こりえます。
やはり、今後は前述のアットリスク型のコンストラクションマネジメント(CM)による発注方式にして、関係当事者のリスクやリターンをガラス張りにすることが不可欠です。それにより、行政が設計事務所やゼネコン、下請けをきちんと監視して、利益を適切に配分していくことができます。公共工事は民間工事よりもかなり割高という点も明らかになり、「適正な金額で発注する」という方向に行政の意識を改めていくことにつがなります。
運営に関しては一つひとつの公共施設が単体で、少なくとも赤字は出さないという意識を強く持つ必要があります。
意識改革と同様に重要なのが、オーバースペックの見直しです。新国立競技場でも明らかになりましたが、あまりにも要求が大きすぎて、いつも必要以上の機能を詰め込んだ施設を造る。あるいは過度の安全性を要求しすぎて、民間の活力や技術力が入りづらい状態を作る。何十年前の技術水準を前提にしたルールを放置する。
先日、国交省の官庁営繕部の幹部から聞きましたが、建物の設計の基準は何十年も見直されていないそうです。前回の改正が明治時代、というルールも数多くあるようです。変わらなくてはいけないのは、国民、市民も同じです。新国立競技場では民意が国を動かした部分がありますが、税金として支払ったお金の使われ方を、しっかりとチェックしていく。海外では、民意が反映されて、行政がいったん決定したプロジェクトが変更されたケースがいくつもあります。
やはり、今後は前述のアットリスク型のコンストラクションマネジメント(CM)による発注方式にして、関係当事者のリスクやリターンをガラス張りにすることが不可欠です。それにより、行政が設計事務所やゼネコン、下請けをきちんと監視して、利益を適切に配分していくことができます。公共工事は民間工事よりもかなり割高という点も明らかになり、「適正な金額で発注する」という方向に行政の意識を改めていくことにつがなります。
運営に関しては一つひとつの公共施設が単体で、少なくとも赤字は出さないという意識を強く持つ必要があります。
意識改革と同様に重要なのが、オーバースペックの見直しです。新国立競技場でも明らかになりましたが、あまりにも要求が大きすぎて、いつも必要以上の機能を詰め込んだ施設を造る。あるいは過度の安全性を要求しすぎて、民間の活力や技術力が入りづらい状態を作る。何十年前の技術水準を前提にしたルールを放置する。
先日、国交省の官庁営繕部の幹部から聞きましたが、建物の設計の基準は何十年も見直されていないそうです。前回の改正が明治時代、というルールも数多くあるようです。変わらなくてはいけないのは、国民、市民も同じです。新国立競技場では民意が国を動かした部分がありますが、税金として支払ったお金の使われ方を、しっかりとチェックしていく。海外では、民意が反映されて、行政がいったん決定したプロジェクトが変更されたケースがいくつもあります。
責任者の明確化がプロジェクト成功の鍵
何にもまして重要なのは、行政側の責任者を明確にすることです。プロジェクトを推進する際、その本質を理解して、建物や施設に求められる機能は何か、必要なコストは何かを踏まえた上で、個々の判断をしていく。すべて国民、市民の税金で造られているという重みを感じて、ノーと言うべきときにはノーと言えるプロジェクトマネージャーです。
こうした人材は、国や各地方自治体でこれから育成していかなければなりませんが、責任者は常にリスクと隣り合わせです。プロジェクトの責任者になったことで、過度に昇給したり、減給したりしないような人事制度のルール作りも必要になります。
もっとも、人材の育成には時間がかかります。経済が右肩下がりになる時代が目の前に来ていますが、くいデータ偽装や新国立競技場の問題で露呈したとおり、現実には発注者側に人材が揃っていません。アットリスク型CMで建設しようにも、ゼネコン側のコンストラクションマネジャーさえいない状態です。私は東日本大震災の後、アットリスク型CMで東北の復興事業を始めましたが、人材育成に4~5年かかりました。
それでなくとも、国や地方自治体の技術者、エンジニアは年々減っています。人材難の中で、プロジェクトマネジメントができる人材を、育成していかなければならない。それを今から始めないと、取り返しがつかない時代がやってきます。
もし、プロジェクトの難易度が高い、適切な人材がいないといった理由で、行政内部の責任者を決められないときには、中立の立場でリスクを取ることができる外部の人材をプロジェクトマネージャーに登用するのが、有効な選択肢となります。
WRITERレポート執筆者
-
植村 公一
代表取締役社長
1994年に日本初の独立系プロジェクトマネジメント会社として当社設立以来、建設プロジェクトの発注者と受注者である建設会社、地域社会の「三方よし」を実現するため尽力。インフラPPPのプロジェクトマネージャーの第一人者として国内外で活躍を広げている。
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