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迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶべきこと(1)

なぜ大規模プロジェクトはコストが予算を大幅に超過するのか
 
2015年末、紆余曲折の上、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場のデザインが決まりました。工事費が当初予算の1300億円から2520億円へと倍増したことから、いったん国際コンペ(デザイン競技)で決まった建築家の故ザハ・ハディド氏の案を取り下げ。再度入札した結果、隈研吾氏、大成建設らの案に決定しました。

工事費の高騰やザハ案のデザイン、二度目の入札までの短さなどさまざまな批判が巻き起こりました。新国立競技場をめぐる一連の混乱は、日本の公共工事のさまざまな課題を浮き彫りにしたことは間違いありません。
 
責任者不在が招いた新国立競技場の混乱
 
新国立競技場問題がこれだけこじれた最大の原因は「責任者がいなかった」、これに尽きます。新国立競技場の発注元は、運営主体である文部科学省所管の独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)でしたが、実態は文科省が取り仕切っていました。本来、こうした大型プロジェクトでは、工事費を予算の範囲に収めるために、責任者がコントロールしていきます。多くの関係者から意見を募れば、当然、「○○が欲しい」「△△は必要だ」「××も入れたい」と、ありとあらゆる要望が出てきます。 

実際、ザハ案で進んでいた頃の新国立競技場でも、「座席数は常設で8万人以上」「陸上競技用のサブトラック」「開閉式の屋根」ほか、さまざまな要望が出てきました。ここで責任者は、「これは実現不可能」「こういう機能を入れると建設費が上がりすぎるからやめる」と都度、判断していくべきでした。

ところが、プロジェクトを仕切る責任者がいないため、言われっぱなしで、ふたを開けてみれば、当初の予算を大幅に上回っていました。責任者が予算を把握して、仕様の決定や設計前・設計期間中のプロセスをコントロールしていれば、今回のような混乱を招くことはなかったはずです。ザハ案では、日建設計、梓設計、日本設計という日本を代表する設計事務所がジョイントベンチャー(設計共同体)の形で早い段階からプロジェクトに関わっていましたが、工事費の増大にブレーキを掛けられませんでした。

文科省としては、いざ建設となれば、どこかのゼネコンが予算の範囲で何とかしてくれるだろうと、「他人任せ」の発想があったのかもしれません。実際、昔はそうでした。ところが、当時の建設市場では需給がひっ迫し、建設会社は大量の受注を抱えていました。大手の設計事務所が手がける民間事業の世界でも、コストが膨らみ予算を大きくオーバーしてしまうような時期です。過去のやり方は通用しませんでした。

発注者や設計事務所は当事者とはいえ、他人のお金でプロジェクトを進めていて、結局、万事が他人事。それが無責任体制の根源です。「責任を取る人がいない」「他人任せ」は、新国立競技場に限った話ではありませんが、巨額の予算を投じる国家プロジェクトにしては、あまりにもずさんという他ありません。
 
事業費高騰をもたらす前例主義と責任回避体質
 
公共工事では、三菱総合研究所や日本総合研究所といったシンクタンクをアドバイザーに据えて、発注者の要望を実現していくという形がしばしば取られます。シンクタンクの下に設計事務所が入り、見積もりが取られるのですが、本来、予算をオーバーするようなら、プロジェクトのリーダーが指示を出してコストカットします。

しかし、往々にして起こりがちなのは、大手の設計事務所が「前例主義」で出してくる見積もり額を、発注者サイドが無批判に受け入れてしまうことです。点主義が染みついた行政の担当者は、自らが判断したことで、失敗して責任を取りたくないという発想があります。そのため、可能な限り余裕を見た金額で予算を取り、いったん取った予算はすべて使い切ろうとします。

責任を取りたくないのは、設計事務所も同じです。私が国や地方自治体のプロジェクトにプロジェクトマネージャーとして関与すると、設計事務所に対してコストの適正化を強く迫ります。それでも、設計事務所は何かあったときの責任を回避するため、あえて前例と違うことはしません。

「何度言ってもやらないなら、見積もりの金額は私が出したことにすればいい」「失敗しても役所に対して責任を取らなくていい」と言って、ようやく適正価格の見積もりが出てきます。そうしなければ、前例主義で膨らみすぎた価格で、見積もりが出てきます。「失敗が許されない」という意識が強い公共事業は、前例主義になりやすい性質を内包しているとも言えますが、行きすぎた減点主義の弊害です。
 
組織の知見が生かされない縦割りと縄張り意識
 
ザハ案が決まったデザインの選考では、決定までのプロセスが不透明でした。構造的にザハ案のようなものをつくる必要があったのか、当初から工事予算をオーバーしていなかったのか、さまざまな疑念が噴出しました。審査員は国家プロジェクトにふさわしかったか、という点も含めて全体が非常に曖昧でした。

文科省という組織自体にもおおいに問題がありました。専門家が決定的に不足していたのです。文科省には、学校関係の施設計画などを担う部署はありました。しかし、国立の学校などの建築に関わる部署で、人員もそう多くはない。技術的な知見の蓄積も継承されていませんでした。国土交通省には、国が管轄するさまざまな公共建築の新築や修繕をつかさどる「官庁営繕部」という部署があります。歴史ある部署で、公共建築を担当する技術者も多く在籍しています。しかし、「オリンピックは文科省」という意識が強かったのでしょう。文科省が「自分たちでやりたい」と主導権を持ってやってしまった。

国交省と文科省、この二つの省が交わることはありませんでした。それも、プロジェクトをコントロールできなくなった要因の一つです。国にしても、地方自治体にしても管轄外の役所が自ら働きかけることはありません。管轄外のことには、無関心。縦割り組織の弊害です。言うまでもなく、本来、各省庁は連携を取るべきです。中央官庁だけでなく、地方自治体も同じですが、役所というところは横の連携が本当に苦手です。

昨今は、難易度が高く、一つの省庁や一つの地方自治体だけでは解決できない複層的なプロジェクトが珍しくありません。難題に直面したとき、互いに状況を把握しながら、一緒に推進していく必要があるのです。民間の大企業も同じ問題を抱えていて、「関係者がうまく連携ができない」は日本の組織の弱点なのかもしれません。省庁間の連携を取るとしたら、調整役になり得るのは唯一、政治家です。しかし、新国立競技場では、政治家がその役割を果たせませんでした。

迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶべきこと(2)」へ続く

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