REPORTレポート
代表植村の自伝的記憶
ある起業家の「自伝的記憶」(5)
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ファンドバブルの狂騒で得た教訓
2000年代初頭、不良債権や過大な債務を処理するため、不動産の売却や拠点の再編に乗り出す会社が増えたという話は前回の投稿でお伝えしました。建築プロジェクトマネジメント(建築PM)の本質は、建築プロジェクトの無駄を発注者の立場から取り除き、全体のスペックやコスト、納期を最適化していくこと。コスト削減に直結するため、建築PMの採用を前向きに検討する企業も、徐々にではありますが出始めました。
実は、この頃のインデックスコンサルティングには柱となるもう一つの事業がありました。不動産ファンドなど、日本の不動産を買う人々に対する「エンジニアリングレポート(ER)」の作成です。
ERとは、対象となる不動産の遵法性や地震リスク、アスベストや土壌汚染といった環境リスクを調べた調査報告書。不動産のデューデリジェンスの一環として作成される資料です。2007年に始まる世界金融危機で国内の不動産市場が崩壊するまで、不動産ファンドは主に大都市の収益不動産を積極的に取得しており、それに比例するように、ERビジネスは大きく伸びました。
エンジニアリングレポートの嚆矢
インデックスとERビジネスの関わりは、創業間もない1990年代半ばにさかのぼります。
その当時、米GEの不動産投資部門が東京・赤坂の不動産に投資しようとしていました。日本では近隣の取引事例をベースに不動産の価格を考えていましたが、欧米は今も昔も家賃収入をベースに利回りを見る収益還元法が中心です。平成の不動産バブルが崩壊し、賃料収入に照らして割安な不動産が市場に出始めるのを見て、日本の不動産に妙味があると考えたんですね。
もっとも、GEは米国の会社ですから、投資判断の前に本社に裁可を仰ぐ必要があります。米国では不動産を取得する際に、ERを分析して投資するにふさわしい物件かどうかを検討しますから、当然、日本でも同様にERを作る必要があります。
ところが、当時の日本にはERが存在せず、ERを作る会社もありません。そこで、偶然にもGEの不動産投資部門の初期メンバーだった知人からERの作成を依頼されたのです。当時のインデックスはゲンスラーと外資系企業のオフィスの内装を手がけており、外資系企業とのやり取りに慣れているということで白羽の矢が立ったのでしょう。
とはいえ、私もERなんて見たこともありません。そこで、先方の担当者にサンプルを取り寄せてもらうと、地震リスクや環境リスクなど様々な項目が並んでいます。「外資系は不動産を買うのにここまで調べるんだ」と半ば感心しつつ、自社でできないところは海外の調査会社に頼み、見よう見まねでERを作りました。
その後、2000年代になり、外資系ファンドによる不動産購入が加速すると、当社に来るER作成の依頼も急増しました。インデックスは規模の小さなコンサルティングファームでしたが、都心部で売買された大規模物件の大半でERを作成したと思います。細かな数字は分かりませんが、恐らくシェアはトップだったのではないでしょうか。ERについては、とかく不透明な不動産の透明性向上に寄与したと誇りに思っています。
フォワード・コントラクトの闇
不動産ファンドの物件取得が過熱するにつれて、全く新しい別のビジネスも生まれました。設計図通りに建物が施工されたかどうかをチェックする仕事です。
若い方はご存じないかもしれませんが、2000年代前半からリーマンショックにかけて、日本では不動産ファンドが相次いで組成され、競うように収益物件を購入していました。そうしてアセットを積み上げ、REIT(不動産投資信託)として上場したり、REITに物件を売却したりするなどの出口戦略を考えていたわけです。
ただ、ファンドに適した収益物件は数に限りがありますので、徐々にふさわしい投資対象がなくなっていきます。すると、設計段階のマンションを新興デベロッパーから買うファンドが現れ始めました。施工前に売買契約を結ぶことから、この取引は「フォワード・コントラクト」と呼ばれました。
フォワード・コントラクトはその名の通り施行前契約なので、実際の建物はありません。一方、新興デベロッパーは土地の仕入れと販売にこそ力を入れますが、基本的に建物の施工や管理は建築会社に丸投げです。マンションの販売価格を下げるため、建設会社を叩いて安価に発注するデベロッパーも少なからずいました。工事費が安い上に、発注者が管理をろくにしないのであれば当然、手を抜く建設会社も出てきます。そこで、建設途中や施工後に図面通りの建物ができているかをチェックする必要性が生じたんです。今で言う第三者工事管理(日本型コンストラクションマネジメント=CM=)です。
ちなみに、海外のCMと日本のCMの最大の違いは原価開示をするか否かです。日本の場合は原価開示はしないので、日本でCMと言われる業務のことを、私はあえて日本型CMと呼んでいます。
ファンドバブルのあだ花だったフォワード・コントラクト
この第三者工事管理ビジネスは2005年11月の構造計算書偽造事件、いわゆる「姉歯事件」以降、急激に依頼が増えました。姉歯事件は建築士による元データの改ざんで施工の問題ではありませんでしたが、完成した建物が本当に図面通りなのか、市場で疑心暗鬼が広がったからです。実際、われわれがチェックに行くと、手抜き工事がいくつもありました。
現に、姉歯事件が起きる9カ月前、私は「日経ビジネス」に『増え続ける「危ない物件、法より厳格な品質基準を」』と題した記事を寄稿しました。増え続けるフォワード・コントラクトと、施工に問題があり、設計で意図した耐震性や耐久性が発揮されない物件が増えている事実を指摘しました。それまでもずさんな建物を見てきていましたので、姉歯事件の一報を聞いたときは「ああ、やっぱり」と思いました。
フォワード・コントラクトはファンドバブルのあだ花のような存在でした。ただ、その後も東洋ゴムによる免震ゴムの性能偽装や旭化成建材による杭データの改ざんなどの不祥事が起きており、第三者工事監理の重要性は増しています。現在、ERの作成や第三者工事管理、コストマネジメントなどのビジネスは現在、グループ会社のインデックスエンジニアリングが一手に引き受けています。
蒸発したファンド関連ビジネス
その後のリーマンショックで不動産市場は大打撃を受けました。クライアントだった企業も倒産するか、事業縮小を余儀なくされました。当然、ERや第三者工事管理のビジネスも激減です。リーマンショックの前、インデックスの社員の半分以上はERに関わっていましたが、仕事が消滅してしまったので、頭を下げて辞めていただきました。当時の社員には、本当に申し訳なく思っています。
リーマンショックは私にとって、本業の重要性を再確認するいい機会になりました。ファンド関連ビジネスは蒸発しましたが、企業の不動産投資の効率化や、建築プロジェクトの成功を請け負う建築PMは大きな影響を受けなかったからです。この時に、時代の波に翻弄されるようなビジネスはやめよう、社会に真に必要とされるビジネスをやろうと心に誓いました。その後、1~2年は厳しい状況が続きましたが、建築PMに特化したことで、再び成長軌道に乗ることができました。
WRITERレポート執筆者
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植村 公一
代表取締役社長
1994年に日本初の独立系プロジェクトマネジメント会社として当社設立以来、建設プロジェクトの発注者と受注者である建設会社、地域社会の「三方よし」を実現するため尽力。インフラPPPのプロジェクトマネージャーの第一人者として国内外で活躍を広げている。
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