REPORTレポート
リサーチ&インサイト
建設プロジェクトマネージャーとは何か(6)
変化を嫌う「抵抗勢力」との戦いは覚悟せよ
往々にしてあることですが、業界の中で既存のやり方が染みついた人たちは、踏襲されてきたスペックや従来の仕事の進め方を変えようとはしません。たとえそれが時代遅れだったり、合理的ではなかったりしても、です。そもそも「今までやってこられたのに何で変えなければならないのか」という意識は強い。自分の知らないものに触れたくないし、新しいものにチャレンジしてリスクを取りたくない。特に、インフラの分野ではその傾向が強くなります。
例えば、道路や空港ではさまざまな基準や舗装の方法などのスペックが細かく定められています。確かに安心・安全を担保する上では大事な考え方ですが、基準が決められた時代から技術は進歩しており、現代の基準に照らすと、昔作ったスペックはたいていオーバースペックになっています。新しい技術を取り入れることも必要です。
もちろん、「トンネルの天井が落ちた」などという事態は絶対避けなければなりませんが、本当に機能を維持する上で、ルール通りのスペックが必要なのかという議論があっていい。
道路の分野では舗装に関する世界的な基準がありますが、日本よりも簡素な基準です。本来、そうした基準を日本に取り入れていけば、道路の管理運営コストは下がるはずです。しかし、従来から道路に携わってきた官僚や大企業の社員は、自分たちのやり方を他人に指摘されて変えることに抵抗します。
病院経営課が赤字になる根本的な理由
かつてわれわれが関係したプロジェクトで、強力な抵抗勢力からの攻撃に悩まされたことがあります。700床を超える大型病院の建設プロジェクトがそれです。私がプロジェクトマネージャーに就任したとき、すでに病院建築で名の知れた建築事務所が決定し、プロジェクトは始まっていました。
日本全国の病院のうち、約8割が赤字経営と言われていますが、その原因の一つが地域の実情を無視した過剰な建物や無駄な設備を持っていることです。われわれは、「何とか病院経営を健全化したい」と考えていた経営母体のトップから雇われました。その改革派のトップは、地域の医療ニーズを満たしつつ、適正な規模や設備を持った病院を造ることを切望していました。条件は、地域の中核病院として絶対、病床数を減らさないこと、持続可能な水準まで運営コストを下げることの2つでした。
当初のフィージビリティスタディでは、将来的な医療費削減や人口減を予測しながら、〇〇年で回収するというモデルを作り、目標投資額を設定しました。病院は「永遠に元が取れない」という人も少なくないので、極めて珍しい考え方です。
すでに決まっていた設計事務所には、何十年も病院の設計を担当している病院チームがあります。われわれが参画したのは、ちょうど病院関係者と設計事務所がプログラミングを始めたタイミングでした。
設計事務所は建設費が大きくなるほど儲かります。設計事務所がプログラミングを担当すれば、当然、過剰仕様で建設費は膨らみます。「迷走した新国立競技場問題から発注者が学ぶべきこと(2)」で指摘した利益相反の構図です。そのため、私はプロジェクトマネージャーとして、建設事務所がプログラミングに加わることを禁じました。われわれが必要な仕様や建物の大きさを決めるプログラミングを主導したのです。
赤字の病院経営を黒字化させる方法
最初に、待合室の無駄なスペース、患者の目に直接触れない手術室への通路など、治療に直接関係ない部分でコスト削減を目指しました。
もう一つ行ったのが、各種設備でのコスト削減です。大型の急性期病院には、手術室や医療ガスの設備、リネン関係の部屋など数多くの特殊設備があります。こうした特殊設備にかかるコストは病院全体の建設費の約2~3割を占めます。電気やガス、空調といった一般的な設備を含めれば、4割を超えてきます。
通常、病院建設では設計事務所がこれらの設備のすべてを設計して、ゼネコンが請け負う形で建設されますが、発注者から見ると費用構造はブラックボックスの中です。しかし、4割を超える設備部分で費用を削減しない限り、全体のコスト削減はできません。
設計事務所が実施設計を終えてしまえば、手術室や特殊施設ほか、各種設備のメーカーまですべて決まってしまいます。設計事務所が手術室や設備のメーカーに実施設計を丸投げしてしまうため、設計したメーカーの設備しか入らない。病院建設の世界では、設計事務所とメーカーがこうしたずぶずぶの関係になっていることが珍しくありません。
したがって、ゼネコンの入札を実施したところで、競争原理が働きません。下請けメーカーのコストが高値で決まり、そこにゼネコンが利益を乗せるため、建設費が何倍にも膨れ上がるのは明らかでした。
そこで、設計事務所には基本計画のみ担当してもらい、以降のプロセスはプロジェクトマネージャー主導で行うことにしました。原価に10%の利益を上乗せするアットリスク型のコンストラクションマネジメントで建設すれば、目標金額以内の建設費でおさまるところまで見えていました。しかし、病院の中には事務長を筆頭に旧態依然とした事務方の守旧派がいて、改革に抵抗していました。経営状況をよく分かっていない、院長や医師、現場のスタッフなども守旧派に組み込まれていきました。そして、ゼネコンも病院側についてしまった。
守旧派は新しい発注方式をはじめ、ことあるごとに抵抗を続けていましたが、それでも、経営母体のトップの強い信任があったため、プロジェクトを推し進めていました。ところがあるとき、大どんでん返しが起こります。改革派のトップが組織を追われることになったのです。同時に改革派の幹部たちも左遷され、改革ムードが一気に吹き飛んでしまいました。そうなると、われわれもプロジェクトマネージャーを続けることはできません。
結果としてその病院はコストを削減して建設されることになりました。しかも、病床数も削減されています。しかし、冒頭のフィージビリティスタディの結果から、必ず数年後にキャッシュフローが回らなくなるのは明らかです。
プロジェクトマネージャーの仕事は、こうした既存のやり方を変えられない、抵抗勢力との闘いでもあります。
「プロが解説!プロジェクトマネージャーの仕事術(7)」に続く
WRITERレポート執筆者
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植村 公一
代表取締役社長
1994年に日本初の独立系プロジェクトマネジメント会社として当社設立以来、建設プロジェクトの発注者と受注者である建設会社、地域社会の「三方よし」を実現するため尽力。インフラPPPのプロジェクトマネージャーの第一人者として国内外で活躍を広げている。
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