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新興国や途上国で増加するインフラコンセッション

アジアのインフラ需要は毎年1.7兆ドル
 
高齢化と人口減少による国内市場の縮小もあり、日本企業は米国や中国などの海外市場に活路を見いだしています。それは、鉄道や電力システム、スマートシティなど社会インフラに関わる企業も同様で、国内で培った技術やノウハウをベースに世界に打って出ようとしています。いわゆる「インフラ輸出」です。
 
都市化が急速に進む新興国ではインフラ建設に対する需要が急拡大しています。アジア開発銀行によれば、アジアの新興国のインフラ需要は2016年から30年の間に26兆ドル(約2700兆円)に達するとのことです。毎年1.7兆ドルの需要という数字を見れば、そのインパクトが分かるのではないでしょうか。
 
日本政府は『インフラシステム輸出戦略』において、2020年に約30兆円のインフラ受注を目標に掲げています。官民の努力もあって、2010年に約10兆円だったインフラ受注額は2016年に約21兆円に拡大しました。もっとも、最近は伸びが鈍化しており、2020年に30兆円という目標を実現するのは厳しいという見方がもっぱらです。
 
理由の一つは韓国や中国の台頭です。もともと中韓のインフラ関連企業は低コストを武器に新興国でのインフラ受注を進めてきました。ただ、最近は技術力も向上しており、総合的な競争力は侮れないレベルにあります。一般的に、日本企業の提供するインフラは高い品質を誇る反面、高コストになりがちで、新興国にすればオーバースペックという面が否定できません。
 
中韓メーカーの技術力向上と日本企業の高コスト体質。それが目標通りにインフラ受注が増えていない一因でしょう。
 
新興国のニーズに合わないODA
 
また、日本のインフラ輸出がODA(政府開発援助)主体で新興国の実情に合っていないという点も、理由の一つに挙げられます。
 
これまで日本は途上国のインフラ整備を支援する際に、有償、無償のODAを活用してきました。ただ、途上国や新興国での開発支援はコンセッション(PPPの一手法で、既存インフラの運営権を民間に売却する形態)やBOT(Build Operate Transfer:建設や資金調達は民間が担い、完成した後、一定の運営期間を経て所有権を公共セクターに移す方式)、BTO(Build Transfer Operate:建設は民間が担い、完成後は公共セクターに所有権を移し、民間に運営を委ねる方式)など、PPP(Public Private Partnership)をベースにした民間資金の活用が中心で、ODAは時代遅れになりつつあります。
 
なぜODAが途上国や新興国のニーズに合わないのかというと、ODAは相手国に対する貸し付けという形を取るため、相手国の政府債務が増大してしまうからです。
 
ODAには相手国を直接支援する二国間援助と、国際機関を通じた他国間援助があります。さらに、二国間援助は技術協力や無償資金協力のような無償で提供する贈与と、返済を前提とした円借款に分かれます。アジアの国々のインフラ整備を支援する場合は円借款になることが多く、ODAによる支援が増えれば、必然的に政府債務は増えていきます。
 
これが新興国には足枷になっています。例えば、ベトナムはインフラ投資に積極的ですが、政府債務の増加を受けてGDP(国内総生産)の65%という債務上限を設けました。現在の債務比率は60%を切るレベルにありますが、鉄道や空港、道路などを運営する公社が肥大化しており、これ以上、債務を増やすわけにはいきません。ODAよりも民間投資を基軸にしたコンセッションが増えている状況はアフリカでも同じです。
 
実のところ、民間投資だけで全てのインフラ整備ができるわけはありません。新興国や途上国の政府関係者の中に「何でもPPPでやってもらおう」という甘い考えがあることも確かですが、インフラ開発がODAからコンセッションなどPPPにシフトしていくのはグローバルな流れです。
 
先日のポスト「老朽化する社会インフラを直すのは誰?」で書いたように、国内におけるインフラ老朽化に対する解決策はコンセッションによる民間資金の活用が有望です。同じように、グローバルで見ても、民間資金を用いたインフラ整備にシフトしているということが分かってもらえるのではないかと思います。
 
海外プロジェクトに残るトラウマ
 
こういった事情を踏まえれば、日本もODAからPPPに開発援助の方式を切り替えていく必要があります。ただ、海外案件のプロジェクトマネジメントに苦労した過去があり、日本企業は海外のインフラ投資に積極的とは言えません。相手国の契約不履行や為替、経済情勢、災害リスク、競争激化による安値受注などのトラウマです。とりわけ海外プロジェクトで痛い目にあった建設業界には強いアレルギーが残っています。
 
例えば、ゼネコン大手の鹿島は2000年代に、他のゼネコンと共同でアルジェリアの高速道路建設を受注しました。アルジェリア国内を東西に貫く1200キロの高速道路の400キロ分、金額にして5400億円の大規模プロジェクトです。
 
ただ、治安の悪化や資材調達の遅れ、想定とは異なる地質、アルジェリア政府による追加工事の要求など様々な要因が重なり、2006年の竣工後、2010年には完成するはずの工事は延びに延びました。最終的に、国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てて2016年に和解、工事を打ち切って撤収しています。ジョイントベンチャーに参加した各社の損失はなんと800億円。羮に懲りてなますを吹く気持ちは分かります。
 
海外の建設プロジェクトは現地の現場管理だけでなく、土地収用や政府との調整、商習慣の違いなど様々なリスクがあります。予期せぬ埋蔵物が埋まっていることだってないわけではありません。
 
また、日本ではありませんので契約書は英語でしっかり詰める必要がありますが、日本社会はあうんの呼吸で物事が進むため、欧米ほど契約で縛るカルチャーはありません。鹿島がアルジェリアで蟻地獄にはまったのは、契約の甘さも一因だと思います。
 
さらに、日本企業はEPC(設計、調達、建設)という意味でのもの作りは得意ですが、インフラをつくるだけでは海外のインフラプロジェクトで成功を収めることはできません。また、いくら高品質のものを提供しても、相手国のニーズに合致しなければオーバースペックで価格競争力はありません。技術力だけで世界で戦うことは不可能です。
 
海外インフラビジネスの“進め方”
 
海外でのPPP案件を受注する際は、まず相手国との交渉から始まります。
 
PPPに積極的な国は、今後進めていくプロジェクトを記したリストを持っています。“Long List”と呼ばれるものです。ただ、このLong Listはくせ者で、ここに載っている案件は国内企業が手を上げなかった難しい案件、すなわち“残り物”である可能性が少なくありません。政府として、収益性の高い案件を国内企業に任せようとするのは当然の判断だと思います。
 
ゆえに、海外の有料案件を取るためには相手国と膝詰めで交渉し、成功する可能性の高いプロジェクトを選び出すプロセスが必要になります。私が社長を務めるインデックスコンサルティングは2019年8月に、十分な交通量の見込める高速道路(2路線)の将来的なコンセッションに関して、ガーナ政府とMOU(基本合意書)を交わしました。将来、ガーナで高速道路の運営権を取得するために、2路線のフィージビリティスタディ(実行可能性調査)を進めるという覚書です。弊社の社員がガーナに飛んで運輸省のPPP局長などと粘り強く交渉した結果です。
 
質の高い案件情報については国土交通省も問題意識を持っており、外務省の在外公館を活用して情報を収集するほか、発掘した案件情報を民間に発信するPPP推進支援機構(OPPS)という社団法人にオブザーバーとして参加しています。OPPSは独自に優良案件の抽出作業を進めており、OPPSを通して優良案件が民間企業に持ち込まれるようになれば、海外のインフラコンセッションで“地雷”を踏む可能性は下がります。
 
次に、PPPに参加する企業コンソーシアムの組成というプロセスがあります。
 
高速道路PPPの場合、事前に取り決めた期間(一般的に30~60年)の中で、道路建設以外にも料金設定や料金徴収、道路の維持・管理、沿線開発など様々な仕事が発生します。こういった仕事を1社で担うのは不可能なので、一緒にプロジェクトを進める企業を集めなければなりません。その際には、みんなが安心して参加できるように、プロジェクトのリスクについてしっかりと話し合い、それぞれの役割分担を決め、参加企業がウィン・ウィンになるようなスキームをつくる必要があります。プロジェクトに派生するリスクの洗い出しと、それぞれのリスクを参加企業にどう配分し、低減していくかはPPP契約の最優先事項のひとつです。
 
ASEAN市場を荒らすグローバル企業
 
加えて、実際に運営する際には現地にSPC(特定目的会社)をつくることになりますので、SPCの出資比率や出資金をどこから募るか、民間企業のみの出資にするか、現地資本を入れるか、それとも海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)のような政府機関を活用するかという点を詰めたり、残りの融資をどのようにして調達するか、ということを決めたりしなければなりません。為替や経済リスク、災害リスクなど民間では取りきれないリスクについて日本貿易保険(NEXI)などの保険でどこまでカバーできるかといった検証も必要になります。
 
このように優良なインフラPPPプロジェクトを獲得しようと思えば、相手国との交渉からコンソーシアムの組成、インフラ建設とその後の運営まで、上流から下流まで全てを考えることが不可欠です。でも、これができる人材、「PPPクリエイター」は圧倒的に足りません。先ほども触れましたが、ガーナの高速道路でMOUの話を進めたのは弊社に転職してきた27歳の女性でした。彼女のような突破力とコミュニケーション能力、スピード感に優れるPPPクリエイターを戦略的に育てていく必要があります。
 
今後、ASEAN(東南アジア諸国連合)でインフラ需要が爆発的に増加するのは確実ですが、インフラコンセッションの世界では日本企業は後発で、フランスのブイグやバンシ、オーストラリアのマッコーリーといったグローバルプレイヤーが席巻しています。さらに、中国のAIIB(アジアインフラインフラ投資銀行)や韓国企業もどんどん進出しています。このままでは、日本企業にとって極めて重要なASEAN市場を取りこぼすことにもなりかねません。
 
また、ここまで新興国に絞って話をしてきましたが、インフラ需要は新興国だけではありません。都市化が早い段階で進んだアメリカや欧州などの先進国もインフラ老朽化に直面しており、その財源確保に苦慮しています。新興国だけでなく、先進国においてもPPPを用いたインフラ投資が進むと考えるべきです。
 
海外でのインフラ輸出を新たな収益源にするために、そしてASEANのような貴重な海外市場を失わないためには、国内外の事例を増やして成功体験をつくるとともに、世界で戦うことのできるPPPクリエイターを養成することが急務です。
 
海外インフラ投資は日本企業向き
 
PPPの世界で日本は後発と申し上げましたが、日本政府もJOINやNEXIといった政府機関を拡充し、インフラ投資を官民連携で推進しようとしています。明治維新以来、この国には「官は官」「民は民」と官民が連携することを良しとしない風潮がありますが、一刻も早く官民連携の体制を構築すべきです。ブイグやバンシは民間企業ですが、フランス政府と一体となって案件獲得に動いています。その中で、民間だけで海外インフラ投資のリスクを取れというのは無理な相談でしょう。
 
日本企業には世界に秀でた優れた技術があります。プロジェクトファイナンスの資金調達環境も世界一と言っても過言ではありません。日本には「売り手」「買い手」「社会」の三者をともに満足させる「三方良し」という哲学があります。「官」「民」「受益者」の三者が長期にわたって関与するPPPはまさに三方良しの考え方が不可欠な領域。海外インフラ投資は本質的に日本にあうビジネスだと信じています。

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