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老朽化する社会インフラを直すのは誰?

旧聞に属する話ですが、「老後資金2000万円問題」がニュースを賑わせたのを覚えている方もいらっしゃると思います。金融庁は2019年6月に公表した「高齢社会における資産形成・管理」という報告書の中で、「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯では毎月平均5万円が不足する。残りの人生が20~30年続くとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万~2000万円になる」と指摘しました。
 
高齢世帯は退職金などをベースにした貯蓄を持っている場合も多く、報告書の趣旨をメディアが曲解して拡散した面もあるように思いますが、世間を賑わせる大ニュースになったのは、将来の年金不足と、それに伴う老後の生活に不安を持っている方々が多いということでしょう。
 
自治体所有のインフラは総額750兆円!
 
一般的に、高齢化というと老後資金2000万円問題に象徴されるような、社会保障にまつわる問題を思い浮かべると思います。もっとも、高齢化の危機に直面しているのは年金制度だけでなく、インフラも同様です。
 
都道府県や市町村は有料道路や上下水道、体育館などのインフラを運営しています。多くの空港やNEXCO、首都高速などの高速道路は国の直轄事業ですが、国内インフラの大半を所有しているのは、実は地方自治体です。少し古いデータですが、その総額は約750兆円に上ると言われています。こういった自治体所有のインフラの老朽化が水面下で進んでいるのです。
 
例として、下水道を見てみましょう。
 
行政の努力もあり、日本では浄化槽を含めた汚水処理人口普及率は90%に達しています。ただ、普及率が高いということは、それだけ早い時期から下水道の整備をしているということでもある。現に、下水管敷設の統計を見ると、高度経済成長期から1999年代後半まで、右肩上がりで増えているのが見て取れます。
 
ケースバイケースですが、一般的に下水管の寿命は50年ほど。既に50年を経過した下水管は全国で1万キロを超えており、これから老朽化した下水管が雪だるま式に増えていきます。1970年ごろから敷設キロ数が増えていることを考えれば、これから老朽化した下水管という問題が深刻化するのは必至です。
 
住民の税金でインフラを維持するのは限界
 
こういった下水管の老朽化について、国の基本的な方針は広域化による効率化です。自治体の持つ下水公社を一つにまとめ、パイを広げて効率化した上で民営化していこうという発想です。
 
ただ、自治体の下水公社の中には赤字のところもあれば、経営努力で黒字を維持しているところもあります。黒字化を実現している自治体にとってみれば、赤字の公社を吸収することには抵抗感を持つでしょう。結果として、入り口の広域化が遅々として進んでいません。公社が市町村の天下り先になっているということも状況を複雑にしている理由です。
 
下水管のような老朽化したインフラを誰の費用で更新、改修していけばいいのでしょうか。これまで通り、住民の税金を活用するべきか、それともPPP(官民連携)などの手法を用いて民家資金を入れるべきなのか。いろいろな意見があると思いますが、私はコンセッションをベースに、民間企業の資金を入れていく以外にないと考えています。
 
コンセッションとはPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)の一方式で、民間企業を主体としたコンソーシアム(共同事業体)などにインフラ運営に関する権利を付与する仕組みのこと。所有権は自治体のまま、民間企業に運営を委ねる形を取ります。期間は20年、30年など長期になることが一般的で、民間企業はその間、自身の経営努力で収益の最大化を目指します。 
 
これまでに、関西国際空港や仙台空港、福岡空港など国直轄のインフラでコンセッション方式が導入されています。地方自治体の中では愛知県が国家戦略特区の枠組みを活用し、愛知県有料道路や愛知県国際展示場の運営権を売却しました。高知県須崎市のように下水道の運営を民間に任せようと考える市町村も登場しています。
 
「プロジェクトマネージャー」という新たな職種
 
ここで、私の立ち位置をはっきりさせておこうと思います。私はインデックスコンサルティングという独立系プロジェクトマネジメントの会社を経営しています。プロジェクトマネジメントというのは、文字通り、プロジェクトを成功に導くため、発注者の代理人として受注者や行政、地域社会などと協力しながら最適解を見つけ出すお手伝いをする仕事です。
 
例えば、オフィスビルや工場、商業施設のような建設プロジェクトの場合、通常は発注者である企業と受注者のゼネコンという二者構造です。ただ、発注者と受注者では受注者の方が業務に精通しており、情報の非対称性がある。そのため、オーバースペックになったり、ユーザーが使いづらいものになったり、予算を大幅に超過したりと、発注者のニーズから乖離してしまう場合が少なくありません。
 
そういった問題を防ぐために、プロジェクトマネジャーは発注者のニーズを深掘りし、それを実際の設計図面や施工に反映させるとともに、社会情勢や発注体制、プロジェクトの目的に合わせた最適な発注戦略を立て、コストの最適化を図ります。
 
インデックスコンサルティングは1990年代半ばから、独立系のプロジェクトマネジメント会社として、およそ200件、事業規模にして1兆5000億円相当の案件を手がけてきました。建設業界におけるプロジェクトマネジメントは今でこそ当たり前ですが、当時はほとんど存在しませんでした。ましてや、大手ゼネコンや大手設計事務所と何の関係もない独立系のプロジェクトマネジメント会社は私たち以外にはなかったと言っていいでしょう。その意味で、建設におけるプロジェクトマネージャーという仕事をつくり出したという自負があります。
 
そんな私たちにとって、コンセッションは新たなビジネス領域であり、コンセッションを推すビジネス上の動機があります。ただ、国は地方自治体のインフラに税金を投じるつもりはありません。そして、インフラの全てを住民の税金で維持しようと思えば、莫大な負担になるでしょう。貴重な資産である社会インフラをできる限り低コストで維持、管理していくには民間の資金と知恵を取り入れる以外にないというのが私のスタンスです。
 
上下水道の運営は100分の1のコストで可能
 
事実、地方自治体によるインフラ運営には無駄が多く、大きな可能性があります。
 
例えば、海外で上下水道を運営しているある大手事業会社のCEOがある自治体の下水道公社を訪ねた際に、「社員が何人いるのでしょうか」と質問したことがあります。公社の方が「200人です」と答えたところ、そのCEOは聞き間違えたと思ったのか「20人?」と聞き直しました。その後、帰り際に「われわれであれば2人でできる」と漏らしたのを聞くに、少なくとも200人という数字は想定外だったのでしょう。
 
フランスのヴェオリアやスエズなど上下水道運営を手がけるグローバル企業は自動化と省力化を進めており、自治体運営の日本とは比較にならないほどの効率性を誇ります。水道事業を委ねる不安は理解できますが、100分の1のリソースで運営する可能性があるということです。コスト削減もさることながら、人手不足の現状を考えれば、人員の適正配置も自治体にとっては重要なはずです。
 
展示場や体育館のような自治体所有のハコモノにも収益増の余力があります。自治体が運営する施設の多くはオーバースペックで、建設費も運営費用も割高です。現に、多くの施設は実質赤字で税金が穴埋めに投入されています。また、イベントなどを企画し、潜在的な顧客に営業をかけて収入を上げるインセンティブも低く、世界水準と比較して見劣りする施設が少なくありません。世界的な競争力もなければ、地方創生にも寄与できていないというのが実情でしょう。そこに、民間の経営感覚が入れば、コスト削減と売り上げの向上が見込め、地方の観光需要の拡大につながると思います。
 
日本初の有料道路PPP(官民連携)はいかにして実現したか」で書いていますが、愛知県有料道路は前田建設を軸にしたグループに運営権を付与したことで収益力が劇的に伸びました。愛知県が建設を進める国際展示場も、グローバルで展示場の運営を手がける仏GLイベンツが運営権を取得しました。イベント企画や施設運営に世界水準の知恵が注入されるメリットは計り知れません。そもそも日本の鉄道会社は鉄道事業とともに沿線開発や駅ビジネスを進めてきました。それも民間企業だからこそできたのです。
 
もちろん、インフラの維持、管理コストの全てがコンセッションでカバーされるわけではありません。無料の橋や道路など、利用料が発生しないものや一部の社会インフラ事業は引き続き税金で維持、管理していく必要があります。それでも、収益を生み出しているインフラの運営を民間に委ねることで納税者の負担が減るのであれば、官民連携のハイブリッド化も含めどんどん進めるべきだと思います。
 
ここまで、国内のインフラの管理や更新をコンセッションを用いてやるべきだと書いてきました。実は、コンセッションは国内だけの話ではありません。海外の社会インフラ開発はコンセッションが主流。日本企業が海外のインフラ事業を受注していく上でもコンセッションはカギを握ります。次回は海外インフラとコンセッションについて見ていこうと思います。

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