REPORTレポート
変わり始めた大都市の求心力と遠心力のバランス(後編)
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──ここまでの議論を振り返れば、コロナ禍によって「都市から地方へ」という流れは今後も続きそうです。もっとも、世界に目を転じれば、気候変動対策やエネルギー利用の効率化という面でも、都市への人口集中はさらに進むと見られています。都市の今後をどう見ていますか。
大平元首相の田園都市の先見性
山口:都市化はとても重要な論点です。都市の規模という点で見ると、大きい都市の方が地球環境にいいのは事実です。人口100万人の都市が10あるよりも、1000万人の都市の方がエネルギー効率やゴミ処理などの面で効率的なのは間違いない。
ここはエンジニアリングの一つの挑戦だと思いますが、今後、通信をはじめとした様々なテクノロジーが登場した時に、都市の規模と効率性をどれだけ切り離すことができるかという点はとても重要です。
──分散しても効率的な都市ですね。
山口:首相在任中に急逝した大平元首相は、全国に100万人規模の都市を構築する田園都市構想を掲げました。今から思えば、極めて先鋭的なビジョンだったと思います。こういった都市が資源効率性を犠牲にすることなく実現できるかどうか。ここは、御社のような企業のイノベーションが期待されるところです。
もう一つは、ジョブオポチュニティ(雇用機会)の問題です。
山口:これまでは、都市の方が雇用の機会が豊富にあったため、都市に人口が集中しました。都市に求心力が働いていたということです。
ただ、都市には遠心力も働いています。
1960年代、70年代の大都市には、光化学スモッグのような深刻な大気汚染が存在しました。現在であれば、住宅価格の高騰が遠心力に挙げられるかもしれません。東京都心は事実上、家が買えない場所になってしまったわけですから。
その意味で言えば、地方は仕事の機会は限られているけれども、自然環境がよく、住宅を含めた生活コストが低いという求心力がある。これまでは大都市に求心力が働く形で均衡していましたが、ようやく遠心力の方が上回る可能性が出てきたということではないでしょうか。
不健康な日本の都市のヒエラルキー
──私も愛知県の政策顧問をしていて痛感しますが、地方自治体がいかに頑張って地方の求心力を上げるかというのは不可欠な部分です。
山口:最近、地方移住で面白いと思うのは、仕事ごと移住する人が増えているということです。
これまでの移住は、例えば博多に移住すれば、東京の仕事を辞めて博多で仕事を探すのが常でした。博多の企業から給料をもらうという形です。ところが、最近の移住者は、東京の企業と仕事しながら地方で暮らしている。
これは、東京の会社から給料や売上高を得つつ、地方に税金を落としているということです。この流れがもっと太くなれば、都市から地方へ向かうお金の循環を生み出すインフラになるのでは、と期待しています。
さらに、私個人の期待としては、日本も米国やドイツのように、一つの大都市はなく、個性的な大都市が並び立ってほしい。
米国にはニューヨークやロサンゼルス、シカゴなどのような大都市もありますが、それぞれに個性があります。シアトルやポートランド、ニューオーリンズなどの都市も同様です。そこにヒエラルキーはありません。
──日本の場合、東京以外の大都市はミニ東京です。
山口:もう東京が圧倒的に断トツで、離れたところに大阪と愛知がいる。これは、不健康だと思います。
日本の地方は、東京のようになりたいと思ってここまで来ました。ただ、ローカルのアイデンティティ、プライドを回復する必要がある。地方都市ごとに個性が出てくると、日本ももっと面白い国になるのではないでしょうか。
ローカルのプライドを取り戻すべき時
──山口さんがお住まいの葉山も魅力的なところです。
山口:積極的な選択として電車を通さなかったという歴史を持っているように、葉山に住む人々には独特のプライドがあります。恐らく金沢や熊本に住んでいる方々にも、似たような感覚があるのではないかと思っています。
こういう地域の個性を見つけ出すのは、往々にして外部の人間なんですよ。新潟県十日町市の竹所に、カール・ベンクスさんという建築デザイナーが住んでいます。世界中の建築プロジェクトに関わる中で、日本の、特に竹所が素晴らしいということで、移住しました。
彼は竹所に移住したのは自然環境に惚れ込んだため。ただ、もう一つの理由が古民家でした。建築家から見て、これほど贅沢な作られ方をしている住宅というのは世界にも例がない。その古民家が廃虚同然担っているのを見て、カールさんは古民家の再生を誰からも頼まれていないのに始めた。
すると、人間は面白いもので、実物を見てほしいという人が次々に現れたんです。最新の材料や設備を使いながら古民家を再生しており、古民家は高断熱、高気密。それでいて、外観はドイツのロマンチック街道を彷彿とさせる、ドイツのエッセンスが混じった美しい古民家に仕上がっている。それで、若い人々が移住するようになった。
竹所が典型ですが、ローカルのプライドとアイデンティティを取り戻し、今の時代にあった、自然とテクノロジーのバランスが取れたコミュニティを作るということには、本当に大きなポテンシャルがあると思います。
システム論から見る「三方良し」
──最後に、われわれが企業理念に掲げている「三方良し」についてご意見を聞かせてください。インデックスは国内外の社会・公共インフラのPPP(Public Private Partnership:官民連携)プロジェクトを進めています。
インフラにおけるPPPは、20年から30年とプロジェクトが長期にわたります。それゆえに、発注者である国(自治体)、受注者であるインフラ運営企業、そして受益者である利用者(国民)の誰か一人がボロ儲けしたり、損をしたりするとプロジェクトが続きません。
われわれは海外におけるPPPプロジェクトにおいても「三方良し」を意識して進めています。「三方良し」という考え方こそ、世界に誇るべき日本の理念ではないかとさえ思っています。こういったインフラにおける「三方良し」についてどう感じるでしょうか。
山口:長期のインフラプロジェクトはシステムのようなものなので、どこかに過負荷がかかると、破綻してしまいます。つまり近江商人の「三方良し」は、道徳論の話ではなく、システムのボトルネックに過負荷を与えないという考え方だと思います。
長く続いているものは、必ずボトルネックが標準化されているがゆえに続いているわけです。逆に言えば、どこかのボトルネックに過負荷がかかれば、その部分が破壊されてシステムが機能しなくなる。その意味で、「三方良し」というのは極めて功利的な考え方だと思います。
伝統的な「三方良し」もシステム論で捉えれば、グローバルでの訴求力も高まるのではないでしょうか。
WRITERレポート執筆者
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植村 公一
代表取締役社長
1994年に日本初の独立系プロジェクトマネジメント会社として当社設立以来、建設プロジェクトの発注者と受注者である建設会社、地域社会の「三方よし」を実現するため尽力。インフラPPPのプロジェクトマネージャーの第一人者として国内外で活躍を広げている。
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