REPORTレポート

変わり始めた大都市の求心力と遠心力のバランス(前編)

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デジタル化の加速とそれに伴う「業界」の消滅、米中摩擦を背景にした地政学上の変化など、今は数年先を見通すことも難しい「VUCA」(ブーカ:変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代です。その中にあって、一流の経営者や専門家は寸暇を惜しんで情報を集め、思索し、仮説と検証を繰り返す中で来たるべき未来に対応しようとしています。
 
建設プロジェクトマネジメントや社会インフラPPP(官民連携)など、新しい市場を切り開いてきた植村が、それぞれの業界でトップを張る人々との対話を通して、建設・不動産業界のみならず日本経済や世界経済の未来、言い換えれば、暗闇の中にある一筋の光を見出していきます。
 
今回は、資本主義とビジネスの未来について幅広く発信している独立研究者で著作家の山口周氏に話を聞きました。(全3回)
 
 
──今の経済体制は人々に繁栄をもたらしている一方、気候変動問題や格差などの深刻な問題も生み出しています。本日は、来たるべき未来社会について、山口さんのご意見を聞きたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 
山口周氏(以下、山口):こちらこそ、よろしくお願いいたします。
 
──まず、これからの経済体制や都市のあり方などについてお聞きする前に、時代認識の前提となるであろう「高原社会」という考え方についてお聞かせください。山口さんは、今の日本は高原社会に突入したとしばしば言及しています。
 
山口:「高原」という言葉を使っているのは、「経済成長率が停滞している」という捉え方をやめるべきだと考えているからです。
 
「低成長」は本当に問題か?
 
山口:物事は、同じ状況を表現していても、言葉の捉え方によってポジティブにもネガティブにもなります。例えば、「古くさい」と言えばネガティブな印象ですが、「古典的」「伝統的」と言えばポジティブになります。同様に、「浮き足立っている」と言えばネガティブですが、「元気がいい」と言えばポジティブです。
 
このように、どういう言葉で物事を表現するかで、位置づけが全く変わります。
 
経済成長率について論じる場合、「日本はこのところ経済成長率が上がらず、停滞している」という文脈で語られることが少なくありませんが、一方で「成熟」「完熟」という捉え方をすれば、「これ以上、高成長が続くわけがないよね」という話になります。
 
今の日本を捉えるに当たっては様々な表現があると思いますが、私は登山に例えています。戦後の日本は、重い荷物を背負って山を登り続けていましたが、ようやく登りが終わり、明るく開けた美しい高原にたどり着いた。登り続けなければならないというある種の強迫から解放され、一つの頂に到達したのだ、と。
 
「今の日本に対する捉え方を変えてみてはどうですか?」という一つの提案として、「高原社会」という言葉を使っています。
 
──確かに、言葉一つで受け取る印象はまるで違いますね。
 
山口:さらに言えば、「成長への強迫」からの解放が意味しているのは、文明的な成熟から文化的な成熟への転換です。
 
実は、文明的な成熟から文化的な成熟というシフトは、戦後間もない1940年代後半から1950年代にかけて、戦後の日本のグランドデザインとして盛んに使われていた言葉です。
 
「高原社会」に込めた意味
 
山口:当時の日本は敗戦の後、軍事大国から文化大国に生まれ変わるため、文化立国に舵を切ろうとしていました。事実、東京の都市デザインとして、英国のオックスフォードやケンブリッジのような文教地区を設定し、その中に美術館やホールなどを作るという構想も議論されていました。
 
ところが、1964年の東京オリンピック開催が決まり、そういった文教地区構想は転換を余儀なくされました。オリンピックに向けてインフラを大急ぎで整備するため、都心の川や堀は埋め立てられるか、その上に高速道路の橋が架けられてしまったんですね。
 
その後、ひたすら経済成長という高い山の頂を目指して皆で一生懸命登ってきましたが、ようやく見晴らしのいい高原にたどり着いた。いよいよ登山のフェーズから高原で文明的な成熟から文化的な成熟を目指す時代になった。「高原社会」には、そういうニュアンスを込めています。
 
──それは、悪いことでは全くありません。
 
山口:もちろんです。むしろ、世界で最初に経済成長を完了した国と捉え、「まだGDPなんて言っているの?」という立場を取るべきではないでしょうか。経済学者のハーマン・デイリーは「日本は世界で最初に安定した定常経済を実現した国で、他国も見習うべきだ」と言っていますね。何が本当の課題なのかを私たちはきちんと見定める必要があると思います。
 
パウロ・コエーリョの『アルケミスト』の中に、「世界が恐ろしい場所だと思う人が増えると、本当に恐ろしい場所になる」という趣旨の言葉が登場します。まさにその通りで、「問題だ」と言えば言うほど、問題が大きくなっていく。
 
ようやく二段目のロケットが点火した日本
 
──この数年で、日本もようやくカーボンニュートラルやSDGsという言葉が企業経営者やメディアの中で話題に上るようになりました。この変化は投資家の圧力によるところが大きいですが、成長だけを見続けた時代が終わり、高原社会にふさわしい経済社会のあり方を模索し始めたということだと思います。
 
山口:こうして振り返ると、菅政権が掲げた「2050年カーボンニュートラル」は大きな意味がありましたね。
 
──官邸が号令をかけて目標を定めたというのはとても大きかったと思います。あれ以降、気候変動に対する企業の考え方は大きく変わったと高く評価しています。
 
山口:日本も、ようやく二段目のロケットが点火したという印象です。環境問題については20年以上前から議論され、エコバッグのような取り組みもありましたが、そのレベルがずいぶんと続いてきましたから。欧州は既に三段目まで点火していますが、日本も二段目まで点火して、いよいよ後に戻れないところまで来たという実感があります。
 
──しばしば山口さんも言及していますが、経済発展の結果、市場で経済的に解決できる問題はほぼ解決されました。逆に今残っているのは、気候変動や格差など、市場では解決できない市場の外にある課題です。こういった課題はどのように解決していくべきでしょうか。
 
山口:大きく言って3つあると思います。第一にイノベーションです。イノベーションによって、経済性の枠組みの中では解けなかった問題が経済の中で解決可能になるという事例が出始めています。
 
「スタディサプリ」のソーシャルイノベーション
 
山口:例えば、地域による教育格差は解決することが難しい問題でしたが、リクルートが始めた学習アプリ「スタディサプリ」は地域間の教育格差を解消するソーシャルイノベーションです。
 
以前であれば、地方の学校に東京の優秀な教師を呼ぼうとしても、多額のコストがかかるため、簡単ではありませんでした。教師にしても、年収が減るリスクがあるため、容易には決断できなかったでしょう。
 
でも、スタディサプリを使えば、人気教師の授業動画をリーズナブルな価格で見ることができる。講師にしても、録画された授業が全国で見られれば、収入が増えるので悪い話は何もない。
 
これまでも、経済合理性の外側にあった問題がイノベーションを通じて解消されるということは起きてきました。ただ、それがデジタルの力で加速しています。この動きは、これからも期待できると思います。
 
──コロナ禍によってリモートワークが一般化したことも、オンライン教育の普及を加速させています。
 
山口:第二の解決手段として挙げられるのは、政府の力です。市場の外の問題を解決するには、やはり政府に頼る必要があります。
 
日本は「中負担・高福祉」という破綻が不可避な状況なので、米国のような「低負担・低福祉」の社会か、北欧に代表される「高負担・高福祉」のどちらかに舵を切る必要があります。ただ、社会的包摂という点を考えると、北欧型にシフトすべきだと私は思います。
 
その際に、社会に取り残されている人を再び社会に包含する必要があります。これは、経済性や市場原理にだけ頼っていても解決できません。
 
サンディカリズムに見る可能性
 
山口:そして、第三の手段としてNPOがあります。ただ、NPOは企業と利益の分配が違うだけで、経済合理性の枠組みの中にいることは変わりません。このように、市場の外の問題を解決するには、イノベーション、政府、NPOという3つの主体が連携を取る必要があると考えています。
 
──他に、可能性のある存在はありますか?
 
山口:主体ではありませんが、サンディカリズム(組合主義)に可能性を感じています。
 
例えば、スペインで新型コロナの感染が拡大した時、企業協同組合に所属している企業は大規模な解雇をせずに済みました。その背景には、サンディカリズムがあります。企業同士で組合を作り、業績が悪化した時に組合として企業を支援することで、失業者の増加を抑制したのです。
 
このように、スペインでは資本主義の申し子である企業と、ある種のコミュニズム的な考え方であるサンディカリズムが結び付き、雇用を守るという仕組みが機能しました。こういった事例を見ると、創意工夫の余地はまだまだあると感じています。
 
──既存の仕組みも、うまく修正すればまだまだ使えるということですね。
 
山口:一番危険なのは、すべてをガラガラポンするという考え方です。あるシステムに問題があるからといって、オルタナティブを求めるのではなく、修正を繰り返していくという考え方の方がいいと思います。(中編に続く

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