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「思い込み」に安住する怖さ

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2009年10⽉

読者の皆さんが「これが正しい、これが常識だ、このビジネスはこのような仕組みなのだ」と信じていることが、実は単なる思い込みかもしれないと⾔われたらどう思われるだろう。
 
思い込むことは怖いことなのだ。
 
『学⼠会会報』平成21年9⽉号に「思い込みの怖さ」という記事を書いたのは、九州⼤学前総⻑の梶⼭千⾥先⽣だ。梶⼭先⽣には⼀度だけお会いしたことがある。MOT(技術経営)の会議の席だった。
 
「⾮常識を常識にするのがイノベーションであり、本当の研究開発だ」

このことを本当に理解して下さっている⽅である。その記事では、私の研究にも⾔及していただいた。私が30歳の時、船の波の研究者が思い込んでいた「船の波は線形である」という理論を覆し、「船の波は⾮線形なのだ」ということを発⾒して証明した研究だ。
 
その記事を読んで分かったことなのだが、梶⼭先⽣は専⾨の⾼分⼦化学の世界で、私よりももっと若い修⼠課程の学⽣の時に、研究界の思い込みを否定する新発⾒を成し遂げていた。
 
思い込みに囚われないようにすると、⾮常識が常識になる
 
世間の常識や学会の定説を否定することは難しい。それまでの思い込みに囚われず、新しい世界を切り拓いて進歩することが⼤切なのだが、昔からの常識を信じて 疑わない⼈々の厳しい抵抗に遭うからだ。梶⼭先⽣や私の新発⾒は、周囲から無視され続け、かなり悲しい⽇々が続いた。2〜3年ではなかった。ほとんど10年もの歳⽉が必要だった。
 
32歳の時、⽶カリフォルニア⼤学バークレー校で開催されていた国際会議で、波を専⾨分野とする⻑⽼格の⽇本⼈教授は研究発表の中で、私の研究に⾔及してこう⾔った。「It is misunderstanding」。
 
それでも、⾃然科学の世界はまだいいと思う。結局、正しいことは認められ、その正しいことがイノベーションを実現し、社会へ普及していくケースがある。実際、船の波が⾮線形だということが明らかになってから船の形の設計が変わった。 そして、その新しい形の船の燃料費が5〜6%節減されたので、学会で認められる前に産業の現場で新技術が受け⼊れられたのだ。
 
⾮常識が常識になるのが科学技術の進歩だ。
 
世の中には思い込みが氾濫していると思う。その思い込みのうちの多くは正しいのだが、もっと本質的な真実はその裏に隠れているかもしれない。その思い込み   は、⼤きな仕組みのごく⼀部だけを⾒て思い込んでいたのかもしれない。究極に正しいビジネスモデルだと信じられていたことも、現代のネットワーク社会では陳腐化してしまっているかもしれないのだ。
 
つい思い込んでしまうのは、それが楽で安⼼だからだ。これまで⽢やかされてきた⽇本の稲作のようなものだ。⾼く買ってくれる稲を作ることが正しい仕事だと思い込むのは楽で安⼼だ。
 
今の仕事をそのまま続けていれば、いつまでも安定した収⼊が得られて、社会に貢献できると思うことも思い込みかもしれない。
 
思い込むことをやめて、今の社会やビジネスや仕組みが本当に正しいのか疑いを持つ思考演習を、常⽇頃⼼がけることをお勧めしたい。
 
世の中は必ず変化し、必ず進歩すると思う。変化や進歩に取り残されるか、ちゃんと流れに乗れるか、先駆けて変化や進歩を⾃分が起こしていけるか、これが⼈⽣の成功を決めると思う。思い込みを捨て、もっと正しいものを求め続ける気持ちを持続させるのだ。
 
ビジネスモデルを⾒直し続けよ
 
「思い込む」ということは、未来予測をしないか、未来予測を間違えることでもある。
 
2年前まで⽇本の電⼒使⽤量は年率1.2%で増え続けていた。電⼒会社は電⼒需要 が伸び続けるから設備投資して、発電容量を増やさなければならないと思い込んで  いたのだ。ところが今夏の電⼒使⽤量は前年⽐マイナス7%だ。電⼒会社の経営にとって、電⼒需要は伸び続けるという「思い込み」を早く取り払うことが⼤切なのだ。⽇本では電⼒需要が減り続けることを想定した新しいビジネスモデルを電⼒会社⾃⾝が獲得しなければならない。
 
電気は基本的に貯められないものだと思われてきた。しかし、⼆次電池の技術の進歩によって、電気は貯められることを前提にしたビジネスが広がっていく世界が⾒えてきた。
 
電池の専⾨家の⽅が、電池を定置型でビルやスマートグリッド・システムの中で使うのは、電池の特性にとって⼀番難しいことだと思うのも、思い込みかもしれない。リチウムイオン電池にとっては、そのような利⽤法は簡単なことかもしれないのだ。早い時期にこのことが実証されるだろうと思う。
 
どんな世界でも思い込みは進歩の妨げなのだ。思い込みから脱却して、ビジネスをどんどん変化させていく能⼒が問われている。どんな世界でもそうなのだが、⼤学ではどうだろう。
 
法学部、経済学部、⽂学部、理学部、⼯学部、医学部、農学部などによって⼤学が構成されているというのも、明治以来の思い込みかもしれないと思う。例えば、経済学部と⼯学部を⼀体化させ、経済や経営の⾊々なシステムの創造を⾏うことが、新しい構造の⼤学の中⼼的なテーマになって、本当に創造的な活動が⼤学のイニシアティブのもとで出来るようにならないだろうか。
 
「思い込み」から離れられるか
 
⼈はゴージャスな⾞に乗りたくなるものだという思い込みがトヨタのレクサス・ビジネスの基本にあったのだろう。しかし、時代の流れの中で、このような思い込みは正しくないことが証明されつつある。レクサス・ビジネスの顧客数は当初⽬標を⼤きく下回っている。
 
⼈は⾼級⾞へ向かうのだというのは単なる思い込みだったのかもしれないのだ。
⼈はクラウンやレクサスの⾞をあきらめたり、やめたりして、環境対応⾞プリウスへ向かっている。
 
どんな社会システム、ビジネスモデルでも、今のもの、現状の仕組みやビジネスモデルが最⾼だと思っているとしたら、それは思い込みシンドロームに⼊っているのかもしれない。
 
イノベーションを成功させ新しい活⼒を獲得するには、思い込みはブレーキになる。
 
思い込みかもしれないと疑って、新しい可能性を考え続けることが⼤切だ。思い込みから脱却し、新しい可能性を追い求める⼈が増えれば⽇本は成⻑し続けるだろう。地球を持続可能にすることにも成功するだろう。
 
「グーグルには勝てません」というのも単なる思い込みかもしれないのだ。

思い込みをやめて、挑戦し、もっと強くなろう。
 

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