REPORTレポート

リサーチ&インサイト

⾦融クライシスの衝撃波をコントロールする

TAG

2008年11⽉

今の⾦融クライシスは、隠れていた⾦融リスクが急に顕在化して集まって衝撃波のように発達し、世界中に伝播した現象によるものと⾒ることができる。
 
衝撃波という現象は⾃然科学の世界のものだ。技術の進歩によって⾶⾏機の⾼速⾶⾏が徐々に可能になっていった時代に、⽴ちはだかった現象が衝撃波である。空気の密度はほとんど均⼀なのに、⾼速⾶⾏する⾶⾏機のまわりには衝撃波という波が発⽣し、空気密度の不連続が発⽣するのだ。
 
衝撃波は⾶⾏機に⼤きな⼒を加えるばかりか、遠くまで伝播して、地上にも⼒と⾳を伝えて被害を及ぼす。だから、普通の旅客機は衝撃波を発⽣する少し⼿前の速度、つまり時速900キロメートルまでで⾶ぶように設計される。
 
コンコルドは普通の旅客機の倍以上の速度で⾶⾏するから、衝撃波の発⽣は不可避だ。欧州のコンコルド計画に対して、⽶国には同じプロジェクトであるSST(超⾳速旅客機)計画があったが中⽌になった。中⽌理由の1つは経済性だが、もう1つは衝撃波の問題だった。結局、欧州のコンコルドも完全に運航を休⽌してしまった。
 
伝播する衝撃波を発⽣する旅客機は社会不適合だったということになる。
 
実験室や⼯場などのある内部だけの問題なら、衝撃波のような困った現象もコントロールできなくはない。しかし、ある速度を超えたら、⼤気中を遠くまで伝播してしまう航空機の衝撃波を制御することは難しい。
 
⾦融クライシスは“⼤規模衝撃波”のようなもの
 
たくさんの⾦融リスクが集積して顕在化し、地球ネットワーク上を伝播して発⽣した⾦融クライシスは、“⼤規模衝撃波”のようなものだ。⾶⾏機の衝撃波は直線的にしか伝播しないが、“⾦融衝撃波”は地球ネットワーク上で縦横無尽に伝播した。
 
今では、航空機が発⽣する衝撃波は正確に予測されるようになった。私の専⾨の1 つである計算流体⼒学という研究分野の成果だ。衝撃波を含むすべての空気の運動  はナビエ・ストークス式という微分⽅程式によって説明できる。この式をコンピュ  ーターの⼒で解くことによって、衝撃波をコントロールできる。
 
ナビエ・ストークス式は、同じ微分⽅程式であるブラック・ショールズ式より複雑で解くのも難しいが、今では正しく解くことによって、衝撃波という難しい現象を正しく説明して、コントロールできるようになった。
 
それでは多様なリスクが集まって発⽣した⾦融衝撃波を2度と起こさないように、または、リスクを衝撃波の発⽣へ向かわせないようにコントロールするためにはど  うすればいいだろうかというのが、現在の⼤きな課題ということになる。
 
航空機の場合のように、微分⽅程式を丁寧に解けばいいのだろうか。どの微分⽅程式なのだろうか。今ではブラック・ショールズの式ではないことは誰もが分かる。ブラック・ショールズ式を使ったビジネスモデルを実⾏したヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)が1998年に経営破綻したことはそのことを証明している。
 
経済物理学や、かつて流⾏した複雑系の科学の役割も限定的と思った⽅がいいだろう。固定した概念や定式化がかえって、複雑な社会に対する考え⽅⾃⾝に制約を与えてしまって、実現象を正しく説明することができそうもないからだ。カオスやフラクタルという考え⽅も参考になるが、これらも⼀種のモデルに留まると考える
⽅がよい。
 
⾃然科学における衝撃波などの⾮線形現象の研究では、もう20年も前にカオスやフラクタルの世界を⾶び越えてしまっている。
 
⾦融システムを単純なモデルで表現すると、かえってリスクと誤差を⾼める
 
むしろ⾦融を⽀配する⽅程式や単純なモデルは存在しないと認識することから、新しい⾦融⼯学を築いた⽅がいいだろう。
 
ブラック・ショールズ式に限らず、中途半端なモデルに頼るのは危険である。どのモデルにもその限界がある。⾦融システムを単純なモデルで表現することはかえってリスクと誤差を⾼めてしまう。第⼀、⾦融社会を⽀配するのが、多分100ぐらいの多数の微分⽅程式だとしても、これらをすべて式で⽰すことは、おそらく永遠に不可能だろう。
 
微分⽅程式モデルによる⽅法を超えるのは、デジタル・シミュレーションによる⽅法である。20世紀の後半、⾃然科学の世界は、デジタル・シミュレーションによって画期的な進歩を遂げた。デジタルという意味は、衝撃波を理解するために、衝撃波という現象をもっと直接的に数字で理解し、数字を論理で結び、コントロールする道の⽅が可能性が⾼いということである。
 
銀⾏間ネットワークを作り、毎⽇の銀⾏間決済(ディール)をシミュレーションの中で実際に⾏わせてデフォルトを発⽣させ、システミック・リスクを定量的に評  価したり、量的緩和の適正な量を⽰したり、ネットワークや決済の⽅法の評価を⾏  うことができることを⽰した。私の研究室のT准教授と学⽣たちが取り組んだ研究だったが、そんなに難しい研究ではなかった。
 
デジタル・シミュレーションを⾦融⼯学に限らず経済の研究に使うことは有効だと思う。
 
決済は⽐較的簡単な経済活動のテーマである。もっと難しいのは、将来の変動とリスクを評価して、利益や成⻑を最⼤にするというテーマである。近年ますます、いろいろな変動は激しくなり、それに伴ってリスクが⾼くなっている。変動を予測し、リスクと利益をコントロールすることは、⾦融に限らず、すべての経済活動の最⼤のテーマと⾔っても⾔い過ぎではないだろう。
 
かつて研究したのは、電⼒会社のLNG(液化天然ガス)による発電のリスクとコストをコントロールして、電⼒を安定供給しながら正当な利益を確保するためのデジタル・シミュレーションによる経営⽀援システムだった。研究に携わった学⽣たちが優秀で必死に頑張ってくれたので、このシステムは⾒事に完成し、ある電⼒会社で使われている。
 
複雑なシステムなのだが、簡単に⾔えば、需要予測を統計的に⾏って、それに沿った発電ができるように燃料の供給システムを変化させ、科学的論理的な経営オペレーションの改善によって、確率密度分布の形で⽰されるリスクと利益を最適にするのである。
 
すべてのシナリオを作り、リスクと利益を統計確率的に評価せよ
 
需要が伸びた時も、減った時もリスクが発⽣する。すべての世界であることだ。このリスクを伴って発⽣する利益も確率密度分布で予測しなければならない。⼀部のシナリオだけを使った予測は厳禁である。乱数を使ってすべてのシナリオを作り、モンテカルロ・シミュレーションを⾏って、リスクと利益を統計確率的に評価することが正しいリスクヘッジになる。
 
このような考え⽅は、⾦融商品だけではなく、普通の製品に対しても使える。販売予測がそのまま当たることはない。だから⽋品リスクや廃棄リスクやディスカウント・リスクが付きまとい、これが利益に影響する。このような問題に対しても、電⼒会社のデジタル・シミュレーションと同じような技術が有効である。
 
⾦融商品に対しても、商品を複雑にしすぎないで、このような科学的なリスクと利益のコントロール・システムを並⾏して築くのをプラクティスにすべきだろう。

WRITERレポート執筆者

その他のレポート|カテゴリから探す

お問い合わせ

CONTACT

ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。

03-6435-9933

受付時間|9:00 - 18:00

お問い合わせ
CONTACT