REPORTレポート

リサーチ&インサイト

設計や経営を進化させるための“使える道具”に

TAG

2010年6⽉

「⾒える化」という⾔葉が広まって⻑い年⽉が経つ。しかし、⾒える化の技術がどのようなものか、どのように役⽴つかが、整理して⼗分に説明されているわけではない。設計や開発や経営の様々な課題に対して、「⾒える化」は⼤変重要なのだが、それぞれの世界によって内容はバラエティーに富みすぎているので、結局、「⾒える化」の技術はあまり進歩していないようにも思える。解説や評価や論説や論⽂などに使われる「⾒える化」の図に、⽬新しいものが出てくることも少ない。
 
⾃然現象でも社会現象でも経営状態でも、しっかり「⾒える化」して本質を深く理解することは極めて⼤切である。ところが、「⾒える化」が進歩していないということは、⾃然現象や社会現象や経営状態が⾒えないまま、理解が不⼗分なまま、設計していたり経営したりしているのかもしれないから、危険なことだし、進歩の⽅向を⾒失うことになるかもしれない。
 
しっかり「⾒える化」という分析作業を⾏うと、今の設計や今の経営の問題点が浮き彫りになってくる。そしてその問題点を解消する⽅向性が得られたり、より進化した設計や経営につながるアイデアがわいてきたりする。つまり、優れた「⾒える化」は、洞察⼒や構想⼒を発揮するための「⽣命の泉」のようなものだ。
 
優れた「⾒える化」による分析⼒なくして、⾼い洞察⼒や構想⼒を獲得することはない。
 
新しい「⾒える化」がブレークスルーにつながる
 
1996年からの3年間は2000年のアメリカズカップに出場する艇の設計に没頭していた。1995年に圧勝したニュージーランド艇「ブラックマジック」の技術を超えることができなければ、世界⼀の艇を設計することはできないからだ。
 
1995年にニュージーランド艇を徹底解析した後は、斬新なコンセプトの⾰新的な艇の形の設計に挑戦していた。私はテクニカルディレクターとチーフデザイナーを 兼ねていたので、セールやキールや舵などの開発のマネジメントをしていたし、直 接設計を指導していたのだが、船体そのものに対しては、⼀⼈のデザイナーとして 特に⼒を注いだ。船体の設計でのブレークスルーが、最も競争⼒を与えてくれると 直感していたからだ。
 
幸い、船の形をコンピューターシミュレーションで評価する技術では、私の研究  室は世界の頂点にあった。3年間ほぼ毎⽇、新しい設計をして、そのパフォーマンスは翌⽇コンピューターシミュレーションの結果として⼤量のデータとして出⼒され  てくる。
 
この⼤量のデータをどのように「⾒える化」するかが⾰新的な設計を実現できる  かどうかの鍵を握るのだ。それなのに、1年半ほどの間使っていた「⾒える化」(分析技術)は、造船学やヨット設計の従来のものに近いものばかりだった。だから設  計された船は「ブラックマジック」と似たようなものに収束しそうになってきたり  していた。先の優勝艇に近い設計なら誰でもできる。しかし、そんなもので世界⼀  になれるわけがない。
 
ある時、設計スタッフに⾔った。
「こんなものではダメだ。これまでの図⾯全部を捨てろ」
 
同時に私はコンピューターシミュレーション結果の新しい「⾒える化」を考え続 けていた。ブレークスルーのきっかけを作ってくれた「⾒える化」は、⽔⾯に浸っ ている船体が⽔⾯と接している輪郭線(waterline)を描くことだった。船はもちろん左右対称だが、⾵上帆⾛するヨットは⼤きく傾いた状態になる。この傾いた状態 での船体の⽔⾯と接する左右⾮対称な形状を「⾒える化」したのだ。
 
左右⾮対称なので、左右⽅向の⼒が発⽣する。⾶⾏機の翼の場合は、上下⾮対称なので、上下⽅向の⼒が発⽣して、機体を空中に⽀えることができる。この⼒を揚⼒というのだが、同時に後ろへ引っ張る⼒、つまり抗⼒も発⽣する。だから翼の設計は⼩さい抗⼒で⼤きい揚⼒を発⽣するような形状にすることが基本である。
 
「ヨットの船体の形を⾶⾏機の翼のように設計する」
 
ヨットの場合も、揚⼒は⼤切だ。これがなければ、横に流れてしまい、⾵上に向かって帆⾛できない。しかし、その時に⼤きな抗⼒が発⽣してしまっては早く⾛れない。
 
つまりヨットの船体の設計は⾶⾏機の翼の設計に近いのだ。このことに気がついたのは、傾いた船の形を「⾒える化」することを設計のルーティンに加えた時だった。「ヨットの船体の形を⾶⾏機の翼のように設計する」というのは、当時のヨット設計ではパラダイムシフトと⾔ってもいいくらいだ。
 
⾶⾏機の翼の前半分はかなり丸っこいのだが、後ろは薄い。同じようにヨットの艇体も後ろはもっと細くてよい。そうして⽣まれたのが「阿修羅」「⾱駄天」の細く絞った船尾の形状だ。これが⽇本艇の速さの秘密だった。最初はイタリアチームのチーフデザイナーに「⽇本は間違っている。変な設計だ」と⾔われたりしたが、次の⼤会ではスクエアスターンという名前までついて、世界標準の技術になった。

「⾒える化」が⽣み出したヨット設計の⾰新である。2000年にアメリカズカップの仕事が終わり、ほぼ同じ頃、造船技術戦略会議の議⻑を務めたが、結果として、⽇本造船業の将来性に⾒極めをつけることになってしまった。また同じ頃に私が主導した東⼤⼯学部システム創成学科がスタートし、私 は「理系の経営学」を中⼼的な研究テーマにした。この名の本を出版したのは2003 年4⽉だったが、私の研究と教育のベクトルに⼤きな変針を与えた。
 
道路公社、電⼒会社、書籍流通業、通販企業、エレクトロニクスメーカーへと「理系の経営学」の対象範囲は広がっていった。それぞれの分野のそれぞれのプロジェクトに対して、元々は輸送機器の分野の技術者だった私が、様々な対象分野でそれなりの貢献をして成果を出してきた技術は、それまでの海の世界で培ってきた「⾒える化」の技術と「デジタル時間発展シミュレーション」の技術が基礎になっている。
 
経営を科学する研究の中で、私は学⽣たちと毎週のように新しい「⾒える化」の⽅法を⽣み出そうとしている。「数値経営⼒学」を発達させるために、個別企業の経営進化を研究テーマとしてたくさんの企業と共同研究しているのだが、毎年春から夏の時期に当たる研究の前半戦では「⾒える化」に特に⼒を⼊れている。
 
ネットビジネス各社の競争⼒も⾒える化できた
 
昨年は4年⽣のH君とネットビジネスの競争⼒を表す図を書くことにした。⼩売業 のビジネスの競争⼒を、価格と品揃えと利便性の3つで評価することにして、様々なネットビジネスの競争⼒を表す⾒える化を⾏ってみた。3つの指標があるから、3次 元的になるべきなのだが、⾒やすい「⾒える化」を⾏うため、「価格×品揃え」と「利便性×品揃え」の2つの指標による2次元の散布図で、⾊々なインターネットビジネスを評価してみた。⼒づくの数値化による⾒える化だ。
 
しかし、この結果はかなり⾯⽩かった。成⻑するインターネットビジネスと、始めてみたものの伸び悩むインターネットビジネスなどが、結構うまく評価されているのだ。アマゾンや楽天やケンコーコムはいい評価が与えられたが、既存のリアル店舗ビジネスの形態を保ちながら、同じ商品構成でネットビジネスに⼊ろうとするケースの評価は低くなった。これは実際のビジネスの現状評価として正しかった。
 
これはほんの⼀例だが、新しい「⾒える化」は設計にとっても経営にとっても⼤切なことだ。「数値経営⼒学」にとっては⼤切な⼊り⼝でもある。
 

WRITERレポート執筆者

その他のレポート|カテゴリから探す

お問い合わせ

CONTACT

ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。

03-6435-9933

受付時間|9:00 - 18:00

お問い合わせ
CONTACT