REPORTレポート

リサーチ&インサイト

⾦融クライシスを引き起こしたのは「⾮線形」

TAG

2008年9⽉
 
⽶国のサブプライムローン(信⽤⼒の低い個⼈向け住宅融資)問題から始まった⾦融システムの破綻が世界に⼤混乱を引き起こしている。過去にも何度も繰り返さ れた⾦融不安が、21世紀になって、もっと⼤きな形で世界を揺るがせている。⾦融の世界には進歩というものが無いのかとさえ思う。証券化などの新しい⾦融技術が 拡⼤する⼀⽅で、⼗分成⻑していない⾦融⼯学や不⼗分なリスク評価法などが原因 を与えているという解説はそれなりに納得できるものだ。
 
しかし、それだけではまだ本質を突いていないと感じている⼈は多いのではないだろうか。ましてや、連⽇マスメディアに登場する経済評論家やエコノミストの説明を熱⼼に聞く⼈はそうはいないと思う。既に起こった事象の結果と直接的な因果関係を説明しているだけだからだ。幾分かの知識があれば、誰でもそんなことはできる。
 
今年の元旦の新聞ではたくさんのエコノミストが2008年の株価予想を⾏ってい  た。約1万4000〜1万8000円という予想の数字の羅列を⾒て、昨年の実績結果をまとめたのと変わらないと思った。予測することは⼀番難しいことには違いないが、結果を解説するだけの⼈はいらないと思う。もっと進化したエコノミストを期待したい。
 
あるエコノミストの⽅と⼣⾷を⼀緒にした時、私は話した。
「経済は⾮線形ですね。⾮線形を⼤きなテーマにしなければ」そうして私は彼に⾮線形の意味を説明した。
 
私の研究の歴史は「⾮線形」との闘いの歴史
 
⾃然科学の世界では⾮線形なことが多い。⾮線形なことは難しいから、20世紀の 初めから3つの四半世紀は線形な考え⽅と経験だけであらゆる問題を解決しようとしてきた。⾮線形なことに対処する能⼒がなかったのだ。最後の四半世紀は⾮線形な  ことにも答えを出せるようになり、⾃然科学の世界は⼤きく進歩した。
 
⾮線形ということは1+1=2ではないことが発⽣するということだ。波なら1メートルの波とマイナス1メートルの波が重なれば波は消えてしまう。これは線形な世界だ。しかし、スマトラ沖地震による津波は30メートルの⾼さになったし、歴史上⼀ 番⾼い津波はアラスカの湾内で起きた⾼さ520メートルの津波とされている。津波  でなくても、太平洋には⾼さ30メートルの波が発⽣し、すべての船は⼀⽣に⼀度こ の⾮線形な波に遭遇することを想定して設計されている。
 
船の波をテーマとして研究者⼈⽣をスタートさせた私の研究の歴史は⾮線形との闘いの歴史と⾔ってもいいぐらいだ。
 
1977年に東京⼤学に転職した私は、1979年にすべての船は船の近くに衝撃波と いう⾮線形な波を発⽣することを発⾒した。それまで船の波は線形と思われてい    た。教科書にはそう書いてあるし、この分野の世界各国約50⼈の研究者の論⽂は、
「船の波は線形と仮定する」という⼀⽂から始まる。私は根本の仮定を否定したのだ。激しい論争になったが、事実は曲げられない。⾮線形なものは⾮線形なのだ。
 
その次に⾏ったのは、コンピューターサイエンスの研究だった。⾮線形な波という現象を解明し、正しい船の設計を⾏うためにはコンピューターサイエンスの技術に頼るしかなかった。
 
流体⼒学のコンピューターサイエンスの研究は難しかった。⼩さな誤差が⼤きく発達して、すべてを破壊するようなことが頻繁に起きるのだ。誤差の原因は⾃然現象のモデル化の間違いのこともあったし、コンピューターの能⼒の限界が必然的に⽣み出す誤差による時もあったが、⼀番本質的な原因は現象が⾮線形なことだった。
 
経営の中にはたくさんの⾮線形な事象がある
 
数年前に経営システム⼯学を主な研究分野にした時、この経験は役⽴った。経営の中にはたくさんの⾮線形な事象がある。それを解決するために⾃然科学の世界で⾮線形と闘ってきたことが役に⽴ったのだ。経営の世界は、あまりに⾮線形過ぎ   て、今でも科学的に扱えないことも多い。しかし、科学的に取り扱える⾮線形なことも少なくないのだ。
 
⾦融クライシスの問題に戻ろう。⾦融の世界は年々複雑性を⾼めてきた。ヘッジやリスクやレバレッジやデリバティブというような⾔葉も複雑性を⾼めていった。⾦融商品も複雑なものばかりだ。複雑になるということは⾮線形性が⾼まることであることが多い。これらが実は価値のないものに価値を与えてしまっている結果になっているケースも少なくないようだ。
 
複雑性は、商品と商品、国と国、それに企業と企業、⼈と⼈の間の関係の密着性によって⾼められる。ネットワークが密着性を究極にまで⾼めてしまった。好むと好まざるとにかかわらずすべてはネットワークで連結されている。私たちが購⼊する⾦融商品も同じだ。商品⾃⾝の構成が複雑なだけでなく、それぞれが他の商品との関係を作っている。ネットワークは便利であると同時に危険なのだ。良いことも悪いことも⼀瞬にして伝播し、誰もコントロールできない可能性があるのだ。
 
ネットワークが複雑かつ⾮線形性な特性を何倍にも増幅してしまうのだ。
 
複雑化に伴って⾮線形性がどんどん進展していく社会に対して取るべき道は2つしかないと思う。1つは複雑化を⽌めて単純化することだ。例えば、株と債券と商品先物と各種の証券化された商品を組み合わせた⾦融商品だ。多様なものを組み合わせ  たことによって、リスクマネジメントができている⾯が強調されているが、個々の  商品のリスクを曖昧にし、⾮線形性とそれが引き起こすいろいろなリスクを⾼めて  いる⾯を否定できないのではないか。
 
⾦融商品は昔のようにもっと単純な構造にすべきではないのか。
 
もう1つの道は、⾃然科学の世界が⾏ったように複雑かつ⾮線形なものをコントロールできるように⾦融世界の設計⼒・経営⼒を⾼めることだ。
 
後者の道は、経済の進歩のために⽋かせないと思う。⾼度な科学や⼯学の⼒が要求されている世界でもある。20世紀の終わりから、科学や⼯学が⽣み出した価値を未熟な経済学や⾦融学が毀損することが⽬⽴つようになっているように思う。⽂科 とか理科と⾔っている暇はない。新しい研究分野として「⾮線形複雑経済学」に取 り組むべきだろう。
 
⾦融クライシスを作らない仕組み作りの必要性
 
9⽉のある⽇曜⽇、⾬に⾒舞われてテニスができなくなった私は、書店に向かい、リチャード・ブックステーバーさんの『市場リスク 暴落は必然か』(2008年5⽉、⽇経BP社)に出会った。原題は『A Demon of our own Design』という。直訳すると“私たち⾃⾝が設計した悪魔”である。
 
⾦融⼯学の研究者である⼀⽅で、⾦融界でリスクマネジメント⽅⾯の実務で活躍した⽅の客観的解説と⾃分⾃⾝のインサイダーとしての経験が、リアルかつ論理的につづられている⾯⽩い本だった。失礼ながら、⽇本のエコノミストの⽅々の本と違って、⾦融界の⾮線形性と複雑性が⼀貫したテーマになっているのも特徴であ   る。原⼦⼒プラントと⾦融商品の構造とそれが内包するリスクを⽐較して論じているのも新鮮である。著者の科学的論理的な洞察⼒は秀逸だ。
 
⾦融クライシスの出⼝はまだ⾒えない。しかし、対症療法だけでなく、根本的な解決に向けた科学的論理性を⾼める努⼒が必要だろう。⾦融クライシスを作らない 仕組み作りは環境問題と並ぶ21世紀前半の最⼤のテーマかもしれない。たくさんの分野が融合し、刺激し合い科学的論理性の⾼い新しいシステムを構築する努⼒はも っと強められねばならないと思う。
 
今回は「領空侵犯」的な記事になったが、「領空侵犯」も必要だろう。

WRITERレポート執筆者

その他のレポート|カテゴリから探す

お問い合わせ

CONTACT

ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。

03-6435-9933

受付時間|9:00 - 18:00

お問い合わせ
CONTACT