REPORTレポート
リサーチ&インサイト
ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝はどこだ︖
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2009年9⽉
電気⾃動⾞の設計で難しいことの1つは「軽量化」である。現状ではガソリンエンジンよりリチウムイオン電池の⽅が倍ほど重いので、電気⾃動⾞の⾞全体の重量は 重くなってしまう。重くなると衝突安全のための構造も⼤きくなり、さらに重くな ってしまう。このように、電気⾃動⾞が⾊々な条件を満たすためにだんだん重たい⾞になっていく時、ネガティブ・スパイラルが働いていると⾔える。
だんだん悪い⽅向へ向かうのがネガティブ・スパイラル、だんだんいい⽅向へ向かうのがポジティブ・スパイラルである。
ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝を探せ
設計も経営も、ポジティブ・スパイラルの道筋を探すことが⼤切だ。まず、ポジティブ・スパイラルを作る⼊り⼝を探すことから始めなければならない。
⾶⾏機の設計の⼊り⼝も軽量化である。軽くすることができれば、⾶ぶのに必要な揚⼒が減るので、主翼が⼩さくでき、エンジンも⼩さくできて、全体の重量も軽くなる。「全体の重さが減ったら、主翼もエンジンも⼩さくすることができる」という流れはポジティブ・スパイラルである。
乗⽤⾞は空を⾶ばなくてもいいので、このような重さを中⼼としたポジティブ・スパイラルの追求が中途半端になることもあるようだ。同じ機能なのに重量が15% 違うといった例は少なくない。
ボルボのある⾞種は、同じような⾞格のスバル「レガシィ」より15%ぐらい重い。衝突安全性能は同等かレガシィの⽅が上かもしれないのにそうなのだ。ほとんどの⼈が気づいていないようなのだが、⾼速道路での⾞線変更や⼭道での操縦性にこの⾞重の差が出てくるし、燃費にも差が出てくる。
私がアメリカズカップのヨットを設計した時、ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝を与えるポイントを探すのに苦労した。かつてはキールの設計だったし、⾵の動⼒を受けるセールも⾊々な可能性を持っている。しかし、私がたどり着いたのは、セールとキールをつなぐ位置にある船体そのものだった。細くて後ろを絞った船型がすべてにポジティブな影響を与えることがわかったのだ。
世界最速を約束して、実際、予選で11チーム中2位になれたのは船体の形状のおかげだった。セールもキールも競争相⼿と⼤差なかった。
経営のポジティブ・スパイラルはどのようにして作るのだろうか。ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝はどこにあるのだろうか。
多くのビジネスにおいて、ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝は顧客満⾜度にあると思う。顧客満⾜度を上げるための施策やビジネスプロセスの変更が、ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝を与えてくれることが多いだろう。
書籍の出版・販売のビジネスでは返本率が40%にも達している。40%の商品が廃棄されるのだ。
直接的には、トーハンや⽇販などの流通企業と書店との間で返本というプロセスが存在するのだから、流通企業と書店の間で、例えば返本しなければ書店の粗利を上げるような仕組みを作って返本率を改善するような試みが⾏われているようだ。
しかし、⼀⾒正しそうなこのビジネスの改善の底は浅そうだ。流通企業と書店との関係の緊張感を⾼めることも⼤切だが、書籍ビジネスで⼀番⼤切な顧客のことをあまり考えていないビジネス施策だから、多少の改善はあるだろうが限界も明確だろう。
書籍ビジネスにおいて⼀番⼤切なのは、顧客の望む本が出版されて、顧客の⽬の前、つまり店頭でその適量が展⽰されていることである。だから必要なのは顧客の購買⾏動、つまり販売を早期に把握して、正しい陳列をして、正しい⽣産をすることである。
顧客満⾜度を⾼めるのは WIN-WIN関係を探すこと
顧客を知るということは、販売予測をするということであり、それを⽣産(出 版)とつなげることが返本率を下げることの基本だから、書籍ビジネス改⾰のポジティブ・スパイラルは顧客満⾜度を⾼めるために、⽣産・流通・販売の間で情報統合を進め、それぞれの商品の販売予測を⾏うことによって始まる。
ポジティブ・スパイラルを探すということは、WIN-WIN関係を探すということであり、新しいビジネスモデルや新しい商品モデルを探すということだ。しかも顧客満⾜度は移ろいやすいものだから、⽇々ウォッチして修正しなければならない。
⾼級⾞クラウンから環境対応⾞プリウスに買い換える⼈が多いらしい。顧客満⾜度は⽇々変化していくものだ。トヨタ⾃動⾞がハイブリッド⾞プリウスの開発を⾏っていなかったらどうなっていたのだろう。
環境ビジネスでは⾵⼒発電、太陽光発電、バイオマス発電に加えてリチウムイオン電池が、ポジティブ・スパイラルの⼊り⼝を与えてくれている。材料は揃ったわけだから、これからは本当に正しいポジティブ・スパイラルを作るアーキテクチャルというかシステム的なものを作る構想⼒や構築⼒が問われることになるだろう。
ポジティブ・スパイラルのための仕組みの制度設計を
ポジティブ・スパイラルを作れる⼈材を育成することは、もっと⼤切なことなのだろう。組織も社会も、リーダーやマネジャーやプロデューサーによって変わる。⾸相や知事も同じ⽴場だ。⺠主党政権が成功するかどうかのカギの1つは、ポジティブ・スパイラルを起動する⼒のある⼈材がいて、その⼒が本当に⼤きいかどうかにかかっていると⾔えるだろう。
GDPが減少する⽇本にはネガティブ・スパイラルのメカニズムが働いているとも⾔える。⺠主党政権にも、企業経営者にも、正しいポジティブ・スパイラルを作る経営が期待されている。
過去の仕組みが実は価値をだんだん減らしていくネガティブ・スパイラルを作っていることもあるだろう。新しいポジティブ・スパイラルのための仕組みの制度設計は⼀番⼤切なことなのだ。
中国は強いリーダーシップと13億⼈のエネルギーがポジティブ・スパイラルを作っている。私たちもたくさんのポジティブ・スパイラルを作らなければ、国全体がガラパゴス状態になってしまう危険がある。
WRITERレポート執筆者
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宮田 秀明
社外取締役
プロジェクトマネージャの先駆者、企業リーダー育成の第一人者であり、東京大学教授時代には様々な社会変革のプロジェクトを実行し、2011年に日本学士院賞、恩賜賞をそれぞれ受賞。その後同大学名誉教授に就任し、ビックデータ解析のスペシャリストとして学術的にもトップクラスを走る。東日本大震災を受け植村と共に気仙広域環境未来都市のプロジェクトマネージャに就任。インデックスコンサルティングの先導性に理解を示し、2017年から同社に参画。
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