REPORTレポート
リサーチ&インサイト
国家技術開発プロジェクトの無様なマネジメント
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2009年7⽉
商船の多くはディーゼルエンジンでプロペラを回して推進している。その仕組みは⾃動⾞とほぼ同じなのだが、船には変速機がないところが違う。船のエンジンとプロペラは直結されていて、ディーゼルエンジンの回転数は毎分100回前後である。
モーターでプロペラを回す⽅式の「電気推進船」という船がある。これは、ディーゼルエンジンとプロペラを直結せずに、ディーゼルエンジンで発電機を回して発電し、電気でモーターを回す。この技術はそれほど難しいものではないので、古くから使われている。戦前は客船によく使われたが、最近の客船でも復活して、⼤型のクルーズ客船では定番の推進システムになっている。このシステムを使うと静かで、振動が少なくなるのでクルーズ客船に適しているのだ。
この電気推進システムを2000〜5000トンの内航船に応⽤しようというプロジェクトが2003年に始まった。内航船の主な荷物は⽯油製品と鋼材とセメントである。国のプロジェクトだった。その頃、国のプロジェクトにはなるべく関わらないよう にしていた。ところが国⼟交通省の担当課⻑が、この職の⼈にとっては珍しいこと を⾔うのだ。
「先⽣にならついていけそうな気がします」
そうして、内航船を近代化するこの計画のプロジェクトマネジャーを引き受けた。ところが予算を要求した時の企画案を⾒て驚いた。技術的に間違ったことが満載なのだ。
予算のついたプロジェクトは設計を修正できない
スーパーエコシップ(SES)プロジェクトと命名されていて、⾻⼦はこんな具合だ。
(1) 燃料費の少ないエコな船にする
(2) 電気推進システムを使って、安全で扱いやすく、⾼齢化の進む船員に合った船にする
(3) 主機関には、別の国家プロジェクトで開発した新設計のガスタービン・エンジン(ジェットエンジン)を採⽤する
(2)と(3)は、(1)とは相容れないことである。エンジンで発電機を回して 電気を作り、この電気を使ってモーターを回してプロペラで駆動するシステムは、 エンジンで直接プロペラを回す⽅式より20%程度効率が悪い。20%ロスが発⽣するのだ。さらにガスタービンの燃費は普通のディーゼル機関より20%は悪い。
エコな船の計画とはまるで反対の条件を2つもつけて国家予算を獲得してきたのだ。そして、⼀度予算がついた以上、修正はできないのだという。しかも、初年度だけではない。このプロジェクトが終了するはずの4年後まで、これは変えられないというのだ。
⼿かせ⾜かせをつけて泳げと⾔われているに等しかった。
それでもプロジェクトの開始から約2年間、約50回の会議をこなして、何とか成功させようと頑張った。報酬はゼロだった。国⽴⼤学の教員が国の研究所の所員を併任する形を取らされたからだ。
主機関であるガスタービンを担当するA重⼯の担当者には何度も聞いた。
「このエンジン、本当に1年間、延べ5000時間の運転ができますか︖」
⾃信を持って、⼤丈夫という答えをほしかったのだが、いつもあいまいな答えだった。⽣粋の技術者である彼らはウソをつけなかったのだろう。
「役⼈の前では⾔えませんが、本当は⾃信ありません」
そう顔に書いてあった。エンジンに関しては素⼈の私にも、主軸が途中で分断されている構造には疑問がいっぱいだった。
社会普及させるため1つの決断を下す
プロジェクト開始から1年ぐらいたった時、私は1つの⼤きな決断をした。電気推 進とガスタービンという2つのエコに反するシステムの両⽅を抱え込んでいては、結局、⼤失敗に終わらざるを得ないだろう。⽚⽅を早くあきらめなければならない。
そこで決めたのはフェーズIとフェーズIIの2つの計画を並⾏して進めることだっ た。フェーズIは予算獲得の名⽬を満⾜させるためにガスタービン・エンジンを使うことにしておく。しかし、普及⽤としてガスタービン・エンジンではなくディーゼ ルエンジンを使って発電するシステムを使ったフェーズIIの設計を⽤意しておくことにしたのだ。
すべての技術開発プロジェクトは成功して社会普及しなければ意味がない。だから社会普及の可能性のほとんどない部分をフェーズIとして切り離し、フェーズIIで社会普及を実現しようとしたのだ。
それにしても、電気推進による20%のロスを何とかリカバーする技術を開発しなければ、既存船に経済性で負けてしまう。
この20%をリカバーしたのは、私⾃⾝が⾏った船の形の最適設計とB重⼯の2重反転プロペラの採⽤だった。私は、コンピューターシミュレーションを使って、船の 形を最適な設計にして、船の抵抗を約10%減らすことに成功した。B重⼯は2重反転プロペラを採⽤して10数%の効率向上を実現した。フェーズIIの船の設計をまとめ たばかりか、営業活動まで⾏ったのはB重⼯のM⽒だ。私とは20年来の盟友であ
る。
公的な補助が付いたこともあって、スーパーエコシップ、フェーズIIの内航船 は、世の中に広まっていった。今では、珍しく成功した国家プロジェクトとして認められているようだ。
このプロジェクトを成功させたのは、M⽒の⼤きな⼒と私の船舶デザイナーとしての少しばかりの⼒であることは間違いないのだが、このことはほとんど誰も知らない。
予算獲得の名⽬を尊重するために続けたフェーズIはどうなったのか。名⽬を守るのが役⼈の仕事だから、国家予算を使ったフェーズIの船も建造された。しかし、ガスタービン・エンジンはデッキ上に搭載され、ほんの数⽇実験され、このエンジン は撤去されてしまった。フェーズIは予想通り実⽤性がなかったのだ。
国の主導するプロジェクトの無様なマネジメントの物語を書いたのは、国家技術開発プロジェクトがどうして失敗するかを分かってほしかったからだ。ロケットでも⾼速増殖炉でも何でも同じである。
国家技術開発プロジェクトを成功させるために
技術開発プロジェクトを成功させるためには、⽇々⽣まれる新しい知⾒に基づいてプロジェクトの設計を⽇々変えていくことが不可⽋なのだ。
技術開発プロジェクトを成功させるためには、しっかりしたビジョンを実現するために、設計を⽇々変化させ、研究者、技術者が⾼めていくことが⼀番⼤切だ。例外はないと思う。
国家プロジェクトで、予算獲得の名⽬を変えられないというのは、プロジェクトの基本設計が間違えていたとしても、変えることができないことを意味する。「変化と成⻑」という、開発プロジェクトで⼀番⼤切なことを禁⽌しているようなものだから、成功を期待することは難しい。
国家プロジェクトのマネジメントには⼤きな修正が求められている。
この話には後⽇談がある。⽇本海洋船舶⼯学会が選考委員会に委託して選ぶシッ プ・オブ・ザ・イヤーに、ジェットエンジンを1週間で下ろしてしまったフェーズI の船が選ばれた。社会普及まで進んだフェーズIIの船ではないのだ。
船舶や海洋の分野で、ごく普通の健全性がなくなってしまっているような現実はさびしいばかりである。
WRITERレポート執筆者
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宮田 秀明
社外取締役
プロジェクトマネージャの先駆者、企業リーダー育成の第一人者であり、東京大学教授時代には様々な社会変革のプロジェクトを実行し、2011年に日本学士院賞、恩賜賞をそれぞれ受賞。その後同大学名誉教授に就任し、ビックデータ解析のスペシャリストとして学術的にもトップクラスを走る。東日本大震災を受け植村と共に気仙広域環境未来都市のプロジェクトマネージャに就任。インデックスコンサルティングの先導性に理解を示し、2017年から同社に参画。
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