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「荒天航海」から「⾵上帆⾛」に移れるか
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2009年5⽉
⾦融危機になって、ほとんどの企業の経営は「荒天航海」になった。
「県境を越える出張は社⻑決裁です」
「その研究開発をやりたいのは⼭々ですが、お⾦が出ません」
⾼い波と強⾵で荒れ狂う環境の下では、船を転覆させて遭難することが⼀番怖 い。帆を縮めたり、無⽤のものを捨てたりして船を⾝軽にする。あるいは、船の本来の進路から外れて、安全な⽅位を取らなければならないこともあるだろう。
荒天航海はつらい。私が初めてで⼀番厳しい経験をしたのは⼤学院1年⽣の時。コンテナを750個積み、⻑さ175メートルの第1世代のコンテナ船「パシフィック・ア ロー」でカナダのバンクーバー往復の乗船体験をした際のことだ。
復路バンクーバーを出港して2⽇⽬の終わりから約1⽇間、荒天海域での航海を経験した。発達しながら北上してきた東シナ海低気圧のど真ん中に突⼊してしまった のだ。船⻑の判断ミスでもあった。
約1⽇間船は激しいスラミング(船⾸が空中に出るような激しい揺れ)を7秒に1 回繰り返すのだ。⽐較的船に強い私は、午後12時からワッチ(当直)の終わった2 等航海⼠と操舵⼿と3⼈で、ビールを飲んでいた。⽚⼿にビール瓶、⽚⼿にグラスをしっかり持つという状態だった。しかし、翌朝はもうダメだった。ほとんど⼈⽣で 最⼤の船酔いになってしまった。乗組員の半数ぐらいがダウンしていた。
荒天航海中の経営者の思い
それから20年ぐらいが過ぎて、私は双胴型の新しい⾼速船をIHIと共同で開発し ていた。3億円をかけて建造した実験船で実証実験を⾏う最終ステージに⼊ってい た。実験船は⻑さ30メートル、重さ28トンの⼩船だった。⼈命を預かる乗り物だから、この実験船で荒天での安全性を検証しなければならないのだ。
11⽉末の相模湾だった。磯⼦を出港して相模湾に⼊ると冠雪した富⼠⼭が美しかった。そして対航してくるのは漁船だった。まだ昼前だというのに帰港しているのだ。
「変だな」と思ったのは、相模湾を知らない私たちの浅薄さだった。
「富⼠⼭がきれいに⾒える時は、⾵が強くて、時化るから、危険です」
後で聞いたことだ。結局、昼⾷直後に実験をあきらめて、帰路に就いたのだが、その帰路は波が横から、後ろから来るので危険がいっぱいだった。しかも全く新型の船で、吃⽔(⽔⾯下の深さ)が70センチしかない船だ。
こんな荒天航海の時、前向きなことは考えられない。恐怖と後悔に頭が⽀配されてしまう。しかも、⾃分がその船のチーフデザイナーだったり、船⻑だったりしたら、責任感からとてつもなく⼤きな恐怖と後悔の念がわいてくる。チーフデザイナーや船⻑を務めたことさえ後悔してしまうこともあるだろう。荒天航海中のたくさんの経営者の⽅々は、こんな気持ちになっていることだろう。
しかし、嵐はいつかやむ。When winter comes, spring is not far away.なのだ。
ヨットで⾔えば、荒天航海から早く⾵上帆⾛に切り替えることが⼤切だ。アメリ カズカップのレース艇だって、⾵速が20ノット(毎秒10メートル)を超えると帆を下ろさなければならない。しかし、10ノットに⾵が弱まれば⼀番素晴らしい⾵上帆⾛を披露できる。⾵上から10ノットで吹いてくる⾵に向かって30度ぐらいの⾓度を取って⾵上へ向かって⾛るのだ。しかも艇の速度はほとんど⾵速と同じ。⼤航海時
代の帆船はこんなことはできなかった。⾵と直⾓の⽅向へ進むのがせいぜいだった。技術の進歩が⾵上帆⾛を可能にしたのだ。
アメリカズカップのレースはサーキットレースのように、約5キロの距離の間で⾵上帆⾛と⾵下帆⾛を繰り返して戦うマッチレースである。このヨットを設計する私 たちにとって、⾵上帆⾛状態と⾵下帆⾛状態のどちらに重点を置くべきかが重要な 開発条件である。
過去のレースを解析して得られた結論は、⾵上帆⾛に70%、⾵下帆⾛に30%の重みをつけるべきだというものだった。追い⾵の中では競争相⼿と差をつけることは 難しい。しかし、向かい⾵の中では技術の差が⽣かせるという結論だった。
不況時にこそ企業間に差が⽣まれる
好況の時の企業間競争で差をつけるのは難しい。しかし不況の時には、経営⼒によって⼤きな差をつけることができる可能性が⾼いということではないだろうか。
私たちは3年間、⾵上帆⾛で勝てる艇の開発に没頭した。ヨットは4つの要素から構成されている。船体、キール、セール、舵である。それぞれがベストでなけれ ば、勝てる⾵上帆⾛ができない。まずは強⾵に耐えられる⾜腰を作らなければいけ ない。ヨットならキール。企業なら財務基盤。アメリカズカップ艇なら船底の重り(キール)である。全重量25トンのうち20トンをここに与える。もし、19.5トンしか与えられなければ、競争相⼿に負けるかもしれない。
その次に考えるのは推進⼒を⽣み出すセールである。向かってくる⾵を正しく受け⽌めて、逆⾵をプラスの⼒に変換しなければならない。思えば、ヨットのセールや航空機の翼は極めて⾼度なメカニズムを実現する装置だ。航空機の翼は真正⾯から来る空気の流れをうまく利⽤して、航空機を上に持ち上げる⼒に変えてしまうのだ。ヨットのセールも同じだ。翼の⼒学はたくさんの⼒学の中で⼀番スマートだと思う。
3番⽬は船体。異なった役割で頑張るセールとキールのコラボレーションをうまくまとめるのが船体だ。しかし間違えると、それが⼤きなブレーキになることもある。企業ならバックオフィスのようなものだ。キールが製造で、セールが営業で、船体が経営管理と例えられるかもしれない。
⾵上帆⾛へ移る速さが競われる
私たちが設計したアメリカズカップ艇で⼀番斬新だったのはこの船体だった。細 く絞った船尾の形、箱型の断⾯形状。年棒3億円の世界トップのデザイナーに、「⽇本は何か間違ったらしい。明らかにおかしな形をしている」と⾔われたぐらいだ。
最後は舵だ。経営者に相当するだろう。舵は⼩さくてよく利くように設計される。⼤きすぎると抵抗が⼤きくなってかえって効率が下がる。
私たちの設計したヨットは強かった。11チーム中最低の⼒しかないとされるクル ーが操船するのに、予選で2位になってしまった。⾵上帆⾛に強いヨットを開発できたからなのだ。しかも、⼀番競争⼒のあったのは、経営管理に相当するような船体 そのものの設計だった。ヨットというシステムの全体を管理する部分の斬新さが⾵ 上帆⾛の⼒を強化したのだ。
今年は、荒天航海から⾵上帆⾛へ移る速さが競われる年だろう。そして⾵上帆⾛の能⼒が企業の新しい競争⼒を決めることになるだろう。
⾵上帆⾛は難しい。科学も技術も経営⼒も結集しなければならない。
⾵上帆⾛する経営⼒を⾼めたい。
WRITERレポート執筆者
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宮田 秀明
社外取締役
プロジェクトマネージャの先駆者、企業リーダー育成の第一人者であり、東京大学教授時代には様々な社会変革のプロジェクトを実行し、2011年に日本学士院賞、恩賜賞をそれぞれ受賞。その後同大学名誉教授に就任し、ビックデータ解析のスペシャリストとして学術的にもトップクラスを走る。東日本大震災を受け植村と共に気仙広域環境未来都市のプロジェクトマネージャに就任。インデックスコンサルティングの先導性に理解を示し、2017年から同社に参画。
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