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優れた参謀がいる経営は負けない

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2009年4⽉
 
ロシアのバルチック艦隊を撃破した⽇本海海戦で連合艦隊司令⻑官の東郷平⼋郎を⽀えたのは、作戦参謀を務めた秋⼭真之だった。秋⼭兄弟の⽣家は松⼭市の私の実家から500メートルほどのところにある。松⼭城のある⾼さ約130メートルの城⼭のすぐふもとだ。
 
陸軍⼤将だった兄の秋⼭好古は、退役すると地元の北予中学校の校⻑になった。毎朝校⾨の前に⽴って登校する学⽣たちに「おはよう」と⾔っていたので、当時、隣の⼩学校に通っていた私の⽗はよく⾒ていたそうだ。
 
秋⼭真之参謀の知恵が⽇本海海戦の成果にどこまで貢献したかを知ることは難しい。司⾺遼太郎の『坂の上の雲』に書かれている通りではない部分もあり得るだろう。しかし、参謀の役割は⼤切だ。企業なら経営企画室がその役割を担っている。
 
参謀や経営企画の仕事は、組織の命運を握る重要な任務を担当している。
 
中央官庁が「参謀」の役割を担ってきた⽇本の⾏政
 
⿇⽣太郎⾸相は、3⽉中旬に合計84⼈の有識者にヒアリングを⾏い、提⾔を聞いた。⼈選に疑問がないわけではない。なぜ知事の中からタレント性の⾼い2⼈を選んだのか。こういう形の1回限りの意⾒聴取の効果はどれほどあるのかなど、よく分からない点も多い。
 
しかし、多くの分野の⼈の意⾒を聞くことは⼤切なことだ。どんな組織においても、そのトップが最も危険な状態になる時は「裸の王様」になってしまった時だ。正しい情報が⼊ってこなくなると、経営の対象である現場が⾒えなくなってしまう。「常に現場を⾒る」「常に⼈の意⾒を謙虚に聞く」ことはトップが常⽇頃⼼がけなければならないことだ。
 
どんな優れた経営者も、優れた参謀がいてくれると、もっと優れた経営ができる。取締役会も参謀会議のようでもあるし、経営企画に優れた⼈材が揃っていると、強⼒な経営⼒を⼿にすることができる。
 
しかし、こんなことが実現されている企業は意外と少なそうだ。参謀になれる⼈材が少ないのが主因だと思う。参謀は構想⼒と現場⼒の両⽅が必要なのだが、この両⽅を兼ね備えている⼈材が少なそうなのだ。
 
⽇本政府にも同じことが⾔える。⿇⽣⾸相が84⼈の抽出された⼈たちの意⾒を聞いたということは、⿇⽣⾸相の周りに⼗分な参謀またはブレーンがいないのではな いかとも思う。
 
⽇本の⾏政では、中央官庁が「参謀」「ブレーン」「経営企画」の役割を担ってきた。過去には通商産業省は“MTI”と呼ばれ、その参謀⼒が世界各国に恐れられた 時代もあった。⽇本の産業を育てるために通産省の果たした役割は⼤きかった。1970年頃に資本⾃由化を⾏ったのは1つの例だ。
 
当時⼤学⽣で⾃動⾞部に所属していた私は、OB会の会⻑をしていた⽇産⾃動⾞の岩越副社⻑を東銀座の本社に訪ねていた。活動報告をすると同時に援助をお願いするためだった。
 
岩越さんは本当に優しい⽅だった。私たち学⽣とも気さくに会ってくださった。そして、学⽣に⾔っても仕⽅のないことなのに、資本⾃由化の問題点を私たちに説いた。「ゼネラル・モーターズ(GM)の経常利益は約3000億円、我が社の売り上げと同じ。資本⾃由化すれば乗っ取られるかもしれないのです」。
 
注⽬に値するドイツの環境政策
 
でも岩越さんより通産省の⽅が正しかったと総括されると思う。⽇本企業に試練を与え成⻑させ、グローバル企業にしようとしたのだ。そのあと⽇本の⾃動⾞産業は⽬覚ましい成⻑を遂げたのは万⼈の知るところだ。
 
しかし近年、このような例を⾒ることは少ない。⿇⽣⾸相にも政府にも中央官庁にも、もっと強⼒な参謀やブレーンや経営企画者が必要だと思う。
 
参謀不在で負けた例はたくさんあるが、最近注⽬されている環境政策で⽇本とドイツを⽐べてみるとよく分かる。
 
⽇本は太陽電池や⾵⼒発電の技術では世界を先駆けていた。技術者の⼒は昔も今も健全なのだ。ところがドイツが⼀般にフィードインタリフ(固定価格買い取り) と呼ばれる制度を設計し、⾃然エネルギーによって発電される電気を市場価値の倍以上で電⼒会社に買い取らせ、その負担を電気料⾦にもたせるという仕組みを作った結果、50万⼈の雇⽤を創出しただけでなく、環境適合社会に⼤きく前進した。
 
⼀⽅の、⽇本の環境政策は、これまでほとんどバラマキ政策だった。補助⾦や、助成⾦を与えれば正しい⽅向に⾏くだろうという極めて単純な政策なのだ。このような政策は100の資⾦投⼊をしても30の成果しか上がらないようなことが多い。ドイツの政策のように10の資源を投⼊して200の成果を出すようにするのが参謀の仕事、経営企画の仕事である。
 
貴重な税⾦を⽣かす⽅法を創造したり、経営資源を本当に経営の進化のために使えるようにしたりするのに参謀、ブレーン、経営企画は重要なのだ。
 
⽶国のバラク・オバマ⼤統領には強⼒なブレーン陣がいる。だから、⽇本の⾸相には作れないようなマニフェスト(政権公約)や政策がある。閣僚も強⼒なブレーンとして政権を⽀えている。
 
私の属する世界イノベーション財団(World Innovation Foundation)は80⼈以上のノーベル賞受賞者と2800⼈のメンバーから構成されているが、このメンバーが⼀堂に会する総会があったりはしない。世界中の政府や企業に対して世界を正しく導くための⼀種の参謀機能、シンクタンク機能を全メンバーに課しているのだ。創始者の⽶国⼈科学者グレン・シーボルグ博⼠は元素をいくつも発⾒し、⻑い間⽶国⼤統領科学技術顧問を務めた⽅だ。
 
⽇本で参謀となるべき組織は︖
 
健全な組織には強⼒な参謀組織があってブレーンがいるのが普通なのに、⽇本政府にはその部分がかなり弱いように⾒える。⼩泉純⼀郎⾸相の時は経済財政諮問会議があったが、対象テーマは限られていたし、アドホックな仕組みだったので、結局⼤きな成果を⽣んでいない。
 
率先して⽇本の参謀になるべきなのは、霞が関の官庁、国⽴⼤学、シンクタンクを標榜して設⽴された総合研究所のはずなのだが、その⼒は⼼もとない。
 
参謀⼒を取り戻さないと、⽇本の国際競争⼒は低下し続けるだろう。ドイツに負けた環境政策のための仕組みづくり(=制度設計)は具体的な教訓を与えている。
 
素晴らしい国⺠を⽣かすために参謀⼒は⼤きな⼒なのだ。
 
霞が関、⼤学、シンクタンクに戦略企画⼒を養わせることが⽇本の戦略の第⼀である。

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