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不況期こそビジョンを語れ
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2009年1⽉
こんな不況の時代にこそ、⼀番⼤切なのはビジョンだ。国も企業も個⼈もビジョンを持たなければならない。ビジョンは最⼤の無形資産なのだ。
今年、⼩売業でひとり快進撃を続けるユニクロの強さの秘密の1つはビジョンだろう。
「世界⼀のカジュアル⾐料ビジネスを実現しよう」「1兆円、いや5兆円企業を⽬指そう」というビジョンである。
もちろん顧客満⾜度を第⼀優先順位に据えた商品企画⼒やSPA(製造⼩売り)ビジネスモデルの実⾏も⼤きな⼒だが、やはりビジョンの⼒の⽅が⼤きくて根本的なものだと思う。
まずビジョンを語ることの効果の⼤きさ
1993年にアメリカズカップのプロジェクトに引き込まれて、すぐ気がついたの は、会⻑以下すべてのメンバーのビジョンが低いことだった。セーリング技術が参加国中ほとんど最低レベルであることは暗黙の了解事項だった。だから皆が、「そこそこの結果が出せればいいでしょう」「こんな伝統のある国際競技、参加するだけで意味があります」というふうに皆の顔に書いてあるようだった。
だからかどうか知らないが、ある有⼒全国紙はまともに報道してくれなかったどころか、「⾦持ちの道楽」といったような⽪⾁だらけの記事を載せていた。
1995年に2000年の⼤会に向けて再出発することになった。この時、私の仕事は技術開発と設計を統括することだったが、広報と世論作りにも努⼒した。英語で⾔えばPublic Relation活動だ。すべてのマスコミのすべての取材を受け⼊れて対応した。私は2つのことを訴えたかった。
「ニッポンチャレンジ・アメリカズカップはナショナルチームです。⽇本中の何⼗もの企業がスポンサーです。全国の5⼤学が技術開発の中⼼です」「私たちは世界⼀を⽬指します。勝ってアメリカズカップのレースを⽇本で開催するのが⽬標です」ビジョンを語ったのだ。この効果は⼤きかった。2000年のアメリカズカップの試合が始まる前のいろいろな準備活動さえもが各マスメディアに紹介された。1999年夏にようやく完成した2隻の試合艇の進⽔式はテレビや新聞で⼤きく紹介された。
その⽇の最有⼒紙の⼣刊の⼀⾯にはカラー写真付きで進⽔式が披露された。誰も 客観的にはその2隻が素晴らしい艇だとは分からなかったはずだ。それなのに、⽇本中が我らナショナルチームの⾨出を祝福してくれた。PR活動は⼤成功だった。
⼤げさに⾔えば、⽇本中の⼈が私たちのビジョンに賛同し盛り上がってくれたのだ。
しかし、正直⾔ってこの盛り上がりは、私にとってはつらかった。5年間全⾝にプレッシャーを受け続けていた。みっともない結果を出しては嘘つきになってしまう。だから全⾝全霊の⼒を注⼊した。
プロとはこういうものだと思う。誰からも期待されないプロ、プレッシャーを受けないプロはいない。気がつくとつかないとにかかわらず、頼むと頼まないとにかかわらず⾃分のビジョンや努⼒が⼈に受け⼊れられ、それがプレッシャーとして返ってくる。
こんなプレッシャーと5年間闘って、ようやく本番になり、1999年の年末には、⽶国の5チーム全部に勝ち、予選ではあったが世界2位になることができた。
リーダーの責任とプレッシャー
リーダーは責任を取ってプレッシャーを受けなければならない。私の例など⼩さな⽅だ。経営者の⽅も毎⽇責任を取り、プレッシャーを受けているはずだ。
オバマ⼤統領の責任とプレッシャーは何万倍も⼤きいし、暗殺のリスクさえ抱えている。⼀⽅では、残念ながら⽇本の⾸相が責任とかプレッシャーを負っているように⾒受けられない。リーダーの資質が⽋落しているのだろう。⾃ら、責任とプレッシャーを⾃分に課し、担うのがリーダーだ。
⾦融危機以前から⽇本の⼒は落ち続けている。国⺠1⼈当たりGDP(国内総⽣産)の順位は低下し、最⼤の競争⼒である⾃動⾞やエレクトロニクス分野さえ苦戦を強いられ、貿易収⽀は3カ⽉連続で⾚字に転落している。
国の予算案は、いろいろな解決策つまり対症療法的なものが多すぎると思う。難しい経済情勢の中で、これに⽴ち向かう多数の解決策や対症療法を⽤意するのはごく初歩的な経営だ。
国の経営にも、企業の経営にも、もっとビジョンが欲しいと思う。ビジョンなしではコンセプトやモデルに新しいものが⽣まれてこない。
こんな今、⽇本にとって⼀番⼤切なのはビジョンの⼒を取り戻すことである。
「もう⼀度ジャパン・アズ・ナンバーワンと⾔われよう」
「⽇本が科学と技術で環境問題を解決するリーダーの役割を果たそう」
「21世紀型の新しい製造業を創造しよう」
「⽇中韓で協⼒してアジア型経営を創造して世界に広めよう」
ビジョンを設けて、ビジョンの実現を
ビジョンが最⼤の⼒を持つ。そしてそれを実現するためにはコンセプトとモデルを創造することが必要で、⼀番難しいことだ。新しいモデルができれば、それをソリューションで実⾏形にすればいい。これがビジョンから始まる正しい価値創造のプロセスだ。ビジョンは新しい価値を創造することだ。
国にとっても、企業にとっても、ビジョンは最⼤の⼒であることをもう⼀度確認したい。
本来、政治家と⾏政担当者の最も重要な仕事はビジョンを提⽰し、賛同を求め、それを実⾏することである。ビジョンも提⽰できず、新しいコンセプトやモデルを 提案できず、現出した事象に対する対症療法を繰り返すような政治や⾏政の限界は 古来、明確である。ビジョンを定め、それを実現するシステムを設計する⼒も取り 戻さなければならない。定額給付⾦は最低レベルのソリューション型政策である。2 兆円は国の教育予算の80%に相当するのだ。
⽶国のバラク・オバマ新⼤統領もビジョンの⼈だから⽶国⺠に⽀持されたのだろう。これからビジョンを実現するシステムとモデル作りを具体的に⾏う努⼒の過程で真価が問われるだろう。
⽇本には、ビジョンとビジョンを実現するリーダーが必要である。
WRITERレポート執筆者
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宮田 秀明
社外取締役
プロジェクトマネージャの先駆者、企業リーダー育成の第一人者であり、東京大学教授時代には様々な社会変革のプロジェクトを実行し、2011年に日本学士院賞、恩賜賞をそれぞれ受賞。その後同大学名誉教授に就任し、ビックデータ解析のスペシャリストとして学術的にもトップクラスを走る。東日本大震災を受け植村と共に気仙広域環境未来都市のプロジェクトマネージャに就任。インデックスコンサルティングの先導性に理解を示し、2017年から同社に参画。
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