REPORTレポート
リサーチ&インサイト
トップダウンとボトムアップの共存を考える
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2008年12⽉
ある情報システム会社の⽅々と会い、初めて会⾷した時のこと。30 分ほど話した頃、この情報システム会社の⽅に⾔われた。「ウチと競合していますね」。
経営システム⼯学という新しい分野の研究をテーマにして、すでに5〜6年が経過した。ITと数理を駆使することで、新しい経営法や新しいビジネスモデルを創り出すことを⽬標にしている。
毎年、企業と守秘義務契約を結び、経営データをマイニングすることから始めている。⾊々なビジネスに共通することも少なくないのだが、それぞれのビジネス特有の難しさもある。だから、現実の経営データの分析は不可⽋だ。5⽉頃からデータマイニングや解析作業を進めながら、共同研究者である学⽣の成⻑を待っていると秋になってくる。そして、11⽉、12⽉、1⽉の最後の3カ⽉が⼭場である。たくさんの解析結果から問題点を明確に⽰して、そこから、できれば根本的に改善する新しいシステムやモデルを創り出すことができるようになるのは毎年この3カ⽉になる。
新しいビジネスモデルの実⾏には組織マネジメントが必要
締め切りが迫らないとエンジンが全開しないスチューデント・シンドロームは、なかなかなくならない。どんなに密着指導しても、本当にエンジンがかかって顔つきにも真剣さが出てくるのは10⽉か11⽉頃になってしまう。しかし、そこからのパワーの出し⽅は私も驚くくらいの時もある。そうして毎年たくさんの成果が出て、企業側で実装して経営改善ができる例も少なくない。いくつかの特許も出願した。
こんな産学連携の現場重視型の研究開発を⾏っていて最後にぶつかる壁は、対象企業や対象ビジネスの組織と実務者の壁である。新しいモデルやビジネスがシステム的に優れていたとしても、企業がこれを活かす組織、これを活かす社員に変化してくれなければ最終的な効果は出な い。しかし残念ながら、実際には、現在の組織やビジネスプロセスを変化させないままで、新しいビジネスを実⾏しようとしたり、ひどい場合は変化に抵抗する動きが出て来たりすることも少なくない。
変⾰を実⾏して実現させることは難しい。抵抗勢⼒は⾄る所に発⽣するのだ。ちょっと気を緩めれば変⾰のリーダー役の⼈の中にさえ抵抗勢
⼒が発⽣しかねない。新しいビジネスモデルを実⾏したり新しいサービスを開始したりする時には、そのモデルの論理的合理性や斬新さが必要なのだが、同時に、それを実⾏するための組織マネジメントの⽅法とそれを実⾏するエネルギーが重要である。
⺠間企業だけではない。地⽅公共団体についても同じことが⾔える。地⽅公共団体の経営には改善すべきことが多い。もし⺠間企業だったらとっくに倒産しているような団体も多いようだ。地⽅公共団体の⻑は選挙で選ばれるので、候補者は、新しい⾏政サービスや新しい経営モデルを提唱して選挙を戦う。選挙で選ばれた⾸⻑は、⼈柄だけでなく、公約した⾏政サービスや経営モデルが有権者に評価されたわけである。
選ばれた以上、公約を実現しなければならない。この段階は、新しい経営システムが開発されて実装実⾏へ向かう段階と似ている。その公約を実現できるように組織を改造し、実務者が仕事に対する考え⽅を変えない限り公約の実現はおぼつかないのである。
⾸⻑に選ばれた時点から、いきなり職員と対⽴し、まるでケンカをしているような姿を⾒かける。このように組織マネジメント能⼒が⼗分でない⽅が⾸⻑になる場合は、⾸⻑の意欲にかかわらず、公約の実現が危ぶまれる。
組織マネジメント⼒がなければ、変⾰を実現することは難しい。組織マネジメントが⼤変難しいのは、⼈という⼀番難しいものを経営することだからだ。
ボトムアップのムーブメントを起こせる⼈は少ない
組織マネジメントの要諦の1つは、トップダウンとボトムアップの⼿法を併⽤すること。ビジョンを持ったトップが正しいビジネスモデルを獲得して、メンバーを引っ張っていく。そして同時に組織の現場に近い階層にビジョンや成⻑や進化を信じさせ、⾃発的な盛り上がりと、下からのムーブメントを起こすことが⼤切なのだ。トップダウンの経営を⾏える⼈は多いが、ボトムアップのムーブメントを起こせる⼈は少ない。
⼤きな構想⼒と⼤きな⼈間⼒が要るからだ。
ほとんどの優良企業の経営者はトップダウンの経営⼒とボトムアップの経営⼒を兼ね備えている⽅だ。トップダウンの経営⼒だけで成功した例はほとんどないと⾔ってもいいかもしれない。地⽅公共団体の⾸⻑の⽅々も、このことをよく知ってほしい。⾸⻑と職員の⼦供っぽい対⽴はリーダーのマネジメント⼒の低さを⽰しているが、このような経営が多いと、⽇本の⾏政の経営⼒の低さが、国⺠の作り出した価値を減損することになってしまう。
1998年から1年半の間に、東京⼤学⼯学部の不⼈気4学科を廃⽌して⽇本初のシステム創成学科を作った時、トップダウンの⼿法とボトムアップの⼿法をうまく併⽤して組織改⾰を⾏うことができた。⼯学部の企画委員と船舶海洋⼯学科の専攻⻑を務めていた私は⼯学部⻑の命を受けて、⻑く定員割れが続いている4学科を廃⽌して新学科を作るプロジェクトに取り組んだ。⼯学部にも変化が必要だったのだ。
まず、⼯学部の⽅針を受けるだけでなく、⽂科省とも相談し、変⾰への⼤きな⽅向性を定めていきながら、4つの学科の私を含む4⼈の専攻
⻑に各学科の意⾒集約を依頼した。⼯学部の各学科の経営がかなり⺠主的に⾏われたことが幸いしたと思う。4つの学科はすべて教員全員の会議を開いて議論してくれた。
「今⽉の⼟曜⽇は毎週のようにこの会議ですよ」。ある専攻⻑に⾔われた。教員はそれぞれ講義や学会活動があるので、全員揃うのは休⽇でないと難しいこともある。
変⾰に不熱⼼なのは古⼿で、熱⼼なのは若⼿という構図は⼀般的なもの。私より年⻑のほとんどの教員はこの変⾰に反対だったと思う。だから、たくさんの会議の結果、彼らが渋々納得してくれたとしても、変⾰の⼒になってくれるほど賛同して動いてくれるとは予想できなかった。
私のトップダウンの説得交渉が成功するまでに5カ⽉の時間が経ち、その次の⽂科省との交渉は⽐較的短期間で終わった。学科の廃⽌と設⽴は⽂科省の許認可案件なのだ。問題はこの改⾰を形だけでなく実質的に成功させることができるかどうかだった。名前や形や組織は変わって も、中⾝が昔のままでは意味がない。
改⾰はトップダウンだけでは成功しない
東⼤の教養学部には、アンダーグラウンドの情報誌があって、本郷の専⾨学部への進学情報を流している。私たちの動きを察知して書かれた記事には、「今までの多くの例のように、形と名前を変えて、学⽣を誤魔化そうとしている」とあった。この記事を持ってきた助教授に私は⾔った。「こんなレベルの話は無視しなさい」。
若⼿教員からのボトムアップの動きをプロモートして⾏ったのは、新学科のデザインである。4学科をシステム創成学科に⼀体化して、新学科に4つのコースを設けることにしたのだが、若⼿の教員にこの4つの コースのデザインを⾃律的に⾏うよう依頼したのだ。しかも、4つのコースのデザイン・プロジェクトは相互に競争させるようにした。新学科のデザインにはたくさんの議論とたくさんのアイデアが要る。この新学科の設計を⾏って、実質的な主導権を握るのは若⼿の助教授になった。
「講義を減らしてプロジェクトベース教育を⼤幅に増やす」「海外研修をカリキュラムに加える」「⺠間の⽅の講義を増やす」など様々な新しい教育プログラムが発案されたのは、若⼿教員によるボトムアップ活動の成果だ。
トップダウンとボトムアップの活動が両⼑として働いて、システム創成学科は順調に成⻑していっている。名前と組織を変えただけだという悪⼝はすぐに消えてしまった。4つのコースのうち「知能社会システムコース」は創設以来8年間⾼い⼈気を保ち続けている。今年も26コース中3位の⼈気だった。
改⾰はトップダウンだけでは成功しない。ボトムアップの活動を活発にするマネジメントは必要不可⽋なのだ。
企業でも都道府県でも国でも同じだ。トップダウンだけでなく、ボトムアップの変⾰を⼤切にする経営が成功への道なのだ。
WRITERレポート執筆者
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宮田 秀明
社外取締役
プロジェクトマネージャの先駆者、企業リーダー育成の第一人者であり、東京大学教授時代には様々な社会変革のプロジェクトを実行し、2011年に日本学士院賞、恩賜賞をそれぞれ受賞。その後同大学名誉教授に就任し、ビックデータ解析のスペシャリストとして学術的にもトップクラスを走る。東日本大震災を受け植村と共に気仙広域環境未来都市のプロジェクトマネージャに就任。インデックスコンサルティングの先導性に理解を示し、2017年から同社に参画。
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