REPORTレポート
リサーチ&インサイト
実証実験よりもシミュレーションを
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2010年6⽉
24歳で就職した私が最初に配属されたのは、船舶基本設計部でLNG(液化天然ガ ス)船の開発設計を⾏う課だった。そこで2週間の研修を終えた私に与えられた最初の仕事が、LNGタンクのウォーミングアップ、クーリングダウンのシミュレーショ ン法の開発だった。
LNG船はマイナス162℃で液化されたメタンガスを運送するのだが、点検や修理の時は常温に戻さなければならない。これがウォーミングアップだ。点検や修理が終わったらマイナス162℃に冷やさなければ、LNGを積むことができない。この両⽅のオペレーションを12時間以内に⾏えることがLNG船の運航にとって必要なので、それをシミュレーションする技術の開発をしなければならなかった。
伝熱の問題は苦⼿だったが、2カ⽉⾜らずでシミュレーションのソフトウエアを何とか完成させた。フォートランという⾔語で書いたソフトウエアだったが、プログラムをご存じない課⻑に、新⼊社員の初仕事を理解してもらうのに苦労したことを 思い出す。これが「時間進⾏シミュレーション」との初めての出会いだった。
「開発」段階で設計を誤ると、未来は拓けない
東⼤に転職してからも流体⼒学の時間進⾏シミュレーションに取り組んだ。1979 年から約20年の間、これが最⼤の研究テーマだった。
実験を⾏う前にコンピューターシミュレーションを⾏うという開発⽅式は、この20年間に⾊々な分野で急速に普及した。
すべての事業は、「研究」「開発」「実証」「普及」の4段階を経て実現される。この4段階のうちで「開発」は、最も本質的な成否の分かれ⽬の段階と⾔ってもいいだろう。ここで⽅向を誤ると先がない。開発の段階は設計の段階でもあり、この段 階の有⼒なツールが「シミュレーション」なのである。
アメリカズカップのプロジェクトでは4年間レース艇の開発設計を⾏ったのだが、最も⼤切な⼿段がコンピューターシミュレーションで、2番⽬が実験設備を使った実験だった。シミュレーションは当時低価格化が進んでいたワークステーションを使 ったので、費⽤対効果も⾼かった。実験も⽋かせなかったが、費やす時間と費⽤が⼤きく、効率の良いものではなかった。実験に使うヨットの模型の製作にかかる費
⽤だけで技術チームの総予算の25%を超えていた。
シミュレーションに取り組む前に⾏うのは「システム設計」である。環境問題で は、どのようにすれば、効率の良い電⼒社会システムが設計できるかを競わなくて はならない。「再⽣可能エネルギー発電の導⼊法」「⼆次電池の活⽤法」「情報システムの活⽤法」「新しい電⼒経営モデル」の4つを組み合わせた新しい社会システムを設計することが求められている。
電気⾃動⾞も単なる移動⼿段にとどまらず、地域電⼒社会の主要プレーヤーの⼀つになるかもしれない。⾵⾞や太陽電池や⼆次電池はどこにどれだけの量を設置するのか、ウィンドファームやメガソーラーのような⼤規模集中型なのか、⼀⼾⼀⼾に太陽電池と⼆次電池を配置する分散型または地産地消型にするのかというのは⼀番⼤きな選択肢である。
時間軸上で電⼒の社会システムを動かす
電気⾃動⾞の普及に適している地域なら、電気⾃動⾞の⼤きな蓄電量を地域社会 システムの有⼒プレーヤーとして組み⼊れることもあるだろうが、電気⾃動⾞を加えた5つを組み合わせてシステムを作ることは⼤変複雑で難しい。問題をさらに難しくしているのは、電⼒需要も再⽣可能エネルギー発電も、時間とともに常に変動す るということだ。簡単な計算や簡単な組み合わせで計画や設計をすることは不可能 に近い。
だから、電⼒経営シミュレーターを作って、1年間365⽇、1⽇を30分ごとの48段階に区切って、電気の⽣産、貯蔵、消費を時間軸上で再現したり、未来を予測でき るようにすることが必要だ。
⾊々なところでスマートグリッドやスマートコミュニティーやスマートハウスの実証実験が⾏われているが、もっと⼒を⼊れなければならないのは、電⼒社会システムのシミュレーション技術だと思う。
私たちの⾏っているシミュレーション法では、⾊々な再⽣可能エネルギー発電装置、送電網、⼆次電池、様々な機器を組み合わせたハードウエアシステムと、消費モニタリング、⾃然エネルギー発電の発電予測、⼆次電池の充放電管理、電気の融通法などで構成されるソフトウエアシステムをコンピューター上に構築し、1年間365⽇その地域の需給データを使って時間軸上で電⼒の社会システムを動かしていく。
このシミュレーションによって、系統電⼒からの電⼒購⼊量の削減率、ピークカット率、CO2排出量の削減率が出⼒されてくるし、365⽇間の30分毎の変化を可視化することもできる。
このような時間進⾏シミュレーション技術によって、スマートグリッドやスマートコミュニティーやスマートハウスの最も優れた設計を⾏うことができる。
これらの最適な電⼒システムは地域ごとに異なった設計になる。刻々と変動する⾃然環境も需要変動も地域によって異なるからだ。沖縄のあるリゾート地のゼロエ ミッション化のシミュレーションを始めた時、昼夜の電⼒需要の平滑化のアルゴリ ズムを⽤意していたのだが、実際に過去の需要データを⾒てびっくりした。このリ ゾート地では2⽉、3⽉には電⼒需要の昼夜変動がないのだ。温暖な沖縄ならではのことだった。
低コストで答えを得ることができる
激しく変動する需要と⽣産に対して、どのようなシステムが最適かを求めるという問題は、⾮線形で難しい問題である。だから時間進⾏のシミュレーションを使わないと正しい答えに近づけないだろう。
シミュレーションのいいところは、コンピューター上でシステムを⾊々に変えてみることも、ほとんど費⽤をかけずにできることだ。異常な気候変動状態を仮想的に作って最も危険な状態のシミュレーションを⾏い安全性の評価を⾏うこともできる。再⽣可能エネルギー発電導⼊の効果は、⼆次電池を導⼊することによって⾼くなるのだが、どの程度の蓄電容量で⽌めるのが採算上優れているかも分かる。
シミュレーションの有利さの⼀つは未来予測にも使えることだ。現段階では⼆次 電池は⾼価で実証実験に使うには限界がある。電気⾃動⾞(EV)はまだ⼤量⽣産されていないから、EVを家庭やグリッドと結ぶ(V2H、V2G)電⼒社会システムの実証実験は、現在ではごく⼩規模でしか⾏えない。
しかし、シミュレーションでは例えば宮古島の7000⼾に太陽電池とEVが備えられたとしたら、この地域の電⼒社会はどのように経営すべきかという未来の答えを得ることができる。
電⼒社会の時間発展シミュレーションにもっと注⽬し、⼒を⼊れるべきだ。
WRITERレポート執筆者
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宮田 秀明
社外取締役
プロジェクトマネージャの先駆者、企業リーダー育成の第一人者であり、東京大学教授時代には様々な社会変革のプロジェクトを実行し、2011年に日本学士院賞、恩賜賞をそれぞれ受賞。その後同大学名誉教授に就任し、ビックデータ解析のスペシャリストとして学術的にもトップクラスを走る。東日本大震災を受け植村と共に気仙広域環境未来都市のプロジェクトマネージャに就任。インデックスコンサルティングの先導性に理解を示し、2017年から同社に参画。
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