REPORTレポート

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FM事例紹介3:神奈川県住宅供給公社「持続可能な社会構築のための広域FM」(2019年度 最優秀ファシリティマネジメント賞:鵜澤賞 受賞) 〜 前編 〜

(※公開されているFM事例のご紹介で、当社の業務実績事例ではありません。)

優秀なFM事例として、これまで、「東京都板橋区の公共FM」と「富士通株式会社の新しい働き方とオフィスのFM」を、ご紹介しました。

今回は、公共分野ではあるものの、そこに限りなく民間企業の経営手法をとりいれたユニークな組織の、大規模住宅を中心にまちづくりにも挑むFM事例、「神奈川県住宅供給公社」の「持続可能な社会構築のための広域FM」(2019年度 最優秀ファシリティマネジメント賞:鵜澤賞受賞)をご紹介しましょう。なお、壮大な取り組みのため、前編・後編の2回にわたって掲載いたします。
 
神奈川県住宅供給公社
 写真:神奈川県住宅供給公社HPより 神奈川県住宅供給公社 (kanagawa-jk.or.jp)

神奈川県住宅供給公社の設立からバブル崩壊まで
神奈川県住宅供給公社は、第二次大戦で焼け野原になった神奈川県内における公的な住宅供給機関として、今から72年前、1950年に設立された組織です。

その後、戦後復興期を経て1970年代初頭まで続くいわゆる高度経済成長期に、神奈川県では、京浜工業地帯を中心とした多種多様な産業の飛躍的な発展と、それに伴う急激な人口集中が起きました。東京まで1時間余という地の利の良さも、通勤圏としての人口増加を加速させました。

その人口増加による住宅不足の解決策として、県内各地において大規模団地の開発が行われました。当時建設された、鉄筋コンクリート造、水洗トイレ、ダイニングを完備した集合住宅は「夢の団地」といわれ、大変な人気を博しました。

しかし、1990年代初頭のバブル崩壊に伴う不動産市況の低迷により、公社も莫大な負債を抱えて債務超過寸前の危機に陥り、郊外部の大規模開発終了・分譲事業からの撤退を余儀なくされ、公社解散や民営化が議論されるまでの事態となりました。
 
神奈川県住宅供給公社の再構築
瀕死の公社を何とか立て直そうと、2013年に、新たに民間から理事長を迎え、公社として組織・体制を刷新し、事業を保有物件の賃貸事業に特化して再スタートをきりました。この新理事長こそが、日本にFMが公に紹介される以前からずっと、いくつもの外資系企業でFMをリードしてきた「FMのプロ」でした。

その後、県内で、人口・経済縮小、超少子高齢化、建物の老朽化が進む中、賃貸住宅114団地13,500戸、高齢者施設970室を保有する公社は、全保有資産を利活用して、持続可能な社会を構築する新方針を打ち出しました。資産価値の向上「ファシリティとしての団地再生」と公社の経営見直し「経営マネジメントとしての公社再生」を融合した大規模な経営改革でした。

団地再生を目指し、まず、県内に広く分散された施設全てを集中管理する「広域FM」として、全保有資産のポートフォリオ・マネジメントを行いました。

この経営改革推進ツールとして導入されたのが「公社統合FMシステム」です。 これにより13,500 戸の住宅の住戸単位での管理が可能になりました。入居者募集窓口であるコールセンターの内製化で、顧客ニーズの把握が容易になり、入居契約・顧客情報、部屋の修繕履歴などの情報を一元化して業務改善をはかり、わずか80名(当時)の職員で、膨大な戸数の住宅管理を効率的に行えるようになりました。コロナ前からテレワークも導入し、職員の満足度も向上しました。 
 
地域や住民を巻き込む“しかけとしくみ”による幅広い活動
築50年以上の老朽化した大規模団地については、建物単体の修復だけではなく、地域や住民を巻き込む“しかけやしくみ”をつくって「地域創生」につなげる活動を、二宮町の二宮団地や相模原市の相武台団地などで実施しています。

ライフスタイルやライフステージの変化に対応して、生涯賃貸ライフを可能にする賃貸住宅事業に取り組みました。各ライフステージのニーズに合わせて各団地をリノベーションし、広域的に再構成しました。住み続けることで高齢化しがちな古い団地に、若者のニーズを取り入れて若年層の入居者を呼び込み、多様な世代の共存をはかって地域を活性化しています。

「生涯自立」を掲げる高齢者住宅事業は、建物整備だけでなく、運用面を大幅に改革しました。入居者の心身の自立を促すべく、栄養士監修のバランスの良い食事をレストランシェフが提供する方式に変え、スポーツメーカーと連携して運動プログラムにも力を入れています。また、若手アーティストを起用した合唱サークルや絵画教室などの文化活動も盛んです。特に合唱は、各施設の入居者が一同に集まって、神奈川県民ホールでコンサートを開催するまでになりました。複数の大学と連携して、高齢者の健康や介護に関する研究活動も進めています。

公社が所有入居する横浜中心部のオフィスビルも、日本大通に面した1階を、お洒落なカフェ併設の“Kosha33”<人・まち・住まいをつなぐ33番地>として開放し、公社事業の発信に加え、地域のセミナーや会合に利用されています。
 
SDGsへの取り組み
SDGsというワードを見ない日はない昨今ですが、公社は、2013年の再スタート時点から、「持続可能な社会構築のための広域FM」を掲げた活動を展開してきました。SDGs未来都市に選定されている神奈川県にあって、公社も「かながわSDGsパートナー制度」の一員として、様々なSDGsへの取り組みを行っています。

二宮団地・相武台団地など老朽化した団地の利活用としての地域創生だけでなく、フロール元住吉など新築物件でも、居住者と近隣住民の交流をはかる地域交流拠点としてのコンセプトを盛り込んだまちづくりを行っています。新しいコンセプトで運営する高齢者施設も、健康・福祉を実践するSDGs活動であることはいうまでもありません。

その他、中井町の公社所有地14haに、4万枚の太陽光パネルを敷設し、県・中井町・民間業者と連携してメガソーラー事業を展開し、一般家庭2870世帯分の電力供給が可能です。建設時に伐採した樹木は、公社保有施設の建替えや内装材として再利用された点も、全体最適をはかるFMを実践する公社ならではのSDGsの取り組みです。
 
神奈川県住宅供給公社の経営再建
公社の経営に関しては、県や金融機関からの財政的支援を受けながら、上記のような懸命な経営改善を図り、AA+の高い格付と低金利を追い風にした財政再建を行いました。その結果、再生スタートから7年後の2020年には、経営目標の「神奈川県からの財政的自立」を図ることができました。
 
この神奈川県住宅供給公社の7年間のFM活動は、FMの財務・品質・供給の3つの視点を、バランスよく、長期的・戦略的に展開した、経営手法としてのすばらしいFM実践事例といえます。

二宮団地、Kosha33、中井メガソーラー発電所など個々のFM実践事例については、次回、後編で、詳しくお話しします。
 

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