REPORTレポート
面白いほどよく分かるファシリティマネジメント講座
FM事例紹介2:富士通株式会社「ニューノーマルにおけるBorderless Officeの推進」(2021年度 優秀ファシリティマネジメント賞受賞)
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(※公開されているFM事例のご紹介で、当社の業務実績事例ではありません。)
前回は、2021年度日本ファシリティマネジメント大賞最優秀ファシリティマネジメント賞(鵜澤賞)を受賞した、東京都板橋区の公共FMの事例をご紹介しました。残念ながら最優秀賞は逃したものの、民間企業も、株式会社リクルート、富士通株式会社、株式会社竹中工務店の3社が、優秀ファシリティマネジメント賞を受賞されました。
その中から、富士通株式会社のFM活動「ニューノーマルにおけるBorderless Officeの推進」をご紹介しましょう。
コロナ禍「オフィスの面積を半減する」と話題に
2020年1月、コロナ感染拡大による緊急事態宣言が発令され、多くの企業が在宅勤務を余儀なくされ、出社率が大幅に低下する中、オフィスの面積削減を検討する企業も出始めました。そんな矢先、『富士通がオフィスを半減させる』という衝撃的なニュースが、2020年7月に発表されました。しかしながら、これは単なるコロナによるオフィス縮小の先駆けなどではなかったのです。
富士通は、地球規模の持続可能性に関する脅威が顕在化しているVUCA時代にあって、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスに定めました。そのパーパス実現に向けた取組みとしてコロナ以前から検討されていた「ニューノーマルを見据えた新たな働き方への変革:Work Life Shift(WLS)」の一環が、オフィス削減だったのです。
富士通のFM担当者は、オフィスの半減ばかりが注目される中、計画全体を理解してほしいこともあって、JFMA賞に応募したと語っています。
ニューノーマルを見据えた働き方改革Work Life Shift(WLS)とは?
メディアからは「てんこ盛り」と揶揄される、富士通の「ニューノーマルを見据えた働き方改革WLS」のコンセプトは、「リアルとバーチャルの双方で常につながっている多様人材が、イノベーションを創出し続ける状態をつくるニューノーマルな世界において、『働く』ということだけでなく、『生活』をトータルにシフトし、Well-Beingを 実現する」ということ。
このコンセプトは、次の3本の変革の柱で構成されています。
①Smart Working 最適な働き方の実現
②Borderless Office オフィスの在り方の見直し
このコンセプトは、次の3本の変革の柱で構成されています。
①Smart Working 最適な働き方の実現
②Borderless Office オフィスの在り方の見直し
③Culture Change 社内カルチャー
1本目の柱Smart Workingは、いわゆるジョブ型人事制度のもと、「社員は原則テレワーク勤務を基本とする」(製造拠点や顧客先常駐者などを除く)ということです。具体的施策としては、コアタイムの撤廃、通勤定期代支給の廃止、単身赴任の解消、在宅勤務にかかる通信料や光熱費などへの補助金支給(月額5千円)など環境整備サポート、スマートフォンの徹底活用などです。
この新しい働き方では、仮想デスクトップサービスと呼ばれるAIを活用したシステムが利用され、社員の業務内容の見える化による課題抽出や生産性向上、テレワーク環境下でのコミュニケーション活性化がはかられています。
また3本目の柱Culture Changeの根幹はジョブ型人事制度で、1on1 Meetingやストレス診断、社員のPurpose Carvingなどが導入されました。
WLSの2本目の柱「Borderless Office(BO)」の取組み
国内で約8万人の社員が働く富士通グループは、全国に約440ケ所(うち380ケ所は賃貸)の事業所を展開し、その総面積は約120万㎡(36万坪)に及びます。BOの取組みを通じて、この膨大なオフィスを2023年3月末までに半減する計画です。
具体的には、テレワークをベースに、「通勤」「勤務地」という概念をなくして、働く場を下記3要素に再定義し、社員それぞれのニーズ、チームの状況に応じて、自律的に働く場を選択できるようにしました。
HUB | Face to Faceでコミュニケーション、コラボレーションを行う自社内のオフィス。約1年間で約4万坪(新設と改修)を整備。 |
SATELLITE | 高いセキュリティと安定したネットワークでコネクションを実現するための全国22拠点2500席の自社内サテライトオフィス、F3rd。 |
HOME & SHARED OFFICE | ソロワークに集中する場。在宅勤務が難しい場合も考慮し、住宅地も含め全国約1300拠点の外部シェアドオフィス10社と契約。1300拠点を社内で一括管理するシステムを導入。 |
富士通は、この3要素を、約1年という短期間で整備しました。ハード面だけでなく、従業員の固定観念を払拭するソフト・マインド面のボーダーレス化も進め、徹底的なペーパーレスをはかり、勤務地を特定してしまう郵便物の取扱いも見直しました。
HUBのひとつ、JR川崎駅直結のJR川崎タワーに開設した「FUJITSU Uvance Kawasaki Tower」は、従来の執務デスク環境とは全く異なり、フロアの約7割がコラボレーションエリアです。BGM・アロマ・Vision Wallなどの五感を刺激する工夫でフロアごとに異なる特性をもたせ、ABWに対応する多様なセッティングが用意されています。
新人教育や社内研修もこのオープンな場所で開催されるので、大きな会議室がいらなくなりました。各種の最先端テクノロジーの実証実験の場として、生体認証によるセキュリティシステムや、デジタルツールによるオフィス内の利用状況の可視化、コミュニケーション促進アプリなどが導入され、従業員自らの実践体験で、調査・評価・改善が行われています。(写真の出典情報)
新人教育や社内研修もこのオープンな場所で開催されるので、大きな会議室がいらなくなりました。各種の最先端テクノロジーの実証実験の場として、生体認証によるセキュリティシステムや、デジタルツールによるオフィス内の利用状況の可視化、コミュニケーション促進アプリなどが導入され、従業員自らの実践体験で、調査・評価・改善が行われています。(写真の出典情報)
オフィスの構成要素や構成割合、使用する家具のイメージの規定や最低限の遵守事項を記載したFMコンセプトブックをつくり、他のHUBオフィスも、全て同様のイメージ(スペース比率・機能・設備)に統一されました。
これらの新たな働く場の新設および改修に対する投資は、賃借コスト30%削減、動力・清掃費50%削減などによる原資によって賄われています。すなわち、単にオフィス面積縮小でコスト削減をはかるFMではなく、削減費用を大幅なオフィス改革への投資に回した、総合的なFMの取組みなのです。
WLSの成果
テレワーク勤務を基本に、BOを短期間で推進した結果、出社率は約20%(営業やSE部門は10%)となり、通勤時間は1人月約30時間程度 (113分/日) 減少しました。但し、通勤時間が減少した分、睡眠時間の増加などウェルネスへの効果もみられる一方、業務時間がやや増加する傾向(残業時間が前年比0.9時間/月の増)がみられ新たな課題となっています。また、1on1の実施やテレワークの綿密な時間管理など、管理職の負担がやや増加しているようです。
全国1300ケ所のSHARED OFFICEは、毎月8千人程度(利用対象者は約6万3千人)が、ソロワークやチームミーティングに利用しています。延べ利用回数は2万回/月、平均利用時間は6時間/回で、タッチダウンではなく長時間利用が多いようです。
また、テレワークと出張で対応できるので、約900名の単身赴任が解消され、該当社員のWorkとLifeの向上、家賃や交通費削減をはかることができました。また、業務時間中に業務を中断した平均回数は7倍に増え、時間をコントロールできることで子育てや介護をしやすい環境が実現されています。さらに300人以上の社員が副業を開始して知見を広められたなど、WorkとLifeの両方でエンゲージメントが向上しています。
制度・オフィス・ICTを三位一体で推進した変革
このような働き方の大変革WLSを短期間で実施できたのは、経営の強いコミットメントのもと、社員の声も反映しながら、制度・オフィス・ICTの変革を三位一体で推進したことによります。
なお、WLSは、未だ推進途上で、今後は、WorkとLife相互の充実によるシナジーに重点を置いたWLS2.0を展開し、男性育児参加100%の実現、さらなる副業やワーケーションの推奨などを推進するとのこと。DX企業として自ら実践したこれらの経験をデータとして見える化し、プロダクティビティの向上に加えてクリエイティビティを高める働き方を追求していくとともに、これらをITサービスとして顧客や地域の課題解決につなげていく、ビジネスとしての目論見もあるようです。
なお、WLSは、未だ推進途上で、今後は、WorkとLife相互の充実によるシナジーに重点を置いたWLS2.0を展開し、男性育児参加100%の実現、さらなる副業やワーケーションの推奨などを推進するとのこと。DX企業として自ら実践したこれらの経験をデータとして見える化し、プロダクティビティの向上に加えてクリエイティビティを高める働き方を追求していくとともに、これらをITサービスとして顧客や地域の課題解決につなげていく、ビジネスとしての目論見もあるようです。
日経新聞など複数のメディアは、「富士通はバブル崩壊後に大手企業の先陣を切って成果主義を導入するなど、人事関連の制度を積極的に取り入れる企業ではあるものの、見直しを迫られた苦い経験もあり、長年に渡る構造改革によって売上高が徐々に減少してきている中、今回の経営戦略を反映した働き方改革・FM戦略が功を奏して、生産性向上とイノベーション創出に成功し、再び成長軌道に乗せられるかが、富士通としての大きな課題である」と、コメントしています。
このように、今回の富士通の事例は、FMが、企業の経営戦略を反映した経営手法のひとつであることを、具体的に示した好事例といえます。
註:引用した画像の出典
WRITERレポート執筆者
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古阪 幸代
インデックスコンサルティング 顧問
富士銀行在職中に、ファシリティマネジメントに出会い、米国コーネル大学大学院で研究。シリコンバレーでのコンサルを経て、同銀行に復職し国内銀行初のFM部門を設立。コンサルタントに転身し、Genslerで東アジアの各社をコンサルした後、インターオフィス、明豊ファシリティワークス、三機工業等で代表・役員としてコンサル活動を継続。文科省・国交省・各種団体の委員・役員も歴任。自らもオフィスづくりに関わるネットワークWFMを1997年から主宰。会員600名超。一貫して、人を中心においた働きやすい環境を、経営戦略的に計画・構築・運営する戦略的FMを提唱・推進している。講演・執筆も多数。
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