REPORTレポート
リサーチ&インサイト
なぜ日本ではPFIが普及しないのか?
以前の投稿で、これからの災害復旧ではPPP(Public Private Partnership:官民連携)の視点を入れるべきだと書きました。これは災害復旧に限った話ではありません。今後、加速する少子高齢化と新型コロナに伴う経済対策の規模を考えると、社会インフラの整備や改修を財政支出だけでまかなうことは難しくなるでしょう。社会インフラの整備や改修にPPPを活用していくことは不可欠だと思います。
ただ、日本は諸外国と比べると、PPPの活用が盛んだとは言えません。国直轄の空港のコンセッション(PPPの一手法で、運営権を一定期間、民間の運営主体に売却すること)は進みましたが、有料道路や上下水道などの社会インフラはまだ道半ばです。PPPは官民連携であり完全民営化とは異なりますが、国、特に地方自治体には権限縮小と既存組織の人員削減につながるという警戒感や先入観があるのでしょう。
もっとも、日本でPPPが広がらないのは、PPPが真の意味で民間の技術とノウハウを活用する形になっていないことも一因です。今回は、PPPの一形態であるPFIの問題を深掘りしていきたいと思います。
全体のコストが増える可能性も
釈迦に説法ですが、PFIとはPrivate-Finance-Initiative(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)の略で、民間の資金と経営能力、技術力を活用し、公共施設などの建設や設計、維持管理・運営などを実施する公共事業の一形態です。質の高い公共サービスを効率的に提供するという目的のため、1990年代前半に英国で誕生しました。日本では1999年にPFI法が成立し、内閣府によると、これまでに740件のPFI事業が実施されました。
このようにPFIの目的は、民間の知恵と資金を使って非効率になりがちな公共施設の建設を効率的に進めることです。ただ、現実を見ると、PFIが建設費用の割高な分割払いにしかなっていないというケースが少なくありません。
PFIを活用した場合、行政は施設完成後、事業主体であるSPCに建設や運営、維持管理にかかる費用を毎年支払います。ただ、そのコストが高く、20年なら20年の運営期間のトータルコストで見ると、自治体が公共事業として作るより高くなってしまう事例は枚挙に暇がありません。
こういった状況を防ぐためには、民間の創意工夫で建設や運営にかかるコストを引き下げるとともに、事業収入(オペレーション収入)を増やして全体のコストを抑える必要があります。PFIの理念に立ち返れば、それが本来の目的のはずですが、必ずしも現状のPFIはそうなっていないケースが見受けられます。
その最大の要因はPFI法の改正以前に、建設会社や施設の維持管理会社など事業費の支出先に配慮した現場レベルの運用にあると見ています。
PFI事業で起こりがちな利益相反
PFIの事業主体を見ると、多くの場合、施設を建てる建設会社と維持管理を手がける企業が名前を連ねています。施設を建てる建設会社や維持管理会社が事業に参画して何が悪いのかと疑問を持つ方もいるかもしれませんが、ここには深刻な利益相反の生じる可能性があります。
本来、建設会社は事業に必要な機能を保有する施設を建設し、維持管理運営会社は事業を支えるにふさわしい維持管理サービスを提供することが責務です。もちろん、双方が適切なコストで、質の高いサービスを効率的に提供するしなければならないのは言うまでもありません。
一方、こうした企業がPFI事業に参画する(SPCに代表企業や構成企業として出資する)ことで、建設コストや維持管理コストをできるだけ引き上げたいというインセンティブが働くことは否めません。結果として競争原理が崩れ、建設や維持管理のコストの最適化ができなくなってしまう恐れが生じます。
PFIは公共事業の一種ですから入札があります。入札を勝ち抜くには技術力や提案力も重要ですが、日本ではそれ以上に行政が立てた予算内にコストを納めることが大きなウエートを占めています。
通常、赤字受注は許されないので、よほど重要なプロジェクトでない限り、建設会社や維持管理会社は無理をしません。ただ、その後の設計段階で建築の仕様や機能を見直したり、維持管理運営の仕様を変更し、長年にわたる運営コストで回収できたりするとなれば話は変わります。
初期コストは安いけれどトータルではどうか
これまでのPFI事業を振り返ると、建設会社や維持管理運営会社といった受注者が運営会社の主体の場合、往々にしてイニシャルコストが上がる傾向があるように思います。結果的にPFI事業の期間中に行政が支払う総額が、極端に言えば金利の高いリースの割賦払いと変わらないケースも見受けられます。行政として初期段階の支出は抑えられますが、これではPFI事業の本質である民間活力の利用にはつながりません。
運営会社のクライアントは行政であり、行政の向こう側にいる受益者である住民です。本来はさまざまな経営努力によってコストを抑えるべきですが、運営会社の経営のマジョリティを受注者が持っていれば、そのようなガバナンスは働き難くなります。結果的に、住民の利用料が上がる、サービスレベルが下がる、全体で税金の持ち出しは増えるといった事態が起こりえます。住民にとっていいことは何もありません。
ならば、受注者が運営主体にならないようにすればいいと思うかもしれませんが、そう簡単な話ではありません。多くの地方自治体が実施するPFI事業は建設会社や維持管理運営会社が運営主体になることを前提としており、運営会社の資格要件に公共工事の入札で求められる等級(ランク)が求められる場合がしばしばあるからです。なぜPFI事業者を入札する際に、施工者選定の公共入札での等級が必要になるのか理解に苦しみますが、実際にPFIで公共工事を発注する地方自治体の運用サイドの問題です。
本来、PFI事業は経費の削減やオペレーションの一新による収入増に重きを置くべきで、建設や維持管理の業者選定は公共工事の基準に照らして選定されたPFI事業者が責任を持って選定すればいいことです。また、道路や水道などの社会インフラは行政が運用を手がけてきたという経緯があり、日本には社会インフラ事業の運営実績のある事業者や新たに取り組もうという企業が少ないという別の課題もあります。
今後、老朽化が進む地方の社会インフラを整備する際には、官と民と受益者の三方良しは不可欠です。その実現にためにはこれまで述べてきたようなPFIを巡る諸問題を見直すとともに、早期にプロジェクトの成功事例を作り、企業の参画を促す必要があります。
地方自治法の規定も創意工夫の足枷に
さらに、PFI法と地方自治法の整合性にも問題があると思います。
現在、私が関与している愛知県新体育館(新アリーナ)の整備でも活用していますが、PPPで社会インフラを整備する場合、施設の建設や運営を手がける民間事業者のコスト負担を減らすため、施設を建てた後に施設の所有を行政に移す手法があります(「BTO=Build Transfer Operation」、あるいは「BT+コンセッション」)。
ただ、施設の所有を公共に移すと施設財産が自治体に移り、地方自治法が適用されます。地方自治法は地方公共団体の組織や運営について細かく定めた法律で、公共施設の利用料を条例で定める、あるいは定期的に発生する工事で施設に出入りする事業者を入札で選ぶ、勝手に民間広告を出してはならない、自販機を置いてはいけないなど、平等や機会の均等といった観点からさまざまな規制を課しています。
地方自治法の理念は尊重していますが、ことPPPという観点で見ると、地方自治法の規制が民間の創意工夫を制限している面は否めません。
例えば、アリーナなど施設の収入を増やす場合、民間の事業者は入場者数を増やすだけでなく、利用料を曜日や時間帯によって変えたり、施設の中に自販機を置いたり、フード&ビバレッジを充実させたり、VIPルームでエンターテインメントを提供したり、広告を掲示したりと、収益確保のためにさまざまな取り組みをします。ただ、地方自治法の規制があり、民間事業者が料金を自由に決めたり、スペースを自由に利用したりすることが難しい状況です。
また、愛知県国際展示場のコンセッションで実際に起きた一例ですが、運営会社の仏GLイベンツがイベントで必要な電気を得るため分電盤への接続工事を自ら実施しようとしたところ、日本ではイベントの主催者が工事するのが慣例で運営会社による工事は許容されていませんでした。電気工事業者を選定する際にも、自治体の基準を満たした業者の入札を経て発注しなければならず、実際の工事内容を考えるとかなり煩雑な手続きを必要としました。
安全性と効率性、民間活力という視点から、GLイベンツのような運営会社が一括して工事を進める方がいいのは言うまでもありません。下請けに出そうとした時に、どの業者を選ぶかというところから民間の創意工夫は始まっています。それをいちいち入札にすれば、コスト削減などできません。
さらに、料金設定の自由度を確保することも、PFIやPPPの成功のカギです。もちろん、公共資産に運営権を設定し、長期にわたって運営して収益を得る公共性の高い事業なので、闇雲に料金を上げることはできません。私の持論である「官・民・受益者の三方よし」という考え方からも、公共用途に帰する利用や住民の施設利用については自治体の条例の下、利用料金の上限を設定することが必要でしょう。ただ、民間の創意工夫という観点から、それ以外の料金設定については民間が自由に決められるようにすべきだと思います。
PFIやPPPの目的は、これまで行政が手がけてきたサービスを民間に委ねることで自治体の財政負担を減らし、受益者に対するサービスの質を向上させることです。例えば、アリーナに国際イベントや国際スポーツを誘致すれば、新たな需要創出と地方活性化につながる可能性があります。
PFI法と地方自治法の整理についてはPFIやPPPのプロジェクトを実際に進める中で、具体的な課題を解決し、成功事例として可視化していくことが重要だと考えており、私も国や愛知県と協議しながら最適解を探しているところです。すぐには無理かもしれませんが、PPPを進めるためには避けて通れない課題です。
前例踏襲のメンタリティも障害に
最後に、3つ目のポイントとして公共事業を発注する地方自治体についても触れておきます。社会インフラの整備や改修、運営にPPPを活用するには、アセットを持つ地方自治体がPPPに前向きに取り組む必要があります。ただ、一般論として地方自治体の職員、特に上級職員ほど、新しいこと、前例にないことをするのに、後ろ向きなケースが多々あります。道路や上下水道などのコンセッションも国との調整が必要になるため及び腰で、基本的には自ら率先してやろうとはしません。
前例踏襲で仕事をしていれば失敗がないかもしれませんが、これからは老朽化するインフラを整備するために自治体が知恵を絞り、新しい手法を取り入れていく必要があります。保守的な地方自治体を先導的な首長とともに牽引し、社会インフラPPPのプロジェクトマネジメントができる人材を地方自治体の内外に育てなければと日々、痛感しています。
WRITERレポート執筆者
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植村 公一
代表取締役社長
1994年に日本初の独立系プロジェクトマネジメント会社として当社設立以来、建設プロジェクトの発注者と受注者である建設会社、地域社会の「三方よし」を実現するため尽力。インフラPPPのプロジェクトマネージャーの第一人者として国内外で活躍を広げている。
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