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日本初の有料道路PPP(官民連携)はいかにして実現したか

道半ばの道路公団改革
 
2005年の道路公団民営化によって旧道路公団は東日本、中日本、西日本のNEXCO3社に分割されました。もっとも、民営化時点で約40兆円あった債務は減少していますが、株主は依然として国が主体です。サービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)の売上高は増大していますが、当初想定された株式公開のメドは残念ながら立っていません。
 
NEXCO3社の効率化は「民営化」という文脈で語られますが、実態を見ると特殊法人という組織形態を株式会社(高速道路株式会社法に基づく特殊会社)に変えたにとどまり、本格的な民営化が実現したとは思えません。
 
それに対して、愛知県が進めた愛知県有料道路のコンセッション(一定期間インフラの運営権を民間企業に付与する民営化の一手法)は実現できなかったことは多々あれど、現在の法的枠組みにおいて、できうる限りの民営化を実現しました。その意味で、現時点で最も成功した民営化案件だと断言できます。
 
私は愛知県の政策顧問として、愛知県有料道路のコンセッションに深く関わりました。それだけに、この案件には強い思い入れがありますが、ひいき目に見ても、愛知県におけるコンセッションは日本のインフラPPP(Public Private Partnership:官民連携)の中でも画期的なプロジェクトだったと思います。
 
道路初のコンセッションを実現するまでのプロセスは、今後のコンセッションを考えるうえで参考になると思うので、どのようにして民営化を実現したか、その内容を解説いたします。
 
料金収入は10%増の大幅超過
 
愛知県有料道路とは、名古屋市内から中部国際空港に向かう知多半島道路、名古屋市と東部丘陵地域を結ぶ猿投グリーンロードなど、8路線、計72.5キロにわたる有料道路です。もともとは愛知県道路公社が運営していましたが、道路におけるコンセッションの第一号として、愛知県は2016年に30年間の運営権を売却することに決めました。
 
入札では、前田建設工業を代表企業とするグループが1377億円で落札、現在は前田建設工業や森トラスト、大和ハウスグループなどが出資する愛知道路コンセッション(ARC)が運営しています。公社が事前に設定した最低落札価格は約1219億円でしたので、道路収入や経費削減のみならず、SA・PAの増設や沿線開発などによって、それ以上の増収が見込めると判断したということです。
 
有料道路の運営権を売却して5年近くが経っていますが、ここまでは想像以上の成果が出ています。
 
通行料収入は官民で配分ルールが決まっており、公社が事前に想定した料金収入に対してプラスマイナス6%以内の増収や減収はARCに、プラスマイナス6%を超える部分は公社の帰属(減収の場合は負担)になります。4年目の実績を見ると、公社の想定した料金収入の10%増と大幅な超過で、上振れした10億円あまりが公社に払い込まれることになります。
 
有料道路の収益が大きく伸びた理由は2つあります。一つの理由はコスト削減で、メンテナンス費用の効率化とコスト削減、そして人件費の削減が寄与しています。メンテナンスは最先端技術を活用したコスト削減に加えて、品質を保ちつつ、ややもすると過大になりがちな道路の管理基準やスペックの効率化を実現しました。また、運営組織は公社が運営していた時代は約100人の職員が業務に関わっていましたが、ARCは約50人です。それだけの人数で運営可能と判断し、段階的にスリム化を進めています。
 
利用者は公社時代に比べて1.5倍!
 
それでは削減した人員はどうしたかというと県からの出向者は県に戻し、残りの多くは地方創生事業としてARCが立ち上げた別の事業に配置転換しました。リストラせずに、配置転換で人材の最適化が可能になったという面で、ARCと県庁の両方にメリットがあったと思います。
 
こう書くと、コスト削減やリストラしただけのように感じるかもしれませんが、人員削減によるボトムラインの改善だけでなく、トップラインの向上ももちろんあります。
 
運営権を取得した後、ARCはSA・PAの魅力向上に着手しました。知多半島道路にある阿久比と大府のPAに地域と連携した着地型観光施設、“愛知多の種”を建築家の隈研吾氏の設計で建設しました。パティシエの辻口博啓さんのベーカリーや山形イタリアンで知られる奥田政行さんのイタリアン、「賛否両論」の笠原将弘さんのおにぎり屋など、著名な料理人のお店を展開しています。
 
運転中に立ち寄るのではなく、みんなが目指す最終目的地としてのPAをつくるということです。こういった取り組みは始まったばかりですが、公社運営時と比べて売り上げは1.5倍に伸びました。
 
これ以外にも、中部国際空港にある国際展示場の隣に高級ホテルが建設される予定です。今後は阿久比PAの隣に新たな複合型商業施設を建設するなど沿線開発を進め、近隣市町村の活性化を実現しつつ通行量を増やしていく予定です。インフラの民営化の際にこうした地方創生を民間活力で促進する事は大きな意味があります。
 
黒字の道路を民営化した理由
 
愛知県が有料道路の民営化を考え始めたのは2012年にさかのぼります。道路の民営化というと、赤字の状態だったと思う人も多いかもしれませんが、当時の有料道路公社は107億円の黒字でした。黒字の公社をわざわざ民営化する必要があるのかという疑問の声が上がったのも理解できます。
 
もっとも、民間企業が手を上げるのは対象となるインフラが儲かりそうだと思うため。利益が出ていなければ誰も手を上げないでしょう。コンセッションはインフラから通行料や使用料などの収益が上がっていることが大前提です。
有料道路のコンセッションを進めた大村秀章知事の意図は、収益力のあるインフラを民営化することで、行政サービス全体の質の向上と収益力を今以上に高め、地域の活性化を民活により実現することにありました。その意味においては知事の目論見通りになったと言えるでしょう。ただ、ここに至るまでの道のりは山あり谷ありでした。
 
愛知県有料道路のコンセッションで実現したかったことは3つあります。「償還主義をやめる」「利潤を確保する」「料金の自由度を実現する」の3つです。それぞれについて説明しましょう。
 
償還主義とは、道路建設のために借り入れた資金や毎年の維持管理費などを決められた期間内に、料金収入によって返済するという考え方です。
 
道路法に基づく道路は一般財源をベースにした公共事業が基本で、完成後は無料で提供するという原則があります。ただ、一般財源だけで道路をつくっていては時間がかかるため、借入金で道路をつくり、道路の通行料収入を返済に充てた上で償還後に無料開放するという仕組みができました。これが道路整備特別措置法に基づく有料道路です。この中には、高速自動車道、都市高速道路、本州四国連絡高速道路、一般有料道路の4つがあり、愛知県有料道路は4番目の一般有料道路です。
 
借入金で道路を建設する以上、償還という考え方は理解できます。ただ、利益を上げるという考え方がベースにないので、維持管理コストや人件費を除いた分は原則、借金返済に回さなければなりません。これでは、民間企業が参入するインセンティブにならないでしょう。
 
「償還主義」という高速道路の問題
 
さらに、料金プール制のために、赤字路線が存在したり、新規路線が建設されたりすればいつまで経っても償還が終わらないという問題も出ます。
 
料金プール制とは、高速道路を全国で1つの道路とみなし、全体にかかるコストを全体の料金収入でまかなう仕組みのこと。完成から50年が経過する東名高速道路は償還が終わり、無料化されていてもおかしくありませんが。いまだに有料です。それも、料金プール制によって新規の道路建設が続いたからです。
 
料金プール制によって単独では採算が取れない地方の高速道路が建設できて地方の利便性が高まった反面、政治的な利益誘導によって安易に道路が建設され、赤字路線が増加したという批判も少なくありません。
 
道路整備特別措置法では、道路の新設や改築を通して料金を徴収できる主体が都道府県などの道路管理者や、地方道路公社および高速道路会社に限定されており、民間企業が有料道路を運営することはできません。
 
その中で、道路コンセッションを実現するには道路整備特別措置法を改正する必要がありますが、償還主義とプール制によって有料高速道路が一気に建設されたという過去の経緯もあり、法改正にまで踏み込むことは困難な状況でした。「植村さん、そこまではやめた方が良い」と国交省の幹部に言われたのも事実です。
 
そこで、愛知県有料道路では国家戦略特区制度を活用しました。愛知県は2015年に国家戦略特区の指定を受けており、その枠組みを活用することにしたんです。ただ、国家戦略特区の活用で道路コンセッションは可能になりましたが、道路行政の根幹をなす償還主義をやめるには至りませんでした。
 
もっとも、利潤の確保と料金の自由度の実現という他の2つはある程度、実現しました。前述したように、償還主義の下では事業者が利益を上げるという前提に立っていないため、ごく一部の例外を除き、通行料収入から利益を上げることはできません。
 
そのごく一部の例外も、国が事前に積算した料金収入のプラスマイナス1%が事業者に帰属するという程度。アップサイドの上限がわずか1%では手を上げる民間企業はないでしょう。
 
ところが、今回の愛知県の場合は運営会社に帰属する部分をプラスマイナス6%まで引き上げることができました。
 
日本初の民間企業による道路事業の実現に向けた制度設計の中で、利潤の確保は最も高いハードルでした。事実、国との協議は難航を極めましたが、利潤が確保は今回のコンセッションを成立させる上で最も重要な要因。こちらも引き下がるわけにはいきませんでした。
 
幸いにして、国はインフラ事業の民営化に向け空港コンセッションに動き始めていました。また、柔軟かつ斬新的な考えを持つ幹部が各所を所管していたことも重なり、利潤の確保という最大のハードルをクリアすることができました。もう一度同じことをやろうとしても、恐らく実現できないでしょう。いつも思いますが、実現不能といわれるプロジェクトは、知恵と力と情熱の他に、タイミングと時の実力者による協力に恵まれないと叶わないものです。
 
このように、料金の自由度という点では、通行料金をある程度、自由に設定できるようになりました。
 
償還主義と料金プール制に基づいているため、高速道路の通行料金は償還期間内に借入金と利息がチャラになるように設定されています。しかも、全国を1つの高速道路とみなしているため、通行料金は全国で基本的に同じ(普通車で1キロあたり24.6円)。料金を変える場合も国土交通大臣に変更を申請し、認可を受ける必要があります。
 
ただ、価格が需給で決まるという経済学の原則を考えれば、混雑している道路とガラガラの道路で料金が同じというのはおかしな話です。需要が多ければ料金を上げ、少なければ下げるという運用があってもいいはず。それが、経営の自由度というものです。
 
愛知県有料道路コンセッションでは、この点についても実現することができました。年間の償還金額を維持する、大臣の許可を得るという注釈付きですが、実際にARCは繁閑に応じて料金を変えています。
 
社会インフラで三方よしを実現するには
 
もちろん、他の2つとて完璧ではありません。
 
国が積算した交通量を基に償還期間の通行料収入を決めると言いましたが、当時の道路公社による交通量推計は現状と比較しても低い数字となっていました。なぜかというと、対象路線の中で最も収益の多い知多半島高速道路は中部国際空港につながる基幹路線で、航空需要の高まりとともに交通量は増えているということが一つの理由です。
 
ただ、当初の交通量を低く設定しておけば、災害・経済リスクによる変動があっても確実に償還できます。また、上振れした分は剰余金として公社にプールし、将来の改修費用に充てることも可能になります。
 
このお金は道路の償還以外に支出することはできませんが、公社の一般管理費用への計上は可能になるので、公社の経営を甘くする要因になりかねません。今後は、有料道路による剰余金を地方自治体が必要な財源に幅広く利用できるような制度設計も検討すべきです。
 
愛知県道路公社が設定した約1219億円という対価(=最低落札価格)は償還期間内の通行料収入をベースに決めました。ただ、前田建設工業グループが1377億円と大幅に上回る価格を提示したように、これはかなり低く見積もられた数字でした。私は交通量推計を見直せば、本来は1400億~1500億円の対価も実現できると当時は考えていました。
 
この点について、従来の交通量推計を見直すというのは前述した償還の見直し論にも及びますのでハードルが高く、当時は残念ながら実現できませんでした。ただ、民営化してから3年以上が経過した今、中部国際空港のさらなる強化に向けて知多半島高速道路の整備計画を見直す必要があります。新たな投資を民間資金で実現するためには、交通量推計の見直しや償還期間の延長、6%のキャップを上回る利潤の確保など、さらに改革を進めていかなければなりません。
 
道路を含む社会インフラは公器。その公器を活用して収益を上げる事業がインフラのPPPでありコンセッションです。長期にわたって事業を営む民間事業者が受益者に対して透明性を保ちながら最適なサービスを提供するためには、インフラを所有する官を含めた三方(官・民・受益者)にリスクと利益を公平に分配する必要があります。そういった仕組みを構築できるかどうか。そこに社会インフラPPPの未来がかかっていると思います。
 
このように様々な苦労がありましたが、最終的に愛知県有料道路はコンセッションによって民間グループによる運営に変わりました。「新興国や途上国で増加するインフラコンセッション」で書いたように、アジア・アフリカ・そしてアメリカ含む先進国さえインフラ投資はPPP、そしてコンセッションが主流になります。私は、この愛知県で実戦した愛知モデルを海外のインフラ建設に活用しようと日々、悪戦苦闘しています。

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