REPORTレポート

代表植村の自伝的記憶

埼玉県八潮市の道路陥没事故で露呈した老朽下水管問題にどう対処すべきか?

埼玉県八潮市の交差点で起きた道路の陥没事故は日本社会に大きな衝撃を与えました。私も映像を見ましたが、突然、道路に空いた穴にトラックが頭から突っ込むなんて、にわかには想像できません。みなさんが驚くのももっともなことです。
 
ただ、下水管の劣化に伴う陥没事故は、実は毎年のように起きています。国土交通省が発表した「下水道管理メンテナンス年報(令和5年度)」によると、下水道の管路に起因する道路陥没は令和4年度に約2600件発生しました。そのほとんどは50cm未満の小さなものですが、100cmを超えるような陥没も2%起きています。
 
こうしたことを踏まえると、今回の八潮市のような大規模な陥没事故が起きることは、ある程度、予想されていたように思います。

下水道管理メンテナンス年報(令和5年度)
 
20年後には耐用年数を超えた下水管が全体の40%に

国交省によれば、2022年度末までに整備された下水管の長さは約49万kmに達しています。そのうち、標準的な耐用年数とされる50年を超過した下水管は約3万kmと、すべての下水管の7%程度ですが、10年後には約9万km(約19%)、20年後には約20万km(約40%)と、その割合は今後、急増していきます。
 
しかも、耐用年数を超えるのは下水管だけではありません。全国に約2200カ所ある下水処理場にも、機械・電気設備の標準耐用年数を超えた施設が2000カ所あり、全体の9割の施設で設備の老朽化が進んでいます。
 
ちなみに、上水道は下水道に比べると比較的新しいと言われていますが、50年以上を経過する浄水場施設は少なくありません。耐用年数を超えた水道管理の老朽化率も年々上昇しており、令和3年には、法定耐用年数を超えた管路は全体の22.1%に達しました。今のままでは、すべての水道管路を更新するのに140年かかると言われています。
 
 
 
もっとも、下水管や処理場の更新にはさまざまなハードルがあります。その最たるものは、維持管理や更新にかかる膨大なコストでしょう。
 
少し古い推計ですが、国交省は下水道の維持管理・更新費について、2019~2048年度の30年間の合計で、37.9兆円~38.4兆円と推計しています。これは下水道のみの金額で、道路や河川など他の分野を加えれば、当然、金額は膨れ上がることになります。
 
 
2025年度の当初予算案は115兆5415億円と過去最大ですが、税収ですべてをまかなえるはずもなく、2025年度の国債発行は28兆円余りを予定しています。社会保障費の歳出拡大が続く中、下水道の維持管理・更新の費用を確保するのは簡単ではありません。
 
さらに、問題を難しくしているのはデータの不足です。
 
そもそもどこに管が埋まっているかがわからない!

国はストックマネジメントのガイドラインを作り、下水道を管理する地方公共団体に効率的な点検・調査を促していますが、整備の時期や実際に埋設した場所がわからないことも多く、維持管理や更新のための計画を作る場合も、時期や場所がわかっている下水管だけを対象にしていることが少なくありません。
 
下水道の修繕計画を立てようとしても、そもそも更新が必要な管がどこにあるのかわかっていないケースがあるのです。
 
こうした状況に国は危機感を覚えており、2024年度以降、「ウォーターPPP」の導入を進めています。
 
ウォーターPPPとは、上水道や下水道、工業用水道など水分野の公共施設を対象にした官民連携の一手法。過去の記事でも書いてきたように、PPPは有料道路や公共施設などの社会・公共インフラを効率的に運営・整備するために活用されています。その中でも水を対象としたPPPがウォーターPPPです。
 
なお、PPPには、運営権だけを譲渡するコンセッションや、インフラの建設まで民間が関わる「BT+コンセッション」などがあります。その中でも「BT+コンセッション」は秩父宮ラグビー場の建て替えでも活用されたため、耳にしたこともあるかもしれません。政府が旗を振るアリーナの運営・整備でも、PPPが取り入れられています。
 
ウォーターPPPは、これまでの下水道管理の民間委託とは大きく異なります。
 
例えば、下水道の維持管理を事業者に委託する場合、従来は3~5年程度の短期契約が中心でしたが、ウォーターPPPでは契約期間を10~20年と大幅に延ばしています。
 
また、これまでは発注者である地方公共団体が要件や方法を定める仕様発注が中心でしたが、ウォーターPPPでは性能や品質要件を満たせば、具体的な仕様や方法は事業者に任せる性能発注を採用しています。
 
加えて、従来の民間委託は維持管理までで更新工事は入っていませんでしたが、今回のウォーターPPPでは、実際の更新工事まで民間に委ねています。
 
こうした自由度を与えているのは、事業者が長期的な時間軸でインフラ経営に当たれるようにするためです。
 
下水管や処理場の状況を調査し、老朽化の実態を把握したうえで、どこをどういうタイミングで修繕し、更新していくのかという部分を事業者の裁量に委ねることで、最適な維持管理・更新を実現しようとしているのです。
 
わずか80億円のコストで整備した秩父宮ラグビー場

ウォーターPPPの導入によって、受益者の負担が減ることは間違いありません。
 
先ほど挙げた秩父宮ラグビー場の場合、30年間の運営権の対価として、落札したグループが支払った金額は411億円、ラグビー場の施設整備費は489億円でした。つまり発注者である国から見れば、80億円ほどでラグビー場の整備ができたということです。
 
それでは落札したグループがどこで儲けるのかというと、秩父宮ラグビー場を活用したスポーツイベントの開催などで投資を回収していくことになります。私がかかわった愛知県アリーナでも、落札したグループは米プロバスケットボールNBAの試合やアーティストのライブなどを開催することで、アリーナの収益を伸ばすという計画を立てています。
 
こうした部分に自信があるため、秩父宮ラグビー場を落札したグループは411億円という運営権対価を提示したのだと思います。これが、民間の経営ノウハウに委ねるという意味です。
 
もちろん、秩父宮ラグビー場は東京の一等地にあり、収益が見込める特別な施設だという点は考えておく必要があります。下水道のように、料金収入が限定的なインフラ、あるいは公共の道路のように無料で使われているインフラの場合、料金収入で維持管理や更新のコストをまかなうことは難しいでしょう。
 
ただ、先ほど話したように、10~20年という長期間にわたって民間の事業者に経営の自由度を与えれば、デジタル化を含む最先端技術の導入が進み、行政が管理するよりも効率的にインフラを経営できるようになります。そうなれば、受益者のトータルの負担は間違いなく下がるはずです。
 
また、上水道に関して言えば、管路や施設の再整備の際に下流にある施設を上流に配置するなど高低差を利用すれば、大幅な省エネが進むことは間違いありません。既存の浄水場は人口の増加に伴って整備されたため、必ずしも上流にあるわけではなく、給水の際のポンプアップに膨大な電力を使っています。
 
このように、下水道の維持管理・更新に効果的なウォーターPPPですが、現状では不十分なところもあります。
 
求められる上下水道の一体的なマネジメント

ウォーターPPPには、「管理・更新一体マネジメント方式」と「コンセッション方式」の二つがあります。ともに長期契約で維持管理と更新工事を行うところは共通・類似していますが、コンセッション方式の事業期間が10~20年なのに対して、管理・更新一体マネジメント方式は原則10年と期間が短くなっています。
 
さらに、コンセッション方式では性能発注による管路の維持管理と更新工事が認められていますが、管理・更新一体マネジメント方式では移行措置とされており、現状の民間委託とあまり変わりません。
 
長期間、水道施設と管路の維持管理と更新工事を性能発注によって民間に任せるというコンセッション方式は、自治体と事業者にとっては大きな改革。そのための移行措置として管路を含まない管理・更新一体マネジメント方式を新設したと理解していますが、現在起きている下水管の老朽化を鑑みれば、PPPの効果を最大化すべく、コンセッション方式に舵を切るべきだと思います。
 
また、ここまでは下水道の話に限ってきましたが、本来は上水道における施設や管路の維持管理や更新も一体でマネジメントすべきです。
 
上下水道の実施主体は地方自治体と市町村に分かれていますが、同じ埋設管である以上、一緒に維持管理したほうが効果的でしょう。しかも、現在は都道府県や市町村ごとにバラバラに運営されていますが、人口が減っていくことを考えれば、流域に沿って上下水道のマネジメントを広域化していくほうが合理的です。
 
その際には、遅れているデジタル化を進め、データに基づいた維持管理を進めるべきなのは言うまでもありません。
 
正直なところ、老朽化した公共インフラの更新だけでも大変なのに、上下水道の一体マネジメントの広域化や施設の最適配置などを図るのは至難の業です。ただ、これまでの右肩上がりの時代は終わり、これから日本はさまざまな意味でシュリンクしていきます。老朽化したインフラの更新を奇貨として、これからの日本にふさわしいインフラ整備を官民連携で構築していくという発想が必要だと思います。


2016年には博多でも陥没事故が起きた
(写真:Muyo, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons)

【2025年2月28日掲載】
※このレポートは2025年2月10日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。

 

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