REPORTレポート
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代表植村の自伝的記憶
きらっと光る地域資源を活したインキュベーションのエコシステム
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みなさんは「北前船」をご存じでしょうか。
江戸時代中期から明治時代にかけて、大阪から北海道に至る日本海では、北前船と呼ばれる商船群が活動していました。北海道の昆布など、寄港地で安価な商品を購入し、それを別の寄港地で売りさばきながら日本海を行き来していた商船です。
今のように自動車や鉄道による物流が存在しない時代、日本海航路は需要地である大阪・京都と日本海側の産地を結んだ経済の大動脈でしたが、戦後になり、太平洋側が発展したことで、北前船で栄えた日本海側の都市は衰退していきました。
◎北前船
この北前船による経済回廊を復活させようと、毎年各地で開催されているイベントがあります。それが「北前船寄港地フォーラム」。北前船と関係のある地域で定期的に開催されているフォーラムです。開催主体は、日本の地方創生のプラットフォームとして官民が参画している一般社団法人北前船交流拡大機構です。
11月22日、「北前船寄港地フォーラムin加賀・福井」の特別講演に登壇するため、石川県加賀市を訪ねました。35回目の今回は、能登半島地震からの復興に加えて、北陸新幹線の延伸開業を契機として北前船の文化を世界に発信することを目的に、加賀市とお隣の福井県で開催されました。
特別講演の登壇者は、私の他に楽天グループの三木谷浩史会長兼社長と元環境大臣の小泉進次郎議員というそうそうたる面々でした。「PPPを活用した地方創生」を話す素晴らしい機会をいただいた関係者の方々には、厚く御礼申し上げます。
激しく衰退していた片山津温泉
フォーラム自体は、約600人が参加するなど活況のうちに終わりましたが、加賀温泉郷の片山津温泉や大聖寺駅、道橋駅の周辺はなかなか厳しい状況でした。
私も仕事で地方都市にしばしば行くので、高齢化と人口減少に伴う地方都市の衰退は肌感覚として理解しています。とりわけ県庁所在地から離れた規模の小さな都市は、目を覆うような現実に直面しています。それは加賀市、特に片山津温泉の周辺も同じです。
北陸新幹線が福井県の敦賀まで延伸したことで、東京から北陸地方へのアクセスは格段に改善しました。加賀市にも「加賀温泉駅」という新幹線の新駅が誕生。東京駅から3時間ほどで行けることもあり、観光客の増加が期待されています。
加賀は、加賀温泉郷の山代、山中、片山津の三温泉、日本海に面する橋立と旧北陸道に面した道橋の6つの地域からなる豊かな歴史と個性を持つ地域で、金沢とはまた違った魅力があります。
ところが、観光客の多くは金沢駅で下車してしまいます。私は加賀温泉駅で降りましたが、平日ということもあり、人はまばらで駅前のにぎわいはありませんでした。
実は、特別講演の前に、加賀市役所の方々と片山津温泉、大聖寺駅、動橋駅に立ち寄り周辺を散策する機会がありました。ただ、山代温泉や山中温泉に比べ、片山津温泉にかつての勢いはなく、複数の大きな旅館や温泉通り商店街は廃虚と化していました。
いくつかの旅館を大手資本が買い取り、改修し再利用していましたが、地域の再生に取り組む機運は感じられませんでした。地域の高齢化も進み、若者の流入に向けた具体的な施策が急務だと感じています。
大聖寺駅、動橋駅の周辺の衰退ぶりも顕著でした。これらの駅を運営するIRいしかわ鉄道株式会社は、2015年に北陸新幹線の長野駅・金沢駅間の延伸に伴い、JR西日本から鉄道事業を引き継いだ第三セクターです。今は石川県と加賀市を含む沿線市町が出資しています。
IRいしかわ鉄道の令和5年の乗降客数は約860万人と、地域住民にとって必要不可欠な交通手段になっていますが、令和5年度の決算は鉄道事業収入が約27億円で、約95億円の一般財源が投入されているにもかかわらず、税引前純利益は1000万ほどの赤字です。
複数の地方自治体で構成する事業会社にどこまで鉄道事業の経営が可能なのかという議論は差し控えますが、通勤通学の定期利用者以外の利用者を増やしたり、駅の周辺開発を進めたりすることで、一般財源の補助金を減らす手立てはあると思います。
次世代の作家の卵をどう呼び寄せるか?
地方に出向いていつも思うのですが、地方にはスポーツや文化・芸術、食といったその地域特有の資源が必ずあります。
加賀市もそうです。加賀市には九谷焼や漆工芸の伝統と技術が残っています。こうした日本の伝統技術に関心を持つ若い人や外国人がそれなりにいるということを考えれば、彼らが滞在できるような施設や運営の仕組みを整備することで、次世代の作家の卵が集うインキュベーションの新しいエコシステムが作れるかもしれません。
以前に聞いた話ですが、ある地方の工芸品に魅せられた海外の有名ブランドが商品の共同開発を持ちかけたところ、聞きなれない海外企業との仕事はしたくないと断ったそうです。相手は超有名ブランドだったようですが、実にもったいない話です。
愛知県にも、日本遺産でもある六古窯の瀬戸焼や常滑焼などの陶磁を集めた愛知県陶磁美術館があります。現在、美術館は改修中ですが、才能のある若者を集め、育て、生み出される作品の制作過程を来場者と共有できるような、アート・インキュベーションのエコシステムをつくることはできると思っています。敷地の問題はありますが、宿泊施設や飲食・物販施設など整備し、観光客の受け入れ体制を整えれば収益の確保も可能でしょう。
また、美術工芸品のようなアート作品など適切に保管するための施設をPPP(Public Private Partnership:官民連携)で整備することもできると思います。ほかの地域の陶磁や漆工芸品などを適切に保管する施設を整備し、海外のように鑑賞可能な収蔵庫にしても面白いかもしれません。
地域の資源は、こうしたソフトに限らず、活用されていない公共施設なども多くあります。例えば、日本経済が右肩上がりの時代に建てられた地方の施設や、著名な建築家に依頼した建物などです。
宿泊施設や実際に作品を作るアトリエ、作品の保管施設などは新規で作るのではなく、こうした既存の施設のリノベーションにとどめれば、コストを抑えられますし、CO2も削減できるでしょう。これらを実現するのがPPP(Public Private Partnership:官民連携)です。
ここまでの話はまだ思いつきのレベルで細部を詰めたものではありませんが、石破政権下で倍増される地方創生推進交付金をより効果的かつ効率的に活用するには、地方の課題を案件化した上で、公共投資、民間投資、PPP投資にプロジェクトを分類・最適化することが欠かせません。
その際に、運営はコンセッションを活用し、資金は地方創生推進交付金と民間資金のハイブリッド化をPPPによって実現すれば、一般財源の有効利用にもつながり、地方創生の事業化が進むと思います。
加賀市については、また動きがあれば、みなさんにお話ししたいと思います。
◎写真クレジット:Iida Yonezō 井田米蔵 (1887∼1968) (photographer), Public domain, via Wikimedia Commons
【2025年1月29日掲載】
※このレポートは2024年12月24日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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