REPORTレポート
代表植村の自伝的記憶
秩父宮ラグビー場の「BT+コンセッション」はなぜ生まれたか?
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日本スポーツ振興センター(JSC)が進めている秩父宮ラグビー場の建て替えでも採用されましたが、公共施設の建て替えに、PPP(Public Private Partnership:官民連携)の一手法である「BT(Build Transfer)+コンセッション」を活用するケースが増えています。
秩父宮ラグビー場の場合、落札した鹿島を代表企業とするグループの施設整備費は489億円でした。その施設整備費にスポーツ博物館の維持管理費を加えた総コストから、彼らが運営権の対価として支払う411億円を引いた約81億円が落札金額です。つまり、「BT+コンセッション」を活用したことで、秩父宮ラグビー場の施設整備が81億円でできたということです。JSCも驚いていましたが、これは予想以上の大成功です。
「BT+コンセッション」とは、民間コンソーシアムが施設を建設(Build)した後、所有権を公共に移した(Transfer)上で、民間コンソーシアムが長期にわたって施設を運営するという仕組み。投資と開発の段階で民間の資金とノウハウを投入するとともに、O&M(Operation & Management)、すなわち運営・管理の段階で民間の経営力を最大限に活かす手法です。
愛知県の政策顧問としてかかわったIGアリーナ(愛知県新体育館)は「BT+コンセッション」の成功事例の第一号になりました。IGアリーナがパイロットプロジェクトとして秩父宮ラグビー場のPPPにつながり、内閣府が進める地方を対象としたアリーナPPPに広がりつつあることは、とても嬉しい話です。
◎ スタジアム・アリーナに係るコンセッション事業活用ガイドライン(令和5年12月改定)(内閣府)
◎「アリーナ建設」を通した地方創生(インデックスグループ)
BT+コンセッションを編み出した背景
BT+コンセッションは、PPPの方式として存在しているBTOやBOTの派生版です。
BTOは、建設(Build)した後に所有権を移転(Transfer)し、建設した事業者が運営(Operation)を手がける手法。一方のBOTは、建設(Build)し、事業者が一定期間運営(Operation)した後に行政に所有権を移す(Transfer)手法です。
こうして文字で書くとBT+コンセッションとBTOはほとんど同じに見えますが、BT+コンセッションの場合は行政に対する運営権対価が発生します。また、BTOでは行政が事業者に支払う運営や維持管理の費用は割賦払いですが(独立採算型の場合)、BT+コンセッションであれば、事業者の経営力に応じて運営権対価を超える収益を稼ぎ出すことが可能です。
IGアリーナや秩父宮ラグビー場のように、海外のスポーツクラブやアーティストを呼び込んだり、飲食や物販で稼いだり、VIPルームやスポンサーシップを組み込んだりするなどしてトップラインの拡大が見込めるプロジェクトの場合は、BT+コンセッションが最も効果的だと思います。
なぜIGアリーナでBT+コンセッションを採用したのかというと、その背景には、私自身の苦い経験があります。
このLinkedInでも何度か書いていますが、愛知県は大村秀章知事の号令のもと、積極的にPPPを進めています。
第一弾は、愛知県内にある有料道路8路線を民営化する愛知県有料道路コンセッションです。この案件では、道路やサービスエリアの改修の他に、道路周辺の地域開発や再生エネルギーの導入などの任意事業は進めていますが、既存のインフラの運営権を売却するだけだったのでコンセッションの形をとりました。
次のPPPプロジェクトは、中部国際空港の敷地内に建てたAichi Sky Expo(愛知県国際展示場)です。このプロジェクトは新規の建設を伴うものでしたが、最終的に建設は県発注の公共工事になったため、こちらもコンセッション単体のプロジェクトになりました。運営権を取得したのはフランスの大手展示場運営会社、GLイベンツを代表とする企業コンソーシアムでした。
このように当初はコンセッションを中心にPPPを進めていたのですが、Aichi Sky Expoの施設が完成した後、愛知国際会議展示場株式会社で運営を担当するGLイベンツから、「今の施設では、MICE(国際会議や展示会)のグローバル基準を満たさないので改修してほしい」という提案が入ったんですね。
セントラルキッチンがなかったAichi Sky Expo
展示場ビジネスでは施設の利用料だけでなく、飲食も重要な収益源です。ところが、完成した施設にはセントラルキッチンがなく、オンサイトでのケータリングができない状況でした。ボキューズ・ドール料理コンクールで知られるシラ国際外食産業見本市のような国際的な食の祭典も、セントラルキッチンがなければ開催できません。
他にも、グローバルな展示場という目線では足りないところがいくつもあり、Aichi Sky Expoに必要な項目を抽出し、改修を実施することにしました。
実は、基本設計は展示場の設計経験がある設計事務所にお願いしたのですが、彼らが設計したのはあくまでも、国内の行政が運営するこれまでの展示場の性能や機能にすぎません。グローバルな展示場運営に必要なスペックが設計事務所にわかっていなかったのです。
そして、GLイベンツによる提案と施設改修を経て、実際にO&Mを手がける事業者が企画設計の段階から入らないと同じことが起きると痛感しました。そこで、愛知県新体育館の整備では、建設の段階から運営を担う事業者が入る形にしなければ、とBT+コンセッションを編み出したのです。
こうしてBT+コンセッションを導入した「愛知県新体育館整備・運営等事業」では、NTTドコモを代表企業に、世界的なスポーツ・音楽エンターテインメント企業の米Anschutz Sports Holdings(AEG)などが参画するコンソーシアムがプロジェクトを落札、株式会社愛知国際アリーナが誕生しました。それも、実際に運営する事業者の声を設計に反映させる必要があると考えたからです。
IGアリーナのBT+コンセッション事業を振り返ると、日本にはBT+コンセッションが向いていると改めて感じました。民間の事業者に一定の自由度を付与し、収益追求できる機会を与えるとともに、公共が施設に対する所有権を保有し、運営期間の責任と役割分担を明確にしておくことはとても重要です。
以前にも話したように、PPP事業は公共の資産を民間企業が預かり、長期にわたる経営によって収益を上げるビジネスです。しかも、O&Mの期間には、経営効率化だけでなく、カーボンニュートラルやデジタル化などの対応も求められます。
インフラPPP事業は、民間企業としての利益追求に加えて、社会貢献の具現化が求められるソーシャルインパクトビジネスと私は考えています。そうした観点からBT+コンセッションを振り返ると、BT+コンセッションは官民連携の最善策の一つであり、スポーツや文化芸術やスタートアップにおける地方創生の切り札だと感じています。
【2024年12月25日掲載】
※このレポートは2024年12月10日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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