REPORTレポート
代表植村の自伝的記憶
このままでは「イノベーションで日本は中国に勝つことはできない」と感じた北京出張
今回は、中国・北京出張で感じたことを率直に書こうと思います。
愛知県の大村秀章知事が訪中したのにあわせて、10月13日から15日まで中国・北京を訪問しました。その一義的な目的は、清華大学と交わしている基本合意書(MOU)の更新です。愛知県は、2019年に清華大学とスタートアップ育成にまつわるMOUを締結しました。その5年のMOU期間が終わるため、スタートアップ分野の連携をより強化するためにMOUを更新したのです。
スタートアップ分野の中身も、さらにアップデートしました。従来はスタートアップ育成がMOUの中心でしたが、それに加えて、愛知県内の学生と清華大学の学生の相互交流や、清華大学の傘下組織で、5000社以上のスタートアップ支援実績があるTus(タス)ホールディングスとの連携など、従来の協力関係をさらに強化した形になっています。
ご存じの方も多いと思いますが、清華大学は大学ランキングでアジア1位、世界でも12位の名門です。理工系に定評のある総合大学で、昨今は最先端科学分野に力を入れています。また、傘下のTusホールディングスも、北京におけるスタートアップの聖地であるサイエンスパークを運営している他、ベンチャー投資も手がけており、保有資産は4兆円を超えると言われています。
精華大学は、10月31日にグランドオープンした日本最大のスタートアップ支援拠点、ステーションAi(名古屋市)にブースを出していますが、ブースを出すだけでなく、ステーションAiと一緒にさらなるイノベーション事業を推進したいと、精華大学の李路明学長やTusホールディングスの王済武董事長が明言していました。MOUの更新を機に、清華大学との連携はさらに深化しそうです。
「ものづくり」で長足の進化を遂げる中国
このように訪中の大きな目的は清華大とのMOUの更新でしたが、北京では、交通プラットフォーム企業大手のDiDiやトヨタ自動車も出資する自動運転スタートアップのPony.ai、そして水素燃料電池システムを生産するトヨタと中国大手による合弁会社、華豊燃料電池有限公司などを訪れました。
この2日間で痛感したのは、中国で起きている大きな変化です。
米国では民主党、共和党ともに中国に対して厳しい姿勢を取っており、米中関係は政治的には厳しい関係にあります。でも、北京の街を歩けば、スターバックスの人気は相変わらず、米国人のビジネスパーソンも数多く見かけました。政治的には激しい言葉の応酬を繰り広げていても、経済関係は依然として強いまま。逆に、この四半世紀で進んだ米中の経済的な相互依存を痛感しました。
また、中国は「ものづくり」という側面でも長足の進化を遂げています。
インデックスコンサルティングは中国に進出した日本企業の工場建設のプロジェクトマネジメントにかかわることが多く、中国の建設会社と仕事をする機会も少なくありません。そうした観点で見ると、10年前と現在では中国の建設会社の技術レベルは確実に上がっています。国営の建設会社に関して言えば、日本の大手ゼネコンと同等と言っても過言ではありません。
技術レベルが同じで価格がおおむね2割安いのであれば、日本のゼネコンが中国での受注に苦戦するのも当然です。今回の出張でも、北京市内に最近建設されたホテルに視察を兼ねて宿泊しましたが、デザイン、内外装、設備の仕様やサービスもグローバル基準で、5年ぶりの北京の街の変化に驚きました。
その状況は、自動車産業やAI・IoTでも同じです。
「24時間働けますか?」を地で行く中国の若者
既に報じられていますが、トヨタ自動車は燃料電池(FC)バスを手がける北京億華通科技や第一汽車など中国の大手自動車メーカー6社と、燃料電池システムの研究開発を手がける聯合燃料電池系統研発(FCRD)という合弁会社を設立しました。
また、トヨタ自動車は先の北京億華通科技と折半出資で設立した合弁会社、華豊燃料電池有限公司で、今年8月から北京市郊外の新工場で商用車向けの燃料電池システムの生産も始めています。ここで生産する燃料電池システムはFCRDが開発した最先端の燃料電池システムです。
燃料電池車(FCV)の研究開発や生産を中国で進めるトヨタの意図はいろいろあると思いますが、一つは燃料電池車における中国メーカーの優位性です。EVにおけるBYDの躍進はご存じの通りですが、車載用蓄電池を自社開発で製造するBYDには、価格面では太刀打ちできないと言われています。
もう一つの理由として挙げられるのは優秀な人材の確保です。笑い話として聞いた話ですが、中国の一部の若者の間で最近まで「996」という言葉をしきりに話していましたが、今は「007」がキーワードになっているそうです。
何のことか全く分からないと思いますので説明すると、「996」は午前9時から午後9時まで週6日働くこと、「007」は24時間週7日間フルで働くということです。それほどまでに働き、どんどん上のポジションに上がっていこうとする若者が増えているということです。
ただでさえ頭脳明晰な清華大学の学生が、「24時間戦えますか?」と言っていたバブル期の日本人並みに働こうとしているのですから、それは伸びますよね。
善し悪しは別にして、働き方改革やさまざまなハラスメントのリスクもあり、日本人の労働時間は減ることこそあれ、増えることはないでしょう。その部分を生産性の改革で補えればいいのでしょうが、現状ではその部分もうまくいっていません。
こうした人の問題に加えて、規制の存在もあります。
このままでは日本はイノベーションで中国に勝つことはできない
自動運転などの実装実験では、道路交通法の影響もあり、何でも自由に実験できるわけではありません。また、ウーバーが米国で事故を起こしたように、自動運転の試験走行で事故を起こせば、研究開発は止まってしまいます。公道で実装実験を進めている以上、これは当然のことです。
もっとも、中国はそこまで厳しくありません。もちろん、規制は規制として存在しますが、国家が必要と考えれば、柔軟に進めていきます。日本もそうすべきだという話ではなく、「中国がそういう国だ」という話ですが、日本では難しいことが中国でできてしまうのは事実です。
インフラ分野での官民連携、すなわちインフラPPPプロジェクトについて協議していると、「中国だったら日本の3分の1のスピードで政府手続きが進む」という声が相手の国からしばしば挙がりますが、それもうなずける話です。
規制緩和は中国全土で展開される特区の存在にも起因しています。
北京は市内16区画にハイテク産業特区を設置しており、いまや世界をリードするAIの首都になりつつあります。深圳に次ぐ経済特区「雄安新区」では、14兆円を投じたスマートシティの建設が進んでいます。こうした大胆なイノベーションの実装実験を可能にするプラットフォームを分野ごとに作り、着実に進めていくダイナミズムは日本の特区制度とは異なります。
もちろん、こうした国家主導の取り組みが中国の経済格差を広げ、貧困問題を深刻にしている面はあります。ただ、人材や開発環境を考えると、日本で自動運転の開発を進めるよりも中国で進めるほうが早いのは間違いありません。だから、トヨタも多くの新規イノベーション開発を中国で進めているのかもしれません。これまでの延長線上では、日本は中国にイノベーションで勝つことはできないと感じました。
イノベーションビジネスにおいては、中国とは競争するのではなく、協業していく時代になったのだとつくづく感じます。
私もイノベーションで日本企業が世界で輝く日が来てほしいと願っています。愛知県がステーションAiを整備しているのもそのためです。ただ、中国の技術的な進化やダイナミズムを目の当たりにすると、トヨタがしているように、中国のイノベーションや資金をうまく取り込みつつ、守るべきところは守り、企業としてのグローバルな成長を図るほうが民間企業にとり現実的だと感じています。
【2024年11月29日掲載】
※このレポートは2024年11月6日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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