REPORTレポート
代表植村の自伝的記憶
欧州の自治体が力を入れる水素ビジネスの現状と日本の立ち位置
前回の投稿「欧州出張で感じた不穏な空気」で、9月上旬の欧州出張の時の話をしました。この時は、欧州で感じた政治・経済の混乱について書きましたが、もう一つ感じたことがありました。それは、欧州の主要国が水素ビジネスの育成に本気になっているという点です。
今回、欧州を代表する工業地帯であるドイツのノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州やフランスのオーベルニュ・ローヌ・アルプ(AuRA)地域圏、エアバスなどが本拠を置くオクシタニー地域圏のトップと会談しましたが、どの地域も水素ビジネスでの愛知県との連携がMOU(基本合意書)締結の重要なテーマでした。
何から水素を生成するかにもよりますが、水素は自然界に豊富に存在するうえに、燃やしても水になるだけで二酸化炭素を排出しません。再生可能エネルギーをベースに水素を生成すれば、二酸化炭素を一切排出しないクリーンなエネルギーになります。
脱炭素と天然ガスの脱ロシア化を進める欧州にとって、水素はその二兎を追うことのできる存在。欧州屈指の産業集積を誇るNRW州やAuRA地域圏、オクシタニー地域圏などの自治体がこぞってグリーン水素のビジネスに注力しているのはそのためです。
その相手として愛知県が選ばれているのは、愛知県がトヨタグループなど日本を代表する製造業が数多く本拠を置く日本最大のものづくり産業県だから。県としても水素にも力を入れており、昨年12月には水素社会実装推進室を県庁内に設置。水素ステーションは2024年6月時点で県内35カ所、2025年までに県内100カ所程度を整備する計画です。
愛知県が進める水素関連プロジェクト
ご存知のように、燃料電池自動車(FCEV)は燃料電池の水素と酸素の化学反応によって発電モーターを回す自動車で、二酸化炭素を排出しないとされています。今夏に開催されたパリ五輪において、トヨタが500台のFCEV「ミライ」を提供した話は有名です。
現時点では車両価格が高いうえに水素ステーションも少なく、普及の足かせとなっていますが、こうした課題も近い将来には解決されるはずです。今後はエネルギー効率の高いFCEV、特に水素エンジン車がバスやトラックなどの商用車、空港や港湾などを走る特殊車両に導入されるとみられています。
加えて、愛知県では2050年のカーボンニュートラル達成に向け、2022年2月に「中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議」を設立しました。中部圏において、水素及びアンモニアの社会実装を地元自治体や経済団体が一体となって実施するための組織です。既に「中部圏水素・アンモニアサプライチェーンビジョン」を策定。水素及びアンモニアのサプライチェーン構築や利活用の促進に向けた取り組みを推進しています。
さらに、日本最大の石炭火力発電所として知られる碧南火力発電所(愛知県碧南市)では、国内発電大手のJERAが石炭にアンモニアを2割混ぜて燃やすというプロジェクトを進めています。実証実験は既に成功しており、2027年に火力発電5基のうち1基、2029年には2基の商業運転を目指しています。
石炭火力1基の20%混焼には年間50万トン規模のアンモニアが必要で、グローバルな調達ルートの確保が大きな課題になっていますが、アンモニアの比率は2030年代前半に50%、2040年代までに100%に高める計画です。
欧州の各自治体が愛知県と組もうとしているのは、こうした取り組み実績があるからだと思います。
こうした動きは愛知県にとっては好ましいものですが、日本全体で見れば、水素ビジネスの立ち上げに向けた動きは進んでいません。
水素ビジネスに求められるプロジェクトマネジメント
洋上風力の整備が急速に進んだ欧州各国は、再生可能エネルギー発電を利用したグリーン水素の製造に力を入れています。現に、スペイン・マドリード州で視察したアロヨ・クレブロ・クエンカ・メディア・アルタ下水処理場では、下水汚泥からグリーン水素を製造するプラントの建設が進んでいます。
同様にドイツ・NRW州ではドイツの鉄鋼大手、ティッセンクルップ・スチール・ヨーロッパとフランスの産業ガス大手、エアリキード・ドイツなど3社がプロジェクトパートナーとなり、鉄鋼生産での水素活用を目指して高炉で銑鉄を作る際の水素活用に着手しました。将来的には、炭素を含まないカーボンフリーの鉄鋼生産を目指しています。
日本でも、愛知県のように水素の利活用を進めるプロジェクトが立ち上がっていますが、製造現場での水素エネルギーの利用は遅れています。また、洋上風力に象徴されるように、再生可能エネルギーの整備も遅れており、市場で求められているグリーン水素の国内供給量にも限界があります。
水素ビジネスに関しては、水素の製造だけでなく、貯蔵や輸送、供給や利用などさまざまなフェーズがあります。それぞれの過程を部分的に担う企業も重要ですが、一連の過程に横ぐしを指してマネジメントするプロジェクトマネジャーの存在なくして、水素ビジネスを国内で立ち上げるのは難しいと感じています。
その役割として商社や電力会社の名前も挙がりますが、愛知県が連携するドイツ、フランス、スペインの自治体やポルトガルでは、水素ビジネスは高い制度設計に基づく官民連携で進められています。
日本は車載・大型定置の蓄電池において、技術開発では先行したにもかかわらず、その後の規模拡大フェーズに備えた製造と利用拡大の官民連携がうまく進まず、中国などに大きく後れを取りました。同じ轍を踏まないために、そして2050年の脱炭素に向けた水素社会の実現のために、スピード感を持った対応を新政権に期待したいと思います。
【2024年11月6日掲載】
※このレポートは2024年10月22日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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