REPORTレポート
リサーチ&インサイト
「アリーナ建設」を通した地方創生
TAG
新国立競技場に唯一欠けていた視点
コロナ禍での開催という前例のない試みでしたが、東京五輪が無事終わりました。様々な議論がありましたが、この状況下、五輪開催をやり遂げたことは世界中から評価されています。選手はもちろん、ボランティアを含めた関係者の方々には心より敬意を表したいと思います。本当にお疲れ様でした。パラリンピックも見届けたいと思います。
東京五輪と同様に、メインスタジアムとして建設された新国立競技場も紆余曲折がありました。当初はザハ・ハディド氏の案に決まりましたが、巨額の建設コストが問題視されたこともあって白紙撤回。最終的に設計施工コンペで建築家の隈研吾氏のデザインが選ばれました。
ザハ案の当時のコストマネジメントや発注方式については課題も多く、検証し、再発を防ぐべきだと思います。ただ、厳しいスケジュールなど様々な制約がある中、隈氏をマスターアーキテクトとする設計施工者のチームはデザインとコストのバランスをうまく取った、歴史に残るスタジアムをつくり上げたと思います。米ABCも、SDGs時代に相応しいスタジアムと評価していました。
ただ、一つだけ残念な点を挙げるとすれば、完成後の幅広い活用とオペレーションを踏まえた最適な施設計画になっていないという点です。ザハ案の撤回後、時間が限られていたことに加えて、コンセッションという発想も必要性もなかったので仕方のないことではありますが……。
(※コンセッションとはPPPの一手法で、施設の所有権を発注者である公共機関に残したまま、一定期間の運営権を民間事業者に売却すること)
(※コンセッションとはPPPの一手法で、施設の所有権を発注者である公共機関に残したまま、一定期間の運営権を民間事業者に売却すること)
グローバルに見れば、スタジアムや体育館、アリーナといった公共施設は、完成後の収入を最大化させるという経営的な視点を踏まえ、幅広い用途に対応できるように計画するのが一般的です。
それに対して、日本は行政がスタジアムや体育館の建設を主導しており、地域住民にスペースを貸す従来の「貸館業」の発想で計画されたものがほとんどです。完成後の用途も限定的で、運用の多角化による収入増が図りにくいという問題があります。収入増が見込めなければ、完成後の運営権の売却など建物の生涯における収益の最大化が難しくなります。
それに対して、日本は行政がスタジアムや体育館の建設を主導しており、地域住民にスペースを貸す従来の「貸館業」の発想で計画されたものがほとんどです。完成後の用途も限定的で、運用の多角化による収入増が図りにくいという問題があります。収入増が見込めなければ、完成後の運営権の売却など建物の生涯における収益の最大化が難しくなります。
事実、私が愛知県の政策顧問として愛知県新体育館(新アリーナ)の建設プロジェクトに関わった際に、最も意識したのは「愛知県の行政負担を妥当な水準に抑えつつ、スポーツ・エンターテインメントで地域の活性化を実現する」ということでした。
そのためには、施設の建設費を適切な金額に抑えることと、完成後の運営収入の最大化が不可欠です。そこで、活用したのがPPP(Public Private Partnership:官民連携)でした。
従来型PFIの多くが割高な割賦払いと言われる理由
愛知県新アリーナでは、PPPの一手法である「BT+コンセッション」方式を日本で初めて社会インフラの分野で採用しました。事業者が自らの提案に基づいて設計・建設し、完成後に所有権を県に移管する(BT=Build Transfer方式)。その上で、県が事業者に一定期間の運営権を売却し、施設の運営や維持管理を任せる(コンセッション方式)という形です。運営権は30年間。事業者は総合評価一般競争入札方式で選定しました。
「BT+コンセッション」方式を採用するにあたり、現在のPFI(民間資金を活用した社会資本整備)制度が抱える課題も浮き彫りになりました。
「割高な割賦払い」と言われるように、従来型のPFIは全体のライフサイクルコストが膨れあがるケースが少なくありません。完成時に建設費の支払いを先延ばしできる反面、事業運営期間にわたり維持管理費と金利を乗せた建設費を支払うことになり、収入は行政運営とあまり変わらないことが理由です。オペレーション上、必要とされる性能や機能が満たされていないために、維持管理費が膨らんだり、運営に支障が出たりするケースも散見され、行政負担の増加やサービスレベルの低下、最悪の場合はSPCの破綻につながる恐れさえあります。
こういったことが起きる主な理由は、建設工事や維持管理運営を手がける会社と、落札する企業共同体(SPC)の間に存在する利益相反です。建設工事や維持管理を担う会社がSPCの代表企業になると、建設費や維持管理費で回収しようというインセンティブが働きます。これでは、SPCの経営と収益の確保にズレが生じてしまいます。
この問題を防ぐため、今回の新アリーナでは、建設会社が決まっていなくても、選定されたSPCが行政の必要要件を満たす建設会社を入札し、選定できるようにしました。入札時に建設会社が参加する場合も、専門工事会社への発注金額などコストを開示するオープンブック方式を採用するなど、利益相反が生じない工夫を事業者に求めています。
こういった提案を求めたのは、運営における収益増に加えて、イニシャルコストから運営、修繕・解体までにかかる費用の最適化を実現できるかどうか、言い換えれば、アリーナの経営という観点で事業者を選ぶためです。
その際に、事業者による提案の自由度を上げるために、行政側から求める機能や仕様を必要最小限に絞り込む、地域住民が使う公共利用の日数を詳細に分析し民間事業者が利用できる日数をできる限り増やすといった工夫もしています。
その際に、事業者による提案の自由度を上げるために、行政側から求める機能や仕様を必要最小限に絞り込む、地域住民が使う公共利用の日数を詳細に分析し民間事業者が利用できる日数をできる限り増やすといった工夫もしています。
世界的なイベントプロモーターが運営に参画
それでは、落札したのはどのような企業グループだったのでしょうか。落札したのは、NTTドコモと前田建設工業を代表企業とする企業グループ「Aichi Smart Arenaグループ」(ASAグループ)です。
前田建設は設計・建設期間の代表企業であり、実際の30年間の運営や維持管理はNTTドコモを代表としたSPCが手がけます。NTTドコモがアリーナ運営に手を挙げたのは、アリーナの運営を通して、5G、6Gを活用したアプリケーションを実装していくことが目的と聞いています。
また、ASAグループには、NBAのロサンゼルス・レイカーズのオーナーで、スポーツイベントや音楽イベントの世界的なプロモーターであるアンシュッツ・エンターテインメント・グループ(AEG)が構成企業として参画しました。
AEGはイベントプロモーターであると同時に、ロンドンの「The O2アリーナ」やレイカーズの本拠地である「ステイプルズ・センター」などを所有、運営しています。スポーツチームやアーティストというコンテンツを抱えるだけでなく、実際にアリーナを運営する主体ということです。AEGの参画によって、運営においてグローバル基準のスポーツ・エンターテインメント事業が可能になりました。
実は、新アリーナの入札に参加したグループの事業計画を比較すると、実際に落札したASAグループと別のあるグループでは、30年間の売上高で相当な開きが生じていました。なぜそこまでの差が出たのかと言えば、地域住民のスポーツイベントなどを想定した従来の公共的な貸館業と、プロスポーツやコンサートなどの開催を想定し、収益の最大化を図る工夫をしているかどうかの違いです。
世界基準のイベントに対応できるアリーナにするため、愛知県も運営企業が求めるであろう要求を満たす、世界基準の施設にするべく検討を重ねました。すなわち、イベントなどの利用料収入の他に、フード&ビバレッジの拡充、VIPルームの設置、コンサートのため屋根・天井の整備といったハードのグローバル基準を満たしたり、最先端のAI/IoT技術を活用した集客やエンターテインメントを実現したりという点です。
もちろん、公共施設なので住民が利用可能な日も確保しています。その場合の料金は、条例で制定される範囲の料金設定です。ただ、プロスポーツやコンサートなど、公共利用以外で使用する場合の料金は事業者が許可を得て自由に設定できる仕組みです。
400億円という新アリーナの建設費の半分を運営権の売却でまかなうことができたのも、民間企業が運営後の収益増を実現できるような制度を設計したことによります。
地方創生の切り札になるアリーナPPP
PPPを活用した今回の愛知県のやり方は他の自治体にも広がっています。大阪府は万博記念公園駅の周辺に、最大1万8000人が収容可能な西日本最大級のアリーナをPPPで建設します。秩父宮ラグビー場の建て替えでも、BT+コンセッション方式の採用が決まりました。大都市の大規模アリーナにおいて、PPPの活用はスタンダードになりつつあると言っても過言ではありません。
もっとも、PPPによるアリーナ整備は大都市の専売特許ではありません。逆に、地方創生の文脈で言えば、地方都市こそプロスポーツやエンターテインメント事業に適合した、5000人から7000人が収容可能な中規模アリーナをPPPで建設すべきです。
既存の体育館を持つ地方都市は数多くありますが、そういった体育館は行政が住民サービスの一環として建てているため、従来の公共的な貸館業の域を出ず、プロスポーツやコンサートなどの仕様に耐え得るものになっていません。
一方、JリーグやBリーグには、ライセンス基準を満たすスタジアムやアリーナを求めているチームが少なくありません。米大手プロモーターのライブ・ネイションのように、コンサートなど日本でのライブ開催に関心を持っている企業も現に存在します。1万人を超えるアリーナは手に余るが、5000人規模のアリーナであれば、十分に成立すると思われる地方都市は多いのです。
その場合、簡易な建設手法で建設コストをできる限り落とし、運用面で必要な最先端のIT技術に費用を振り分けることで収入と支出の最適化を図ることをお薦めします。
これができれば、愛知県新アリーナのように建設費の半額負担は難しいにしても、民間事業者の負担で過大な行政支出を抑えることができると思います。従来の公共施設でよく見る、行政による運営の赤字補てんも必要ないでしょう。
東京五輪が成功裏に終わり、バスケットボールや卓球などの球技だけでなく、自転車競技のオムニアムやスケートボード、ダンスのようなエンターテインメント性の高いスポーツのプロ化も進むに違いありません。その際に、海外に劣らないスポーツ施設を求める声はますます高まると思います。
加えて、質の高いエンターテインメントの誘致は地域住民が文化的な生活を送る上で必要なことです。イベント開催で人流が生まれれば、地域の経済対策にもなります。新型コロナの問題はありますが、愛知県新アリーナで採用した新たな空調方式やAI技術の活用で、解決の方向性が見えています。
このように、アリーナのPPPを活用した建設は地域活性化の切り札になると考えています。
WRITERレポート執筆者
-
植村 公一
代表取締役社長
1994年に日本初の独立系プロジェクトマネジメント会社として当社設立以来、建設プロジェクトの発注者と受注者である建設会社、地域社会の「三方よし」を実現するため尽力。インフラPPPのプロジェクトマネージャーの第一人者として国内外で活躍を広げている。
その他のレポート|カテゴリから探す