REPORT レポート
代表植村の自伝的記憶
重粒子線がん治療施設プロジェクトが進むアブダビで感じたビジネスモデルの変化
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中東の変化を肌で感じた出張でした。
少し前に、UAE(アラブ首長国連邦)の首都、アブダビを訪問しました。アブダビにある総合医療機関、クリーブランド・クリニック・アブダビの視察と、M42という政府系医療関連企業との協議が主な目的です。
クリーブランド・クリニック・アブダビは、米屈指の規模と先進性を誇るクリーブランド・クリニック(米オハイオ州)と同レベルの医療提供を目的に設立された医療施設。心臓、神経系、消化器系、眼、呼吸器系などの専門医で構成される、400床の病床を数える総合病院です。
クリティカルケア研究所をはじめ、緊急部門、腫瘍学部門、移植センター、外来専門研究所、病理学・検査医療学研究所、画像研究所、麻酔学研究所、看護研究所など、さまざまな専門分野と部門を備えており、UAE最高の医療機関と言っても過言ではありません。
なぜアブダビまで行ってクリーブランド・クリニック・アブダビを訪問したのかというと、クリーブランド・クリニック・アブダビががん治療、特に放射線治療に力を入れており、早期に重粒子線によるがん治療の施設を整備しようと動いているからです。
日本が大切にすべき重粒子線治療技術
実は、がん治療のための重粒子線治療装置の研究開発でトップを走っているのは日本です。
世界初の取り組みとして、千葉県の放射線医学総合研究所(現在の国立研究開発法人・量子科学技術研究開発機構=QST)に重粒子線がん治療装置「HIMAC」の建設計画が始まったのは1984年のこと。1994年からは難治がんの臨床研究がスタート、治療実績を重ねました。併行して、照射技術の高度化や普及に向けた小型化への研究開発も始まっています。
その後、兵庫県立粒子線医療センター(2002年)、群馬大学(2010年)、九州国際重粒子治療センター(2013年)、神奈川県立がんセンター(2016年)、大阪重粒子治療センター(2018年)、山形大学医学部東日本重粒子センター(2021年)と、千葉のQST病院を中心に、7カ所の重粒子治療の臨床施設が開院しました。現在、多くの知見実績が積み上がっています。
さらに、照射技術の高度化によって、第四世代重粒子線がん治療装置(第四世代量子メス普及機)の設置工事もQSTで始まりました。第四世代とは、ネオン、酸素、ヘリウムといった複数のイオンからなる、世界初のマルチイオン源による量子メスを設置した重粒子線がん治療装置です。
重粒子線がん治療施設のプロジェクトを実現させるうえでは、重粒子線治療装置と放射線を防護する特殊な建築や設備が不可欠です。また、装置のメンテナンスの他、放射線医療関係者のトレーニングや教育などの運営サポートも必要になります。
装置は東芝や日立、住友重機などのメーカー、教育はQST、建築や設備についてはその分野の知見を持つ設計事務所と建設会社を束ねなければなりません。
ご承知のように、従来のX線とは異なり、重粒子線はがんの病巣に集中的に照射することが可能です。その分、周囲の正常組織への影響も少なくできます。
がん治療における放射線治療は世界的に注目を集めており、特に重粒子線治療は日本が提供できる最先端医療の有望な分野と言っても過言ではありません。
グローバルでの存在感が低下している日本にとって、大切にすべき技術の一つであり、社会インフラPPP(Public Private Partnership:官民連携)として、ワンストップパッケージで提供できる新たな輸出モデルと感じています。
アブダビで感じたダイバーシティ
このように、重粒子線がん治療施設のプロジェクトを協議するために訪れたアブダビでしたが、今の中東を理解するうえで、とても有意義な出張になりました。
改めての話ですが、アブダビはUAEを構成する首長国の一つ。面積はUAEの中でも最大で、豊富な石油資源を抱えています。商業都市として長足の発展を遂げているドバイとは異なり、砂漠と石油を中心とした中東の産油国です。
もっとも、脱炭素が世界的な課題となっている中、アブダビも従来の化石燃料に依存した産業構造からの脱却を図ろうとしています。
シンガポールのように、専門スキルを持った高度人材を世界中から呼び寄せ、先端医療や水素エネルギー、スタートアップなどのイノベーションで国を発展させようと考えているのです。
米国のクリーブランド・クリニックと手を組み、がん治療をはじめとした高度先端医療の拠点を作っているのも、そうした国家戦略の一環です。
実際、アブダビでは政府機関や企業などを回りましたが、そこで感じたのは外国人、特にマネジメント層における女性の多さです。
アブダビもカタールなどと同じように、南アジア出身の外国人労働者が数多くいます。ただ、いわゆる高度人材の流入も進んでおり、それに伴ってダイバーシティも進んでいます。
日本は移民を含めた海外人材の受け入れに慎重な姿勢を崩していませんが、ダイバーシティという観点では見習う点も多くあると感じました。
また、今回の訪問を通して改めて痛感したのは、企業のビジネスモデルが完全に替わっているということです。
海外の顧客が日本に求めていること
日本企業はいまだに自社の製品を売って終わりという感覚から抜け切れていませんが、プロジェクトの組成から運営・維持管理まで一気通貫にかかわらなければ、収益の適正化が難しい時代に入りました。
日本は優れた製品や技術を持っていますが、EPC(Engineering/Procurement/Construction)は、プロジェクトの全体からすれば初期の一部に過ぎません。いや、製品の性能や施工能力は点に過ぎず、プロジェクトの成功を考えれば、資金調達やO&M(Operation & Management)、人材育成などは、もの作り以上に重要なプロセスと言えます。
アブダビの政府関係者も日本の状況をよく理解しており、建設プロセスの効率的な運営や重粒子線の装置を扱う人材の育成まで組み込んだワンストップパッケージを求めてきます。
私の専門でもある公共・社会インフラにおける海外のPPPプロジェクトを見ると、製品やサービス単体でなくプロジェクトの上流から下流までを一気通貫に提供できるプレーヤーの大半はヨーロッパのグローバル企業か、韓国、中国、もしくは一部のローカル企業です。
自社の製品の技術力を誇るのはもちろん素晴らしいことですが、海外の顧客が求めているのは製品のスペックはもとより、事業期間のトータルでプロジェクトをマネジメントし成功させることです。
日本企業の製品性能や施工能力が世界の競合に追い付かれ、追い抜かれ、適正な利益を上げることが困難になりつつある今、その部分を理解しなければ、日本はグローバル企業の下請けで終わってしまうと危惧しています。
※【掲載の写真について】アブダビのかなりの部分を占める砂漠地帯(写真:Nepenthes, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
【2024年3月29日掲載】
※このレポートは2024年3月26日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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