REPORT

代表植村の自伝的記憶

国立競技場のコンセッションがもたらすもの

2023年7月31日、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が、あるプロポーザルの公募を発表しました。
東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとして使用された、国立競技場の運営を担当する民間事業者の公募です。
 
民間事業者の公募を開始します(JSC)
 
国立競技場に二の足を踏む事業者
 
国立競技場については、民間事業者が運営や維持管理を担うコンセッション方式の導入という基本方針が決まっています。この基本方針に則り、国立競技場を所有するJSCも、事業期間を30年とし、民間事業者が設定した利用料を収受できるという方針を公表しました。

民間事業者のリスクを軽減するため、運営に関わる費用として年10億円を上限に負担するとともに、大規模修繕に交付金を充てることもあわせて発表しています。
コンセッションは一定の期間、社会・公共インフラの運営や維持管理を民間事業者に委ね、料金収入の最大化を図りつつ、インフラの維持管理を進めるPPP(Public Private Partnership:官民連携)の一手法です。

今回のように、維持管理に関わる費用を公共が負担するコンセッションは「アベイラビリティ・ペイメント(Availability Payment)」と呼ばれます。維持管理の費用を出してもらえるため、民間事業者にとっては比較的取り組みやすい仕組みです。

もっとも、公募開始から1カ月ほどが経過していますが、コンセッション事業で国立競技場の売り上げを最大化しようという野心のある事業者はまだいないようです。提出期間は2023年10月11日と締め切りまで少し時間があるので、これから出てくるとは思いますが、民間サイドが二の足を踏むのもわからないではありません。

というのも、現状の国立競技場は、スポーツやコンサートなどのイベント開催で稼ぐために必要な設備や機能が完備されておらず、大規模な投資が必要になるからです。
 
世界基準の設備が必要になる国立競技場
 
国立競技場のような大型スタジアムを運営する場合、事業者はスポーツイベントやミュージシャンを招いたライブイベントなどを企画・開催して収益を上げます。

その際には、チケット販売という興行収入の最大化を目指すだけでなく、VIPルームやVIP席を設けたり、飲み物や食べ物、グッズなどを販売したり、ネーミングライツを売却したりと、さまざまなやり方で収益を最大化します。

ただ、国立競技場はあくまでもオリンピック・パラリンピックの開催が目的で、その後のコンセッションを想定していなかったため、稼ぐスタジアムやアリーナに求められるグローバルな基準を満たしていません。当初計画を見直し、短期間で建設した経緯を考えれば、致し方のない面があります。

例えば、現在の国立競技場には屋根がありませんが、コンサートを開催するためには屋根が不可欠。もちろん、照明や音響、空調などの設備も求められます。
また、収益を上げるためにはVIPルームやVIP席のほか、フード&ビバレッジを提供する設備やスペースを整備しなければなりません。最先端のデジタル化も進める必要があるでしょう。当然、そのための投資が必要になります。

さらに、現状は天然芝ですが、世界のアリーナは人工芝が基本で、芝の技術革新も進んでいます。オリンピックで使用された陸上トラックの扱いも考えなければなりません。
 
グローバル・スタジアムの試金石
 
日本の場合、「体育館」と呼ばれるアリーナやスタジアムの運営を手がけるのは公共であることが多く、貸し館業としての経験こそあるものの、グローバルなスポーツイベントや海外の著名アーティストによるライブを開催するようなノウハウがほとんどありません。

世界標準のアリーナとして整備された愛知アリーナや秩父宮ラグビー場も、つい最近、運営を手がける事業者が選定されたばかりで完成はもう少し先です。
アリーナを経営する能力を持つ事業者がそもそも少ない上に、日本を代表する都心の大型スタジアムであり、稼ぐスタジアムに変貌させるために巨額の追加投資が必要になるとすれば、リスクを取ってやってみようという事業者が出てこないのも当然かもしれません。

ただ、国立競技場は東京オリンピック・パラリンピックのレガシーであり、世界的な建築家の隈研吾さんが手掛けた、米国でも絶賛された世界に名だたるスポーツ施設。しかも、都心で交通の便がよく、豊かな自然に囲まれています。このコンセッションが成功すれば、ロンドンの「O2アリーナ」のような世界の人が訪れるグローバル・スタジアムの仲間入りも可能だとみています。

アリーナ運営は衰退する地方経済の起爆剤となり得る存在。国立競技場のコンセッションがうまくいけば、これから地方で展開されるアリーナPPPに弾みがつくばかりか、スポーツエンターテイメントによる地方創生や子供のスポーツ教育にも大きな意味をもたらすことでしょう。

そのためにも、今回のコンセッションはなんとしても成功してほしいと思っています。

※【掲載の写真について】東京・代々木の国立競技場(写真:Arne Müseler / www.arne-mueseler.com, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons

【2024年3月15日掲載】
※このレポートは2023年9月4日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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