REPORT レポート
代表植村の自伝的記憶
水道料金を値上げする前にすべきこと
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【2024年2月22日掲載】
※このレポートは2023年10月11日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
物価高が日々のニュースをにぎわせていますが、その中でも家計を直撃する水道料金の値上げは頭の痛い話ではないでしょうか。
日本水道協会によると、令和3年の1年間で水道料金を改定した自治体は横浜市や松本市など65事業者。人口減少によって料金収入が減少している半面、老朽化した施設は全国でも増加傾向にあるため、水道料金の値上げに踏み切る自治体が今後も増えていくことは間違いありません。
上下水をはじめとしたインフラ老朽化については、これまでの投稿でも折に触れて書いてきました。
老朽化で水道管が破裂してしまうと、交換に大変な手間とコストがかかるため、破損する前に更新した方がいいに決まっています。また、風水害が激甚化している現状、防災の観点に立てば下水管の更新も不可欠です。浄水場などのプラントも、その多くが地区50年を経過しており、更新時期を迎えています。そうした状況を考えれば、メンテナンスのコストがかかるのも致し方ありません。
ただ、正直な感想を言えば、受益者である利用者に負担を求める前にすべきことがあるのではないでしょうか。
いまだに人海戦術の水道事業
日本の場合、上水道と下水道の整備や運営、維持管理は都道府県、もしくは市町村が行っています。
上水道は浄水と配水に分かれており、簡単に言えば、浄水場など設備の整備にコストのかかる浄水部門や本管と呼ばれる太い配管は都道府県、本管から上水を取り出す細い配管は市町村の水道局が見ているというケースが一般的です(浄水部門は水道事業団が手がけている場合もあります)
一方の下水道は、下水処理場や配管を市町村が管理する公共下水道が主体ですが、他に都道府県が設置する流域下水道もあり、都道府県と市町村で管理が分かれています。汚水を処理する終末処理場の整備では広域化も始まっていますが、日本では、上水道、下水道ともに管理主体が細かく分かれているのが現状です。
ちなみに、私が政策顧問を務める愛知県の場合、浄水は県の企業庁で配水はそれぞれの市町村、下水も市町村が個別に手がけています。名古屋市上下水道局の扱う年間の排水量と有収水量は、上下水道局の中でも全国一の大きさです。
また、スマートメーターの整備が遅れているように、日本では水道事業におけるDX化が一向に進みません。いまだに多くの業務が人海戦術です。
もっとも、O&M(Operation & Management)と呼ばれる施設や設備の運営・維持管理は、その業務に大きな違いはありません。事実、海外では統合型の一体管理(Integrated O&M)が当たり前のように行われています。
「水メジャー」と言われるグローバル企業に至っては、AIを駆使した効率的なO&Mによって、世界中で水ビジネスを展開しています。
以前、海外の水メジャーの幹部を連れて地方の浄水場を視察したことがありますが、設備の古さと運営に携わる人数を聞いて驚愕していました。日本は最先端の技術立国として世界に知られているだけに、あまりに遅れている実情にビックリしたのでしょう。
こうした現状に危機感を持つ国も、一体管理を目指して動き始めています。
これまで厚生労働省が所管していた水道事業は2024年4月から国交省の所管になります。下水道はもともと国交省の所管なので、上下水道の所管が国レベルでは一体化するということです。
この動きは上下水道の効率化の第一歩として高く評価すべきですが、実際の運営を担う県や市町村レベルがバラバラであれば意味がありません。
水事業が国交省に移管される理由の一つとして、災害対策や社会資本整備と一体となった整備が期待されているという面が挙げられます。財源不足もあり、水道管の更新には時間がかかっていますが、さまざまな整備事業を進め、現場を知る国交省であれば、ほかの整備の際に水道管の効率的な更新もできるでしょう。
このように、運営や維持管理における効率化などやるべきことを先送りしているのに、水道料金を上げるのは順序が違うと思います。
水道事業に不可欠なPPP
「新しい資本主義」の下、国が進めるインフラPPP(Public Private Partnership:官民連携)のアリーナに次ぐ目玉として、国はWater PPPのガイドラインを公表しました。その中では、既存のサービス購入型(維持管理の委託業務)から配管の維持管理を含む中長期のO&Mに徐々に移行し、運営や維持管理をコンセッションで民間に委ねていくという方針が示されています。
上下水道事業の効率化を進めるために、PPPをうまく活用すべきだというのはその通りだと思います。ただ、経済思想家、斎藤幸平さんとの対談でも触れましたが、その際には運営の効率化だけでなく、DX化とカーボンニュートラルを同時に進めるべきだと考えています。
あまり知られていませんが、地方自治体の水道事業におけるCO2排出量はかなり多く、各自治体が所管するすべての事業の半分以上を占めるケースも多々見受けられます。
昭和以降の右肩上がりの経済、人口増の中で浄水場は人口の増加にあわせて新設されてきましたから、基本的に人の多く住むエリアに設置されています。そのため、本来は上流にあるべき浄水場が下流にあり、ポンプアップして各家庭に送水するというケースが少なくありません。その分、電気を無駄に消費しています。
そこで、浄水場を含め老朽化したインフラの更新をフックに、運営や維持管理の一体化やDXによる効率化、消費電力の削減を進めるとともに、更新の際に出る余剰の土地や浄水池を活用したメガソーラー発電や小水力発電などの再生エネルギー事業を立ち上げれば、カーボンニュートラルという時代の要請にも応えることができるのではないかと考えています。
(斎藤幸平さんとの対談)
そのためには、先ほど申し上げたように、官民連携(PPP)を積極的に活用していく必要があります。PPPの民間事業者が既存の行政では難しい運営の効率化やDX化、カーボンニュートラルを推し進め、水道料金の値上げにつながらないよう行政と効率的なO&Mに取り組むのです。
官と民のそれぞれが得意な領域で役割を果たして全体最適を実現する。これこそが、本当の官民連携だと思います。
海外で民営化した水道事業の再公営化が始まっているように、水道事業のPPPに当たっては、生活の基本インフラである水道を企業に委ねて大丈夫なのかという懸念はもちろんあると思います。
そういった品質面や料金面、災害対応などの面での懸念を払拭するために、行政に品質保証や料金徴収の業務は残しつつ、行政による継続的なモニタリングや高い品質基準を運営事業者に求めるなどの仕組みは必要です。災害時における行政の役割も、民間の技術やリソースも活用できるように、マネジメント体制を構築する必要もあるでしょう。
同時に、より一層の透明性を持たせるために、水道事業に地域の人が参加し、余分に出た利潤を地域に還元していくような、新たな資本主義に基づく民営化の仕組みも必要になると思っています。
例えば、年金基金の活用はその一つです。
Water PPPで実現すべきインフラ整備の新しい仕組み
一般的にPPPでは運営主体となる民間コンソーシアムがSPCという受け皿企業を設立します。このSPCには、実際に水道事業を運営する大手企業などが出資しますが、その時に、年金基金にもエクイティを持ってもらうイメージです。
そして、30年なら30年の運営期間で妥当なリターンを設定し、統合管理やDX化、カーボンニュートラルなどの経営努力で余分に出た利益は、水道料金への還元を含め、何らかの仕組みを通して地域に還元していく。
その際に重要なのは透明性です。年金基金に対するリターンもさることながら、運営を担うSPCの適正利益を明確に定め、オープンにする。それを超えた分は何かしらの形で地域に還元していく。それが重要になると思っています。
また、これまで地域の水道事業を担い、今後も水道事業を通じて地域に貢献していくであろう地元企業の参入を促すために、維持管理などの費用についても原価を開示し、地元企業に任せる業務と大手企業にしかできない業務について、役割分担とフィーの配分を明確に示すことも求められます。
水道事業の場合、やはり飲み水ですから、すべてを民間に任せるということはあり得ません。定期的なモニタリングを含め、監理と水質に責任を持つのは引き続き行政です。下水道事業においても、災害時の対応は行政の重要な役割です。そのため、民間と行政の役割と責任の分担を明確化する必要があります。
こういった水道事業の効率化、適正化を通して、新しい資本主義に基づくインフラ整備の仕組みも構築できれば、一石二鳥ではないでしょうか。
愛知県の政策顧問として矢作川・豊川カーボンニュートラルプロジェクトに関わる中で感じていますが、水ビジネスは流域全体で見れば、多くのイノベーションが起こせる分野です。ここで新たなビジネスを生み出せば、水道事業での人材の流動化も図れるはずです。
水道料金を上げる前に、統合型の一体管理による効率化やDX化を推進し、官民の役割と責任を明確化する。その際にはPPPを活用して旧態依然とした仕組みを変え、カーボンニュートラルを実現する。そして、Water PPPを通じて官と民、受益者・地域の「三方良し」を実現する──。ぜひこういったダイナミックな政策を実現してほしいと思います。
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