REPORTレポート
代表植村の自伝的記憶
難易度の高い林業再生で始まる新たな動き
日本には解決が求められている社会課題がいろいろありますが、その中でも解決が難しいと考えられている分野の一つが林業の衰退と山林の荒廃です。
スギやヒノキの価格(中丸太)は1980年をピークに右肩下がり。伐採や搬出のコストが見合わないため、戦後、植林したスギ林は日本中でほったらかしになっています。高齢化による担い手不足も深刻で、相続などによって所有者が特定できない山林も増えており、そうして荒れた山では地滑りなどの自然災害も起きています。
産業構造の変化や投資不足、高齢化、自然災害などに直面している林業と山林──。正直、どこから手をつければいいのかわからない状況です。
もっとも、最近は林業や山林が再生する日もそう遠くないと思い始めています。そう考えるのは、林業や山林を取り巻く状況が変わりつつあるからです。
今後10年間に大量供給されるスギの原木
例えば、岸田政権は花粉症対策として、花粉症の発生源であるスギの人工林を今後10年間で2割ほど伐採し、花粉の少ないスギの苗木やスギ以外の木への植え替えを進めると発表しました。こうした施策によって、花粉症の発生率を30年後に半減させるとしています。
樹齢50年以上のスギを中心に伐採すれば、膨大なスギの原木を処理する必要が出てきます。政策の結果として、好む好まざるにかかわらず、今後10年間で大量の木材が発生するわけです。切った原木を放置するわけにもいきませんから、そのために需要をつくり出さなければなりません。
政府は木材需要の刺激剤として、住宅メーカーに対して木材利用に対する補助金や減税を検討しているようですが、そうした支援に加えて、非住宅分野における木材需要の喚起と、新たなロジスティック(林業再生サイクル)の構築に向けた制度設計や補助政策も重要だと私は考えています。
2022年度の建築着工面積(国内)を見ると、木造率は全体で45.5%、1~3階建ての低層住宅では80%を超えています。ところが、低層の非住宅建築物では、木造率は14%程度にとどまっています。4階建て以上の中高層建築物になると木造率はさらに下がり、1%以下と言われています。
欧米のように、純木造と言われる鉄やコンクリートを組み合わせた木造ハイブリッド建築の普及を進めれば、学校や病院、庁舎など、教育や医療福祉、公共の領域で大きな伸びしろがあるでしょう。こういった非住宅分野の木材利用を喚起するような優遇政策をこれまで以上に真剣に考えるべきだと思います。
林業再生サイクルを生み出す好機
また需要を喚起するだけでなく、市場のニーズに合った木材の生産も求められています。
日本の木材輸出額は527億円(2022年)に過ぎず、その4割は丸太の輸出です。日本は戦後、原材料を輸入し、付加価値をつけて輸出することで経済成長を遂げてきましたが、木材に関してはそれができていません。
日本の国土面積に占める森林面積の割合、すなわち森林率は68.4%で、OECD加盟国の中でフィンランド、スウェーデンに次ぐ第3位。にもかかわらず、CLT(Cross Laminated Timber/直交集成板)など、新たな木質部材の生産と需要は欧米に比べはるかに劣っています。この部分にも手をつけていく必要があります。
繰り返しになりますが、国土の約7割を占める森林面積の4割は人工林で、長年にわたり放置され、荒れ放題になっています。そんな森林の手入れや林道の整備を進め、CLTなど加工品の製材工場を整備し、間伐材や端材を活用したバイオマス発電で新たなエネルギーを生み出し、石炭の受け入れや水産物の積み出しが主力だった港を利用して国内外に木材加工品を供給していく──という林業再生サイクルの創出が求められているのです。
これは、衰退している地方の活性化にも直結する話だと思います。
私は2011年の東日本大震災の際に、岩手県気仙広域連合(陸前高田市、大船渡市、住田町)の復興をお手伝いしました。この時に、林業が盛んな住田町を核に林業再生サイクルを構築しようと、当時の多田欣一町長とオーストリア視察に行きました。この時は需要喚起が追いつかず、実現できず今日まで至りましたが、国として需要を喚起しなければならない今の状況であれば、林業再生サイクルの構築は実現可能だとみています。
尾鷲市を舞台にしたカーボンニュートラルプロジェクト
現に、林業再生サイクルを回すソリューションになり得るプロジェクトが立ち上がりました。三重県尾鷲市を舞台にした、林業と山林、そして漁業の再生を通したカーボンニュートラルプロジェクトです。
プロジェクトの概要は次のようなものです。尾鷲港には、2018年に廃止された中部電力の尾鷲三田火力発電所の跡地が残っています。火力発電所だっただけに、石炭を運ぶ船が横づけできる港もあります。この場所に、まずCLTの製材工場をつくります。
CLTとは、ひき板(ラミナ)を並べた後、繊維方向が直交するように積層して接着した集成材。強度があるため、海外では構造材としてさまざまな建築物に利用されています。
その工場で生産するCLTの原料は、尾鷲市を中心とした地域にあるスギやヒノキを活用。そうして生産されたCLTは、国内のみならず、中国をはじめ各国に輸出していきます。
急峻な日本では原木の搬出コストがかかるうえに、製材工場の規模が小さく、設備投資も進んでいなかったため、製材における生産性が上がりませんでした。輸入材との競争に負けたのも、コスト高と生産性の低さが要因でした。
もっとも、尾鷲とその周辺は林業が盛んなため、原木の伐採や搬入コストを比較的低く抑えることができます。また、最先端のCLT製造・加工ラインを導入することで、製材の生産性を世界最高レベルまで引き上げることも可能になります。
原木の調達については、尾鷲市のお隣の紀北町に、日本有数の林業家であり、日本の新しい林業を牽引している速水林業の速水亨社長がいます。速水社長のアドバイスと協力も得ながら、今回のプロジェクトを推進していくことになります。
さらに、林業を取り巻く環境変化で大きいのは木材価格の上昇です。
余剰電力を活用したえび養殖も
北米材の需要逼迫に端を発した輸入木材の価格高騰やロシア産の丸太原木の輸入規制などによる「ウッドショック」の影響で、木材価格は大きく高騰しました。最近は価格も落ち着いてきていますが、それでも一昔前と比べれば高止まりしています。国産材でも戦える程度の水準に木材価格が上がっているということです。
そこに来て、昨今の超円安で国産材の輸出競争力は高まっています。生産性の高い製材工場であれば、輸出することも可能なほどに競争力が高まっているのです。このチャンスを活かさない手はありません。
ここまでが放置されている山林と林業の再生の話ですが、話はまだ終わりません。
今回のプロジェクトでは、製材の過程で生じる端材を熱源にしたバイオマス発電も組み合わせます。グリーンエネルギーで製材工場の電力をカバーし、カーボンニュートラルの実現を図るのです。
また、バイオマス発電による発電量は製材工場で必要な電力を上回る見込みのため、余剰電力が発生します。その余剰電力を活用して、地域の水産業の活性化を後押しするえびの養殖も検討を進めています。えびの養殖は24時間電力を使うため、膨大な電力を消費します。その電力をバイオマス発電で補うわけです。
放置されている山林の原木を用いて成長が期待できるCLTを生産する。生産したCLTは国内だけでなく、海外への輸出を視野に入れる。原木の伐採を通して山林を適切に管理し、荒れた山林を再生するとともに、余った端材で電力を生み出し、工場とえび養殖の電力をまかなう──。
これが、今回のカーボンニュートラルプロジェクトの全体像です。
林業の現場に不可欠な設備投資
加えて、林業再生のために、林業再生サイクルで生まれる収益の一部を林業に投資することも考えています。
現状の林業は危険、きたない、キツいという3K職場ですが、最新鋭の設備を導入しているオーストリアやドイツでは、女性が普通に林業の現場で働いています。今の状況では設備投資や満足のいく報酬も難しいので、若い人が働くことができるように、収益の一部を林業の現場にも回す必要があります。
こういった林業再生サイクルへの投資は、公共資金、民間資金、PPP(Public Private Partnership:官民連携)のハイブリッド投資となる見込みです。実際の運営やマネジメントはプロジェクトに参画する民間企業がおのおの進めることになるでしょう。
新たな林業の下、森林を社会の共有財産=コモンズと捉え、それぞれがそれぞれの役割を担い、持続可能な森林を再構築する日が来ることを楽しみにしています。
なお、このプロジェクトはすでにインフロニア、銘建工業、社会システムデザインの3社が主体となり、提案書を三重県に提出しています。各省庁をまたぐチャレンジングなプロジェクトですが、林業が長年抱える課題を、カーボンニュートラルや花粉症などの社会問題と併せて解決する、ソーシャルインパクト型のパイロットプロジェクトになると信じています。
【2024年2月9日掲載】
※このレポートは2023年11月27日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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