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市場競争力のない公務員宿舎が量産される理由

2021年4月19日、防衛施設学会が開催した「民間資金による防衛施設整備の可能性(その2)」というパネルディスカッションに参加しました。防衛施設学会は、その名の通り、建設工学や自然科学、軍事工学など防衛施設にまつわる技術の新興や発展のために設立された団体です。
 
防衛省・自衛隊は飛行場や港湾施設、演習場など、各種装備品の運用や訓練のための基本施設に加えて、庁舎や格納庫、倉庫など2万4000棟もの建物を保有しています。そのうち約5000棟は築50年以上が経過しており、老朽化が深刻です。今後、老朽化施設が年を経るごとに増えることを考えれば、早急に建て替えなり改修なりを進める必要があります。その際に、民間資金や民間のノウハウをどのように活用すべきかという観点でお話させていただきました。
 
この場では、米軍が導入している軍用住宅民営化イニシアチブ(MHPI)というプログラムについてお話しました。
 
MHPIは軍用住宅の居住環境を改善するツールとして1996年に始まった制度で、効率的に高品質な軍用住宅を提供するため、民間のデベロッパーと50年間にわたる土地・建物のリース契約を結び、民間の事業者に住宅開発と維持管理を委ねるという仕組みです。これまでに約20万住戸で改築や維持管理が実施されました。1996年時点で改修が必要とされた住戸が約18万だったことを考えれば、既に改修の目標はクリアしたことになります。
 
MHPIが興味深いのは、家賃を安定的に確保するため、稼働率に応じて軍関係者以外にも貸すことができるという点です。
 
 
 
民間人に貸すからこそ軍用住宅の品質が向上する
 
 
民間事業者の収益源は主に陸海空の各軍が軍人に支払う住宅手当(BAH:Basic Allowance for housing)で、家賃収入を基に投資を回収していきます。もっとも、空室や未払いに対する補償はなく、軍人が軍用住宅に必ず入居しなければならないという義務もありません。言い換えれば、民間事業者が軍の編成や退職などに伴う収益の変動リスクに常にさらされているということです。そこで、民間事業者のリスクを軽減するため、MHPIでは稼働率に応じて軍人以外の民間人に貸すことを認めています。
 
例えば、空軍の場合、30日間空室が続けば連邦政府の職員や元軍人世帯に、60日間空室が続けば国防総省職員に、90日間空室が続けば民間人に貸し出すことができます。MHPIが適用されている陸軍34プロジェクトを見ても、73%のプロジェクトで民間人に物件を賃貸しています。それだけ多くの民間人に軍用住宅を提供しているということです。
 
そして、この「民間人に貸すことを認めている」という制度設計が軍用住宅の品質向上を実現している肝だと言えます。
 
先ほども申し上げたように、軍用住宅は軍の編成や退職者の数によって空室率が変動します。不幸にして住戸が空室になった場合、最終的に民間人に貸さなければなりません。その際に、他の民間住宅と比較して、軍用住宅の間取りやスペックが劣れば借りる人はいないでしょう。つまり、民間の事業者は周囲の民間住宅並みの住戸をつくらなければなりません。
 
もちろん、資金を出す米軍としては、民間事業者になるべく低コストの住宅を建ててほしいと思っているでしょう。ただ、コストを省いて低品質な住宅をつくれば、住宅としての価値が落ちてしまう。ならば、多少コストが増えたとしても民間並みの住宅を建て、民間の賃貸市場で戦えるスペックの住宅をつくる方がいい。米軍は空室や未払いに対する義務を負っていませんから、民間事業者が利益を出せるようある程度の自由度を与えるという発想です。
 
これは、日本とは対極の発想といっていい。
 
 
 
古く、狭く、設備も一昔前の自衛隊宿舎
 
 
日本の場合、自衛隊の宿舎は全額財政支出です。国家財政が厳しい今の時代、宿舎を新築・改修する場合は無駄を省くため、あるいは財務省を説得するため、間取りは小さめ、スペックも低めの物件になりがちです。これは公務員宿舎全般に言える話でしょう。ただ、初期コストは抑えられますが、結果としてできた建物の市場競争力はなくなってしまいます。
 
自衛隊宿舎の現実を見れば、古く、狭く、設備も一昔前のものばかりで、民間人であれば、お金を出して借りようとは思わない物件ばかりです。国を守るために自衛隊に入った若者がそういった物件に住んでいては士気に関わりますし、中長期的に見れば、そもそも自衛隊に入ろうと思う若者も減ってしまうでしょう。
 
防衛省・自衛隊の関連施設には安全保障に直結するものが少なくありませんが、宿舎はほとんど関係ないと言っていいでしょう。国に予算がないのであれば、民間の資金とノウハウを活用して世間並みの物件をつくっていくべきだと考えますが、いかがでしょうか。
 

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