REPORTレポート

代表植村の自伝的記憶
建築費が高騰する中、老朽化する病院施設をいかにして更新すべきか?
今回は、なかなか進まない病院の建て替えについて書きたいと思います。
昨年12月、順天堂大学が埼玉県で整備を進めていた国際先進医療センター(800床)の病院建設計画を断念するというニュースが報じられました。理由は、建設費の高騰と大学の厳しい財政状況です。実際、建設費の高騰はかなりの影響だったようです。
順天堂大学が発表した資料によると、病院の整備計画が決まった2015年の当初計画で大学側が見込んでいた整備費は834億円でした。ところが、新型コロナなどの影響で延期を繰り返す中で資材費や人件費が高騰。最終的な建設費は2186億円と、当初想定の2.6倍に膨れ上がりました。
このクラスの病院の場合、医療機器や医療用品、備品、引っ越しなどの費用も含めると、建築費の1.4倍ほどになります。建築費だけでなく、医療機器や備品の値上がりも建設計画を断念した大きな要因だと思います。
◎埼玉県浦和美園地区病院の整備計画中止について(順天堂大学)
今回の順天堂大学の他にも、船橋市立医療センターや広島県新病院など、いくつもの病院建設で入札の不調や計画の断念、大幅なスケジュール遅れが起きています。こうした事例は、これから起きるであろう病院の建て替え問題を象徴する出来事だと感じています。
病院の建築コストを下げる方法
日本には、全国で病院が8000余りあります。その多くは建設から40年以上がたっており、更新の必要性が叫ばれています。こうした施設の更新は建物の老朽化もさることながら、病院経営の改革という面からも求められています。
高齢化と人口減少が進むことを考えれば、病床数の最適化や最新の医療機器の導入など、大きく変わる医療環境に病院も対応していかなければなりません。また、医療サービスの質の向上や業務効率化の促進、医師の働き方改革、地域の他の病院との連携やそのためのDX化なども不可欠になっています。こうした課題は、既存の施設のままでは解決できないでしょう。
もっとも、国や地方自治体の財政悪化などもあり、施設の更新はなかなか進んでいません。そこに来て、昨今の建設費高騰ですから、ますます病院の更新は難しくなります。
地方の中核病院と位置づけられている病院の更新が進まなければ、地域医療の質の低下にとどまらず、地域における適切な医療提供そのものが難しくなる恐れもあります。その中で、どのように施設の更新を進めていけばいいのでしょうか。
一つは、施設の建て替えのコストを引き下げるということが考えられます。具体的に言えば、BIM(Building Information Modeling)の導入と近代型工業化建築などの採用によって、戸建て住宅や低層の集合住宅のように、病院建築を規格化したり、工業化したりしてしまうことです。
*BIMとは、構造・設備・意匠などの設計から積算、工程管理、メンテナンスの履歴など建設ライフサイクルに関わる情報をデータベースにまとめていくこと。
建築費高騰のすべての影響をカバーできるとは思いませんが、BIMのデータ形式で標準化と共通化を進めれば、一から設計するよりも低コストに仕上がるのは間違いありません。また、病院機能の外部事業化もコスト削減に大きな効果があるはずです。
また、コストの引き下げで言えば、病院施設の面積を減らすことも効果的だと思います。
大きな流れとして、治療の高度化によって入院する患者数や患者一人当たりの入院日数は減る方向です。病院のスマート化が進めば、例えば、待合室でずっと待っている必要はありませんから、待合室に今ほどの広さは必要ありません。
また、重粒子線治療装置のような最先端医療機器の小型化が進んでいることも考えれば、医療収入や医療関係者の導線に悪影響を与えることなく、建て替え前の面積を減らすことができると思います。
病院PPPを投入すべきタイミング
もう一つのポイントとして、施設の更新にPPP(Public Private Partnership:官民連携)の仕組みを活用することも挙げられます。これまでいろいろとお伝えしてきたアリーナPPPやウォーターPPPは内閣府のPPP/PFI推進アクションプランの重点分野に含まれていますが、病院はまだ含まれていません。
アリーナPPPは老朽化した地方自治体の体育館の建て替えを促すとともに、スポーツによる地域活性化を図るという目的があります。そのための手法として、内閣府のガイドラインには、民間の企業コンソーシアムが建物を建設し、行政に所有権を移したうえで30年間の施設の運営を任せる「BT+コンセッション」方式が推奨されています。
この方式の重要なポイントは、設計施工段階で民間のノウハウを活用するだけでなく、運営段階でアリーナの経営を民間企業に求めているという点です。運営段階では、さまざまなスポーツやエンターテインメントのイベントを企画するだけでなく、飲食スペースやVIPルームを併設し、スポンサーシップによる収益増を目指します。そうして得た利益の一部を地域のスポーツ振興や地方創生に還元していくのです。
◎「アリーナ建設」を通した地方創生(Index)
病院の更新にBT+コンセッションを活用したケースはありませんが、建設費の高騰や医療関係者の人材不足によって滞っている病院施設を更新するため、新たな手法として病院PPPを導入すべきタイミングだと感じています。
この病院PPPでは、建屋の建設に合わせて病院施設の効率性や順応性、スマート化を進めると同時に、病院の運営(オペレーション&マネジメント)のさらなる経営効率化を実現していくことが不可欠です。
BT+コンセッションの場合、建設段階では民間の企業コンソーシアムが建物を建設するので、発注方式の見直しなどでコストダウンが図れます。企業コンソーシアムから提案を募る際も、臨床や研究に必要な機能や性能をしっかり明記すれば、医療行為や医療収入に影響を与えることなく設計施工での民間の創意工夫を引き出せます。
病院の運営については、医療従事者が本来の業務に専念できるようにするという観点から、民間に委ねることで合理化・効率化につながる業務については民間活力の活用を図るのが基本だと考えています。
こうしたPPPの手法を導入することで建設発注の効率化を図ると同時に、病院部門の運営についてもスマート化や医療のサポート業務、病院経営の支援業務などにPPPを導入し、経費の削減と収益の向上を図る。このような一層の効率化と透明化のもと、健全な病院経営を目指すべきです。
もちろん、病院PPPを進めるうえでは、アリーナPPPとは異なる病院特有の経営形態に注意を払う必要があります。
具体的には、病院部門の診療業務と研究部門の研究業務はコア業務として病院側に残し、事務部門(経営支援や医療関連サービス)、施設の維持管理、利便サービス(売店やレストランなど)を民間に委ねるイメージです。医薬品や医療機器、情報システムの調達についても、病院側が診療や研究に必要な仕様や性能などスペックを明確化し、そのうえで発注を民間に委ねたほうがコストの削減が図れるでしょう。
地域の医療を支える地域中核病院については病院PPP方式による建設、運営の効率化やDX化などを進める公的病院の場合は国が補助金などによる財源措置で、建て替えを支援すべきタイミングが来ているように思います。
病院の世界に必要な「経営」
このように、いろいろな工夫は考えられますが、抜本的な解決策は病院の世界に「経営」を持ち込むことです。
特に、これからの地域中核病院には、最先端医療の提供や臨床と連携した研究開発の推進、地域の他の医療機関との連携、スマートホスピタルの実現、経営の効率化など数多くのことが求められます。そのためには、病院部門と研究部門、事務部門が三位一体に連携し、コンセプチュアルスキル、マネジメントスキル、ヒューマンスキル、テクニカルスキルを保有する経営チームを構築することが最も重要です。
一方で、国立病院や公立病院には、民間病院では利益につながらず提供しづらい難病や特殊な手術・治療の提供と、そうした疾患などの橋渡し研究を推進する役割と責務があります。こうした臨床や研究には公費の投入は不可避ですので、支出の必要性と透明性を強く求めたうえで、病院経営の効率化や収支均衡を目指すべきではないでしょうか。
老朽化した病院の更新は今後、国や自治体で大きな問題になっていきます。簡単な問題ではありませんが、必ず解決策はあるはずです。ぜひ叡智を集結してほしいと思います。
【2025年3月28日掲載】
※このレポートは2025年2月18日にLinkedInに掲載したものを一部編集したものになります。
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