REPORTレポート
サンデル教授が指摘した「謙虚さ」
2021年12月にインデックスグループが協賛したオンラインシンポジウム「マイケル・サンデル氏と語る、分断を超えた先にある共生未来」についてお話しします。私もファシリテーターとして参加しましたが、人生の節目の一つに値するほど素晴らしいシンポジウムでした。
このシンポジウムでは、ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏を基調講演に招き、欧米で深刻化している社会の分断にどう対処すべきか、という点をパネリストの方々とともに議論しました。フランスを代表する思想家・経済学者のジャック・アタリ氏をお招きした2020年に続く、「知の巨人」によるシンポジウムです。
サンデル教授はもとより、パネリストを務めた石井菜穗子氏(東京大学グローバル・コモンズ・センター ダイレクター)、隈研吾氏(建築家)、山口周氏(独立研究者)の議論は濃厚で、示唆に富むものでした。
その中でも、特に印象に残っているのは「謙虚さ」という言葉と、分断を乗り越える上で都市が果たす役割についてです。
近著『実力も運のうち』で指摘しているように、サンデル教授は社会の分断の背景に、能力主義をベースにした、ある種の「驕り」を見ています。
社会的に成功した人は、その成功を自分の才能と努力の結果だと認識する一方、失敗するなど苦労している人は、その状況を招いたのは自分自身であり、自己責任だと考える。平等な競争の中で勝者と敗者が出るのは当然で、努力に応じて差がつくのは、理想的な状況だと考える人も多いかもしれません。
ただ、平等な能力主義など現実には存在しないとサンデル教授は指摘します。
看護師とヘッジファンドマネージャーの差
受験戦争を勝ち抜いてアイビーリーグに入学した学生を見ると、所得階層の上位1%の出身者が中位以下の全員より多い。もちろん、本人の才能と努力のたまものだと思いますが、裕福な家ほど、家庭教師をつけるなど、より充実した教育環境を子供に与えることができる。すなわち、本人の才能と努力だけでなく、裕福な家に生まれたという偶然によるところも大きいとの指摘です。
ところが、能力主義が普遍化する中で、社会的な勝者は偶然や運といった要素を忘れ、成功を自分一人の手柄だと考えるようになりました。それが、敗者の屈辱と怒りを呼び起こしている、とサンデル教授は語ります。
トランプ大統領の誕生が典型的なように、欧米ではエリートに対するポピュリストの怒りが社会問題になっています。これも、労働者がエリートに蔑視されていると感じたことが大きな要因でしょう。
もっとも、コロナ禍で明らかになったように、社会的に必要とされる仕事に就いている方が高い報酬を得ているとは限りません。ヘッジファンドの運用者と看護師や教師の給与を比べれば、500倍、1000倍の差があるかもしれません。でも、社会に対する貢献、社会全体の公共的な善(共通善:common good)に対する貢献にそれほどの差があるでしょうか。
学位があろうがなかろうが、社会やコミュニティに対して貢献する人は大勢います。よりよい社会を築くには、そういう人を正しく評価し、社会的に承認していくことが不可欠です。
分断に対処するには、「成功は自身が獲得したもの」という驕りを捨て去ること、成功の背景には、自分の才能や努力だけでなく、家族やコミュニティ、人との出会い、生きている時代など、何かのおかげだということを認めること。そんな謙虚さが大切だとサンデル教授は力説していました。
MLBの大谷翔平選手が偉業を成し遂げたのは、自分自身の才能におごらず野球に謙虚だったからだとサンデル教授は言いました。その通りだと思います。
社会の分断解消にわれわれができること
もう一つは、対話を促す場としての都市や街のあり方についてです。
サンデル教授は分断が起きる理由の一つとして、異なる社会背景を持つ人が交わる機会と議論の必要性を挙げました。社会の分断や格差を乗り越えるために求められる共通の人生のプラットフォームであり、日常生活で集まる市民生活の場所作りです。
日本もそうなりつつあるように感じますが、米国では富裕層と貧困層は別々の場所に暮らしており、買い物に行く場所も違えば、子供達が通う学校も異なります。ただ、異なる人同士が議論し、分かち合い、最適解を導き出す社会システムが民主主義です。そのための場をいかにしてつくるか──。それが、これからの都市やインフラに必要なことだと指摘しました。
私は、あいちオレンジタウン構想の会議で、認知症やフレイル(加齢により心身が疲れやすく弱った状態)の高齢者が自宅で快適に暮らすことのできる地域づくりを進めています。認知症や障害のある人を集めて隔離するのではなく、様々な年代の人が共生し、ともに暮らせるような地域づくりです。サンデル教授の指摘を聞き、「我が意を得たり」という気持ちになりました。
都市やまちづくり、インフラに関わる人間として、サンデル教授の指摘は極めて重い宿題です。私は常に、建設や公共・社会インフラ、ファシリティマネジメントを通じた社会貢献を自問自答してきました。図らずも、2020年シンポジウムのアタリ氏と今回のサンデル教授が明確な道筋を示してくれました。地球環境のみならず、分断を超えた共生社会を作る役割を担う使命と誇りをかみしめています。
個人的には、サンデル教授からインデックスグループの企業理念の一つである「三方良し」という言葉が飛び出したことも驚きでした。これまでの資本主義は、企業の役割を株主価値の極大化と、狭く捉えていた。でも、企業が責任を負っているのは社会全体であり、その方が健全である、と。サンデル教授のような方が「三方良し」に言及するのを聞き、米国も変わりつつあると実感しました。
2020年、登壇いただいたアタリ氏は「利他」、サンデル教授は「謙虚」と表現しましたが、こういった「三方良し」につながる考え方は、格差や気候変動などグローバルな課題解決に必要不可欠な概念だと痛感しています。
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